• 事務所概要
  • 企業の皆様へ
  • 個人の皆様
  • 弁護士費用
  • ご利用方法
  • 所属弁護士

弁護士コラム・論文・エッセイ

弁護士コラム・論文・エッセイ

ホーム弁護士コラム・論文・エッセイ門屋弁護士著作 一覧 > 取締役の損害賠償責任~カルロス・ゴーン氏のケースを題材に~
イメージ
弁護士 門屋 徹

2019年02月25日

取締役の損害賠償責任~カルロス・ゴーン氏のケースを題材に~

(丸の内中央法律事務所事務所報No.34, 2019.1.1)

1 はじめに

 昨年11月、日産自動車の前代表取締役会長であるカルロス・ゴーン氏が、有価証券報告書に自身の報酬を過小に記載した等として、金融商品取引法違反の罪で逮捕されました。この事件は、日本を代表する企業のトップによる犯罪として非常にセンセーショナルであり、刑事手続の側面に目を奪われがちですが、民事事件に発展する可能性も大いにあります。
 というのも、ゴーン氏が役員を務めていた会社や、株価の下落により経済的損失を被った株主が、ゴーン氏をはじめ、不正行為に関わったとされる役員に対して損害賠償請求を行うことが考えられるからです。
そこで、今回は、ゴーン氏の例を題材にして、取締役の負う法律上の損害賠償責任についてご説明したいと思います。

2 会社に対する損害賠償責任

□ 取締役の任務懈怠を理由とする損害賠償請求

 日産の西川廣人社長は、記者会見において、「内部調査によって、ゴーン氏が有価証券報告書に自身の報酬金額として実際より低い金額を記載するよう指示したほか、私的な目的での投資金支出や経費流用を行った事実が確認された」と述べています。
 そこで、日産自動車としては、一連の騒動を原因とする業績悪化による損失、不正に支出された投資金、不正に流用された経費等について、ゴーン氏自身や、ゴーン氏の不正行為を認識していた取締役に対して損害賠償を求めることが考えられます。こうした請求の根拠となるのは、会社法423条です。
同条は、役員等が、自らの任務を怠って会社に損害を生じさせた場合、当該役員等は、会社に対してその損害を賠償しなければならない旨を定めています。今回のケースでは賠償請求は認められるでしょうか。423条1項の定める要件ごとにみていきたいと思います。

□ 任務懈怠

 取締役は、従業員と異なり、会社から雇用されている訳ではなく、会社と対等な関係で会社の舵取りを委任されている立場にあります。そのために、取締役は、会社に損害を生じさせないよう注意し、会社のために忠実に職務を行う義務を負います。こうした義務を、法律上、善良な管理者の注意義務―略して「善管注意義務」―、「忠実義務」と呼びますが、これらに違反する行為を行ったと認められる場合、「任務を怠った」と評価されることになります。
 では、ゴーン氏の行為はどうでしょうか。
 一般的に、個別の法令に違反する行為については、原則として直ちに任務懈怠に該当すると解されていますので、ゴーン氏が実際に金融商品取引法に違反する行為を行っていたと認定されれば、任務懈怠がないと反論することは難しいでしょう。

□ 過失がなかったことの証明

 任務懈怠が認められるとしても、これについて過失がないと認められる場合には、当該取締役は損害賠償責任を免れます。
 ゴーン氏も、金商法違反行為を行うことについて自らに過失がなかったことを立証出来れば損害賠償責任を免れますが、有価証券報告書に事実と異なる記載をしてはならないことは、上場企業の役員にとっては常識であり、これに違反したことについて落ち度がなかったと主張することは相当困難であると思われます。無過失を理由として賠償責任を免れるには、余程の事情が必要でしょう。

□ 損害

 423条1項による賠償が義務付けられるのは、取締役の任務懈怠行為と相当因果関係のある損害に限られます。そして、具体的な損害額や因果関係の存在は、賠償を求める会社の側で立証しなければなりません。
上述の通り、日産自動車としては、
 ⑴一連の騒動を原因とする業績悪化による損失
 ⑵不正に支出されたとされる投資金
 ⑶不正に流用されたとされる経費
等について賠償を求めることが考えられますが、特に⑴については、ゴーン氏の行為が、日産自動車の業績にどの程度の悪影響を及ぼしたのか客観的に判断することは難しく、その立証活動には困難が伴うことが予想されます。
 というのも、例えば、当期の売上げが伸び悩んだのは会社が魅力的な商品を開発できなかったからかもしれませんし、商品である自動車の製造には直接関係しない不祥事であるので、自動車を求める消費者の購買意欲にはそれほど影響がない、といった可能性があるからです。逆に、ゴーン氏としては、こうした事実を主張立証することで、会社側の損害額に関する主張を争おうとするでしょう。

