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ホーム弁護士コラム・論文・エッセイ園弁護士著作 一覧 > 自動車事故による高次脳機能障害
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弁護士 園 高明

2009年08月03日

自動車事故による高次脳機能障害

園高明弁護士は2023年(令和5年)3月をもちまして当事務所を退所いたしましたが、本人の承諾を得て本ブログの掲載を継続させていただいております。

(丸の内中央法律事務所報vol.15, 2009.8.3)

質 問

最近、自動車事故で高次脳機能障害を負った場合が問題になっていると聞きますが、これはどのような特徴があり、どのような損害賠償請求ができるのでしょうか。

回 答

1 高次脳機能障害のイメージ
【どうして高次脳機能障害が問題に?】

 もともと、高次脳機能障害は、リハビリテーションの分野において、脳の血管障害に起因する失語、失認、失行などの症状を指していました。ところが、平成13年になり、厚生労働省の脳外傷による高次脳機能障害支援事業が始まり、ほぼ、同時期に、自動車の交通事故の関係でも、自賠責保険の報告書において、全般的な認知障害、人格障害が生じているにもかかわらず、CTの画像等に明確な脳内出血等の損傷が表れないにために、見過ごされてきた一群の患者がいることが明らかとされ、自賠責保険においても、これらの被害者を救済するために、平成13年1月には、独自の高次脳機能障害審査会制度を立ち上げ、被害者救済に乗り出すことになりました。

【高次脳機能障害の症状】

 自動車事故で扱う高次脳機能障害は、交通事故により脳の器質的損傷があり、かつ認知障害、人格障害がある場合が対象となります。
 具体的症状としては

①記憶障害
 物を置き忘れる、新しい出来事を覚えられない、何度も同じ質問をする。
②注意障害
 ぼんやりしている、ミスばかりする、二つのことを同時にできない
③遂行機能障害
 計画を立てて物事を実行することができない、人の指示がないと何もできない
④病識の欠如
 自分の障害を認識していない。
⑤社会的行動障害
 子供っぽくなる、欲求コントロールができない、すぐ怒る、泣くなど感情がコントロールできない、よい対人関係がつくれない

が挙げられています。
 症状自体は、老人の認知症と似ているともいえますが、認知症が、年齢等の内因的要因によって、脳の機能の劣化が徐々に生じるのに対し、交通事故の場合には事故により脳に損傷を受け、一気に生じる点に違いがあります。
 従って、脳外傷による高次脳機能障害かどうかを判断する際には、事故直後の意識障害があったか、その程度がどうであったかが重要となります。

【自動車事故による脳の器質的損傷】

 現在では、緊急搬送された病院で「意識障害についての所見」として意識レベルの推移を記入してもらっています。
 意識喪失の程度はJCS(Japan coma scale)又はGCS(Glasgow coma scale)によって表され、相当期間の意識喪失があれば、回復困難なほどの脳の損傷があった可能性はあるとみうるのではないかということになります。
 それから、局在的な脳損傷に対し、全般的な脳損傷については、「びまん性軸索損傷」なる診断名がつく場合もあります。これは、明確な脳組織の出血像がみられない場合が多いのですが、外力により頭部に回転角加速度が加わって脳神経に剪断損傷が生じると説明され、脳表面ではなく、脳梁、脳室上衣下、脳幹部などの脳の正中深部に微細な出血が認められ、あるいは、その部分の脳実質が小さくなることにより受傷後数ヶ月して脳室が拡大してくることなどによって、脳そのものが器質的に損傷したことを認定するというのが自賠責保険の現在の運用になっています。
 従って、自賠責保険では、脳の器質的損傷を証明する何らかの画像が必要になるのですが、これについては、実務上もっとも争われる問題となっています。
 高次脳機能障害を認定する際の画像について、CT、MRI(T2スター型では、脳出血の痕も確認できるとされる)は、重要な資料とされます。
一方、脳の血流量を測定し、その機能をみるPET(「陽電子放射断層撮影」Positron Emission Tomographyの略)、SPECT(「単光子放射線コンピュータ断層撮影」Single Photon Emission Computed Tomographyの略)に関してはその評価が分かれています。高次脳機能障害の被害者を直接援助することを目的とする厚生労働省のモデル事業では、PET、SPECTの画像はその診断の資料とされていますが、自賠責保険の現状では、PET、SPECTでは、非器質性の精神症状(交通事故のストレスによって引き起こされるPTSDなどの精神疾患)との区別という観点から不十分であるという評価がなされています。
 もっとも、高次脳機能障害の賠償問題も、自賠責保険の認定が最終というわけではありませんし、裁判所に持ち込まれて争われ、自賠責保険の判断が、後述する等級を含めて変更されることもあります。

