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弁護士コラム・論文・エッセイ

弁護士コラム・論文・エッセイ

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弁護士 園 高明

2007年08月25日

飲酒運転と交通事故

園高明弁護士は2023年(令和5年)3月をもちまして当事務所を退所いたしましたが、本人の承諾を得て本ブログの掲載を継続させていただいております。

(丸の内中央法律事務所報vol.11, 2007.8.25)

質問

 今回の道路交通法の改正で、飲酒運転に関与した人の処罰が重くなると言われていますが、具体的にどのような行為が処罰の対象となり、どの程度罰則が重くなるのですか。また、飲酒運転に関与した運転者以外の人の民事責任がどうなるのか教えて下さい。

回答

「道交法、刑法改正による飲酒運転等の重罰化」

 平成19年6月に道路交通法が改正され、酒酔い、酒気帯び、飲酒検査拒否、救護義務違反(いわゆる「ひき逃げ」)の罰則が強化され、また、自動車事故について、刑法に自動車運転過失致死傷罪が新設され、平成13年11月に新設された危険運転致死傷罪とともに、飲酒運転あるいは飲酒により交通事故を起こした者に対する罰則は大幅に重くなりました。  これを重い順に並べると

危険運転致死罪 1年以上20年以下の懲役
危険運転致傷罪 15年以下の懲役
自動車運転過失致死傷罪 7年以下の懲役、禁銅又は100万円以下の罰金
酒酔い運転 5年以下の懲役又は100万円以下の罰金
酒気帯び運転 3年以下の懲役又は50万円以下の罰金

となります。
 また、飲酒運転検挙の実効性を高めるために、飲酒検査拒否に対する罰則に懲役刑が導入され罰金の上限が引き上げられました(懲役3月以下又は50万円以下の罰金)。また、飲酒運転が動機になることが多い救護義務違反(ひき逃げ)が10年以下の懲役又は100万円以下の罰金と上限がいずれも従来の2倍に引き上げられています。
 危険運転致死傷罪の場合は、アルコールの影響で正常な運転が困難な状況で自動車を走行させた場合に適用になります。正常な運転が困難とは、酒酔い運転のアルコールの影響により正常な運転ができないおそれのある状態よりさらに高度の酩酊状態で、ほとんど自動車の運転操作ができないような状態を意味しています。
 なお、危険運転致死傷罪は、今回の改正(6月12日施行)で二輪車にも適用されることになりました。

「飲酒運転周辺者への罰則の新設」

 また、今回の道路交通法改正は、飲酒運転した人のみでなく、飲酒運転をするおそれのある者に対する車両、酒類の提供、酒気を帯びた運転者に対する自己の運送の要求など、飲酒運転の幇助行為とされていた行為のうち、特定の飲酒運転の助長行為を処罰の対象とし、車両の提供者には運転者と同様の罰則を、酒類を提供した者、運送を要求した者については、酒酔い運転の場合には3年以下の懲役又は50万円以下の罰金を、酒気帯び運転の場合には2年以下の懲役又は30万円以下の罰金を科すことができることになりました。
 日常生活の中で、飲酒運転者の周囲にいて、一緒にお酒を飲んだ人、車を貸した所有者、飲酒運転車両の同乗者などは、飲酒運転への関与の程度は様々で、刑法の幇助犯の規定だけでは、その適用に限界があったことから飲酒運転に関与した者の中で、特に悪質な形態を構成要件としてとして取り上げ処罰の対象としたものです。

