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弁護士コラム・論文・エッセイ

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弁護士 園 高明

2012年01月01日

取締役の休業損害

園高明弁護士は2023年(令和5年)3月をもちまして当事務所を退所いたしましたが、本人の承諾を得て本ブログの掲載を継続させていただいております。

(丸の内中央法律事務所報vol.20、2012.1.1)

質問

私は、従業員30名の会社を経営しています。過日、従業員が怪我をして、会社を休んだときは、有給休暇と何日かの欠勤日があり、会社が休業損害証明書を出してあげたところ、従業員に休業損害が支払われたようですが、私のような経営者が交通事故にあった場合の補償はどうなるのでしょう。税理士に聞いたところ、事故により取締役の仕事ができなくなっても、取締役の給与は減額できないということですので、取締役は休業損害の賠償を請求できないのでしょうか。

回答

1 取締役報酬の法的性格

 取締役の報酬は、名目が給与でも、民法上の労務の対価としての賃金ではなく、受任者の報酬です。そして、取締役等役員の場合は、元来、委託されている職務との関係で、従業員とは異なり、報酬と出勤日数・出勤時間との連動性はないことが一般的です。会社法においては、総会決議により支払われる取締役の仕事の対価は、「報酬」から、「職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益」(商法361条)に改められ、これについては、職務執行機関と経済的利益との関係が明確なものに限らず、インセンティブ、福利厚生目的で付与される利益、社債、新株予約権(ストックオプション)等、取締役としての地位に着目して付与される利益も含むものとされています。また、税務的にも、従来は役員報酬のみが損金算入できる経費で、賞与は利益配当としてなされていましたが、平成18年の税制改正により一定の要件を満たせば、賞与も職務執行の対価として経費処理が認められ、また、利益連動型の報酬も大規模会社については、経費処理が可能になりました。このような商法、税法の改正に関連して、旧法時代の商法、税務実務を踏まえ形成されてきた理論にどう影響していくのかは実に難しい問題なのです。

2 従来の取締役報酬の税務上の扱いと基礎収入額

 旧法時代の税法を前提にすると、取締役の給与として損金処理できるためには、定期、同額払いである必要があり、業績が著しく悪化した場合以外は、給与の減額はできないことになっていました。
 そこで、交通事故のあった期中は、従前の給与を受け取り、業績が悪化した場合には、翌期の給与を減額するという処理になることが多かったように思われます。
また、賞与は利益処分としてなされていましたから、経費にならない賞与を払うよりは、給与として毎月同額を払う処理がなされ、会社の利益額を圧縮するという処理がなされていました。勿論、不当に高額な取締役報酬は、税務調査の結果、税務当局から経費性が否定されることもあり得たわけです。
 そこで、毎月支給される取締役の給与とはいっても、本来賞与として支給される利益配当分が、毎月の給与という形で支払われているのではないかとの観点から、取締役等の会社役員の報酬には、利益配当部分があるので、会社役員の労務対価部分に限って基礎収入を考え、逸失利益を計算するという損害賠償実務が一般化していました。
 従って、取締役の休業損害の算定に当たっては、給与の内労務対価部分をどう算定するのかという問題が主として議論されてきました。
即ち、「会社取締役の逸失利益算定においては、取締役報酬額をそのまま基礎収入額とするのでなく、取締役報酬中の労務対価部分を認定し、その金額を基礎として損害算定する。経営者の得る報酬(給与)の中には、労務の対価とともに、企業経営者として受領する利益の配当的部分があり、この部分は、休業により失われないので、損害算定の基礎から除外する」という考え方です。

3 労務対価部分の認定の考慮事由

 その認定に対し考慮すべき事情としては、次のようなものが挙げられていました。

・会社の規模・利益状況

規模が小さい(利益配当、定宜に基づく支出、節税目的の加算)
会社の業績が良い 高額な報酬も不相当とはいえない

・事故後の会社の利益状況
・会社役員の地位・職務内容

名目的取締役(従業員の場合・労務の実体がない)
他の従業員との職務内容の異同

・報酬の額

賃金センサス以下の報酬については、労務対価と認めるが、賃金センサスを大きく超える場合、特に1000万円を超える場合には減額されることが多い

・他の役員・従業員の職務内容と報酬・給与額

役員の報酬の中に通常の労務対価部分と役員としての労務対価がある

・事故後の報酬額の減少
・同種企業における平均的役員報酬額

つまり、このような事情を考慮して、毎月100万円の取締役給与をもらっていても、労務対価部分は80万円として、これを基礎収入として逸失利益を算定するという手法を採る裁判例が一般的でした。