2 高次脳機能障害の損害賠償
【後遺障害等級】

 自賠責保険では、高次脳機能障害審査会が、画像、経過診断書、後遺障害診断書、事故直後の意識障害についての所見についての医療機関の回答書、神経系統の障害に関する医師意見書(神経心理学的検査、運動機能、日常動作能力の自立度、認知・情緒・行動障害の程度を記載した書類)、家族からの日常生活状況報告書などをもとに後遺障害の等級を判断しています。
 後遺障害等級表の障害等級としては、最も重い1級から2,3,5,7,9級が高次脳機能障害として主として認定される等級となりますが、その等級は、介護の要否、その程度及び労働能力への影響の程度により決まってくるので、実際の認定はなかなか微妙な問題となります。
 一般的には、高次脳機能障害の賠償も、通常の後遺障害の賠償と同様で、それぞれの等級に応じて逸失利益、慰謝料が認められます。

【高次脳機能障害と将来の付添費】

 高次脳機能障害がやや特殊な面があるのは、将来の介護費用(付添費用)の問題です。後遺障害に関する賠償金額は、主に自賠責保険の等級を基本に算定されていますが、精神神経系統の障害における1級、2級、3級では、労働能力はいずれも100%喪失とされる点は同じですが、その違いは、1級では日常生活において常時介護を要すること、2級では随時介護を要すること、3級では介護を必要としないことにあります。しかし、高次脳機能障害患者は、身の回りの生活動作は自分でできる場合が多く、彼らに必要なのは、このような身体介助を念頭においた介護ではなく、認知障害や情動障害により生じる日常生活の問題を回避するための声かけ看視(実務的には「看視的付添」と言うことが多い)なのです。このため、3級の場合でも付添費用が認められることがあり、付添費の日額も身体介護より低めに認める裁判例もありますが、症状によっては、身体介護の場合とさほど変わらない金額が認められることもあります。

【高次脳機能障害の後遺障害に伴う賠償額】

 そして、この看視的な付添費用は、被害者が生存している限り必要となるものであり、若年者の場合には生涯にわたり認められることになります。
 例えば、18歳、高校生の息子が自動車事故により1級の後遺障害(症状固定時20歳)を残し、50歳の母規が、自宅で看視的付添をしていた場合、概ね次のような後遺障害の賠償金額が想定されます。

①逸失利益
男子労働者の全年齢平均賃金×1級の労働能力喪失率×47年間のライプニッツ係数
 5,547,200×100/100×17.9810
=99,744,203 (円)

② 看視的付添費
看視費用の日額×365×20歳男子の平均余命(59年)のライプニッツ係数
 6,000×365×18.8758
=41,338,002(円)
なお、この場合には、母親が息子の付き添いができるのは、就労可能年齢の67歳までで、その後については、職業的付添人が必要で、一日の付添費の単価は15,000円以上として計算すべきとする考えもあります。

 

③ 慰謝料
 本人分2800万円
 これ以外にも、症状固定までの傷害分の賠償金と父母の近親者慰謝料等も加わります。
 このように、重度後遺障害が残った事案の賠償金額のほうが、付添い費用の点や、逸失利益について生活費控除をされないことなどから、死亡事案に比して高額となります。
 また、重い高次脳機能障害を受けた被害者本人には、賠償金額の決定をする意思能力もないため、損害賠償を請求するためには、家庭裁判所で成年後見人を選任してもらう必要があります。

【結 び】

 このように、高次脳機能障害は、脳外科の診断で、明確な脳出血が認められず、日常生活動作も可能なことから見過ごされやすいものです。
また、年齢とともに、高次脳機能障害の症状とされる症状、例えば、記憶障害(物の置き場所を忘れる、新しい出来事を覚えられない、何度も同じ質問をするなど)注意障害(ぼんやりしている、ミスばかりする、二つのことを同時にできない)遂行機能障害(計画を立てて物事を実行することができない、人の指示がないと何もできない)、社会的行動障害(子供っぽくなる、欲求コントロールができない、すぐ怒ったり、泣いたりして感情がコントロールできない、よい対人関係がつくれないなど)は多かれ少なかれ私どもにも生じてきますが、このような認識(病識)があることが決定的に異なります。高次脳機能障害でも認知症でもそうだと思いますが、本人に病識がなく、その指摘をすることが周りと本人の軌轢を生む原因となることもあるようです。しかし、自動車事故による場合には、被害者として、適正な賠償額を獲得することが重要ですので、家族、同僚の方にも、事故によりこのような被害を受けることがあることを知っておいていただければと思います。

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