□ 株主代表訴訟

 以上のような要件を満たした場合には、ゴーン氏は、会社に対し、損害賠償責任を負うことになります。
 こうした場合、監査役が会社を代表し、当該取締役に対して損害賠償請求訴訟を提起するのが原則ですが、一定の要件を満たす場合には、個々の株主も、会社のために同様の訴えを提起することができます。これを「株主代表訴訟」といいます。
 したがって、日産自動車の株主は、会社法の定める要件を満たす場合には、ゴーン氏らに対し、会社に損害の穴埋めのための賠償金を支払うことを求め、訴えを提起することができます。

3 株主に対する損害賠償責任

□ 株価の下落を理由とする損害賠償請求

 ゴーン氏の逮捕により、日産自動車の株価は6%超も下落しました。同社の株価が安値を付けたのは、実に2年4ヶ月振りのことです。また、ゴーン氏が会長を兼務する三菱自動車株は一時6%余り、ルノー株に至っては8.4%も下落しており、一連の逮捕劇により、数十億ドル単位の時価総額が吹き飛んだとも言われます。
 これらの会社の株主としては、株価の下落を理由として、金融商品取引法の規程に基づき、ゴーン氏に損害賠償を求めることが考えられます。
なお、民法上の不法行為を根拠とする請求も考えられますが、後述の通り、金融商品取引法には、投資家側の立証責任を緩和する規程が設けられていますので、基本的には、同法に基づく方が有利であると考えられます。

□ 有価証券報告書への虚偽記載等

 金融商品取引法に基づく損害賠償請求における第1の要件は、有価証券報告書への虚偽記載等です。
具体的には、有価証券報告書に、
①重要な事項について虚偽の記載があること
②記載すべき重要な事項の記載が欠けていること
③誤解を生じさせないために必要な重要な事項の記載が欠けていること
のいずれかがあることを指します。
 報道によれば、ゴーン氏は、自身の報酬を過小に記載し、あるいは本来報酬として記載すべき事項を記載しなかったものとされていますので、これらが事実であるとすれば、少なくとも上記①又は②のいずれかには該当するものと考えられます。

□ 有価証券の取得時期

 第2の要件は、虚偽記載等がある有価証券報告書が公衆縦覧されている間に、流通市場において、当該有価証券を取得したことです。
金融商品取引法が、有価証券報告書に虚偽の記載等を行った者の損害賠償責任を定めたのは、有価証券報告書への信頼を保護するためですから、そもそも報告書の記載を参照せずに有価証券を取得した者については、このような規程の守備範囲外とされます。

□ 損害

 第3に、報告書の虚偽記載によって損害が生じたことが必要です。
この点については、立証責任を緩和するための推定規定が設けられています。
すなわち、本来、損害額及び違法行為との因果関係の有無は、損害賠償を求める株主の側で立証しなければなりませんが、株価は複雑な要因によって変動するものであるため、常に株主に対して立証の負担を負わせることは適当ではありません。 
そこで、金融商品取引法21条の2第2項は、

ⅰ 虚偽記載等の事実が公表された日から数えて1年以内に有価証券を取得し、公表日に引き続きその有価証券を取得する投資者が被った損害
については、
ⅱ 虚偽記載等が公表された日における前後1ヶ月の市場平均価格の差額
を、虚偽記載等による損害であるとすることができるとしています。
 但し、この規程を用いて推定できる損害額には上限がありますし、そもそもⅰを満たさない場合には、原則通り、株主の側で損害額や因果関係の存在を立証することが必要になります。

□ 虚偽記載の存在を知らなかったこと

 最後に、株主は、その株式を取得した際に、虚偽記載等がなされていることを知らなかったことが必要です。これは、有価証券報告書に虚偽記載がされていることを知ったうえで敢えて当該有価証券を取得した者については、保護する必要がないからです。
以上の要件を満たす場合には、株価の下落を原因とする株主の損害賠償請求が認められることになります。

4 終わりに

 本件と類似するケースとして、オリンパスの損失隠しの事案では、東京地裁は、旧経営陣に対して会社と株主に合計590億円余りを支払うことを命じています(控訴審が係属中)。
 本件においても、ゴーン氏が、当局が指摘するような違法行為を実際に行っていたとすれば、ゴーン氏自身や、ゴーン氏の行為を認識していた役員には、多額の賠償が命じられる可能性があります。
 報道によれば、ゴーン氏は、自分が法令に違反する行為を行ったことを否定しているとのことです。民事裁判と刑事裁判は別個の手続ですので、刑事裁判で有罪とされたからといって、民事裁判で直ちに同様の事実が認定される訳ではありませんが、刑事裁判での事実認定の結果は、民事裁判でも重要な証拠になりますので、今後の捜査の進展や刑事裁判の結果が注目されます。

ページトップ