「民事上の責任」

 飲酒運転で人身事故を起こした場合、運転者は民法709条により、不法行為による損害賠償責任を負い、自動車の所有者も自賠法3条により損害賠償責任を負うことになります。
 それでは、今回道路交通法で処罰の対象となった飲酒運転をするおそれのある者に酒類を提供した者あるいは飲酒運転者に送るように要求した者の民事責任はどうなるのでしょうか。
 共同不法行為に関する民法719条2項に、不法行為の幇助者も不法行為者と同様の責任を負う旨の定めがあり、従来から一緒に飲酒した後、飲酒運転の車両に同乗していた場合などは、この規定の適用により運転者以外の同乗者も共同不法行為者として責任を問われた例はあります。
 しかし、運転者や自動車の所有者は、自動車保険により賠償責任は担保されているので、それ以外の第三者を加害者として賠償請求する意味も薄いことから、通常の交通事故訴訟では、運転者、所有者以外の第三者を被告として訴えることは一般的ではありませんでした。
 ところで、平成18年7月28日、東京地方裁判所で、飲酒運転の幇助に関し興味深い判決がありました(交通民集39巻4号1099頁)
 事案は、取引先の社員、社内の同僚5人が御用納めの12月28日午後7時30分から翌日午前2時まで3軒の居酒屋などで飲酒し、乗ってきた車で帰る途中に居眠り状態で事故を起こし19才の女子大生を死亡させたというものです。この場合に、普段から飲酒運転を知っていた運転者の妻、一緒に飲酒した者のうち1名を共同被告として訴えを提起しました。
 本件の場合は、幇助者として訴えられた人は、事故を起こした車に同乗していない点が特徴です。一緒に飲んだ人は、別れる際、加害者が車に乗り込む前に別の車に同乗して帰ってしまっていましたが、加害者は運転するのが困難なほど酩酊しており、他の同僚が代行を呼ぶように言ったのにもかかわらず、これに対し加害者が「大丈夫」などと応えていたことから、酩酊状態で車を運転することが予見できる、長時間共に飲酒した者は、飲酒をすすめたと同視できるとし、このような場合には、共同飲酒者は、飲酒後の運転を制止するべき義務を負うから、タクシーや運転代行を自ら呼ぶことなく帰宅してしまった本件では制止義務を尽くしていないとして、共同飲酒者に対し、運転していた加害者と同様民法719条2項による責任を認めました。
  一方、自宅にいた妻については、普段から飲酒運転の事実を知って口頭で注意していただけで、飲酒運転への対応が不十分とはいえ、帰宅途中の事故であり、運転を制止させ、事故を回避する直接的現実的な方策はなかったとして責任を認めませんでした。
 共同不法行為では、飲酒運転の幇助というのは、かなり広く認められる可能性が有ります。ところが、運転者や所有者の賠償責任は、自動車保険でカバーされますが、このような幇助者の賠償責任は保険でカバーされないという問題があります。即ち、飲酒運転した本人は保険で救済されるのに、幇助者は、保険がないため、直接賠償額を負担しなければならない大きな危険があることになります。
 もっとも、運転者、所有者、幇助者は共同被告として被害者に対し同額の賠償責任を負い、被告の誰かが賠償金を支払えば、他の被告は賠償責任を免れますから、所有者の加入している保険会社が被害者に賠償金を支払えば、実際上は、幇助者は被害者に賠償金を払う必要はないわけです。しかし、共同不法行為者同士の賠償額の負担割合によっては、幇助者に求償される可能性が生じます。つまり運転者や所有者は、自動車保険の被保険者ですから、保険会社がこの人達に求償することはありませんが、飲酒運転の幇助者は、被保険者ではありません。幇助者が、所有者、運転者との関係で賠償金をどの程度負担するのが相当かという点で議論はあるでしょうが、実際には幇助者のほうが飲酒運転をした本人より金銭的な負担が重くなる可能性があることになります。

「飲酒運転と職場での懲戒」

 懲戒処分というのは、本来、職場での規律維持を目的とするものですから、業務中の飲酒運転は当然懲戒処分(免職・解雇)とすることは可能でしょうが、職務と全く関係ない私的なドライブ中に飲酒運転を行った場合などは、職場の秩序維持とは直接関係ないことであり、酒気帯び運転程度で懲戒免職・懲戒解雇にするのは処分が重すぎるとして、懲戒免職・懲戒解雇処分を取り消した裁判例もありました。
 現在の国家公務員の懲戒処分の指針では、公務外非行として酒気帯び運転で事故を起こした場合及び酒酔い運転では免職とされ、事故を起こさない酒気帯び運転だけでも免職あるいは停職とされ、飲酒運転を知って同乗した場合、飲酒運転となることを知って飲酒をすすめた場合は免職あるいは停職とされています。一方、地方公務員たる警察官に対しては、政令酒気帯び運転には停職又は減給が基準とされているようです。

「まとめ」

 確かに、飲酒運転は過失ではなく、本人の意思で行うものである以上、社会的制裁を重くすることで抑止するという方向性にも合理性があるとは考えます。
 しかし、自動車事故は、他の業務上過失の事例、例えば列車事故、航空機事故、医療事故に比して一般市民がもっとも関与する可能性が高いのですが、これについてだけ、通常の業務上過失致死傷罪とは別の犯罪として重く処罰する必要があるのか疑問もあります。
 そもそも、近代刑法では過失犯と故意犯とは明確に区別され、罰則も大幅に異なるものでした。業務上過失致死傷罪が5年以下の懲役・禁錮とされたのも、昭和30年代後半から40年代の交通事故の激増を踏まえ、上限が3年から引き上げられたものでした。
 最近は、社会的風潮として、悪いものは悪いとして徹底的に非難し、排除してしまう傾向が強く、非行行為に応じた社会的に妥当な制裁とはどのようなものかを考えさせられます。
 なお、飲酒運転に関する総合的な研究として日本交通法学会編「飲酒運転」(交通法研究36巻 2008年2月26日発行 有斐閣)があります。

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