4 取締役報酬の肩代わり損害

 ところで、個人事業主と同視されるような小規模の会社のように、代表取締役が、休業すると直ちに事業が立ち行かなくなるような場合は別として、ある程度従業員を雇っている会社では、取締役が休業しても、会社の売上の減少には直結しない場合も多く、経費性を税務署に否認されるリスクを考え、定期同額給与を払い続けるケースが多かったように思います。
 そこで、法律論として考えられたのが、会社の肩代わり損害として構成する考え方です。
 つまり、「取締役報酬を返上して支払いを受けないとしつつ、生活費を仮払いする扱い(短期的な貸付)であれば、取締役の休業損害の算定には影響しないが、そうではなく、欠勤に関わらず支給扱いにしている場合は、会社が損害賠償請求権を取得したとして取り扱われるのが一般的である。即ち、損害賠償実務においては、会社は被害者の取締役から労務提供を受けられなかったにもかかわらず、取締役報酬中の労務対価部分を支払ったのであるから、交通事故により無駄な支出を余儀なくされたので、加害者に対し、損害賠償請求ができる。」という考え方です。
 しかし、損害賠償でのこのような考え方は、前記の税務処理からすると、仮払いなので、給与支払ではなく、その年の給与全額の経費性を否認されるリスクは存在することになります。
このような法律処理、税務処理をうまく整合する理屈が立たず、法律論の場面ではときに税務的な視点を無視して、損害賠償の算定がされてきました。

5 税制改正後の職務執行の対価

 ところが、平成19年度の税制改正により、平成19年4月1日以降に開始する事業年度から、定期同額給与の場合は、事業年度開始日から3か月以内の改定、臨時改定事由(職制上の地位変更、職務内容の重大な変更等)、業績悪化改定事由による改定が認められることとなり、予め年2回のボーナス支給を認める事前確定届出給与の場合も、株主総会から1か月ないし事業年度開始日から4か月以内の改定、臨時改定事由、業績悪化改定事由による改定も、変更の届出を行えば認められることになりました。(法人税法34条、法人税法施行令69条①)
 国税庁「役員給与に関するQ&A」(平成20年12月)でも、「役員が病気で入院したことにより当初予定されていた職務の執行が一部できなくなった場合に、役員給与の額を減額することは、臨時改定事由による改定と認められます。また、従前と同様の職務の執行が可能となった場合に、入院前の給与と同額の給与を支給することとする改定も臨時改定事由による改定と認められます。」とされています。
 即ち、定期同額給与も期中に臨時改訂ができるようになり、今後休業損害を考える場合には、この制度を利用した取締役給与の変更届をだせば、経費性を否定されるリスクなく、取締役給与の減額を休業損害として請求することで、税務面と法律の損害賠償との同調を図れる可能性が出てきました。つまり、取締役が重傷を負い、入院などでほとんど業務に服することができない場合には、税務署に給与の臨時改定届けを出し、この分を取締役が休業損害として請求することにより、税務的な扱いと法律の損害賠償の請求との整合性が保たれることになります。
 ただし、この減額が相当なものかどうかのチェックは裁判所が行うので、減額額が直ちに休業損害額となるというわけではありませんが、税理士とも相談の上、職務執行の対価の適正な減額として税務署に届けていれば、ある程度尊重してくれる可能性は高まったといえるのではないでしょうか。因みに、臨時改訂が認められるためには、入院など傷害が重篤で職務内容の大幅な変更があることが必要で、単にむち打ち症で病院に通院した程度では、この要件にあたらないものと考えられます。
 また、会社法で定めた取締役の「職務執行の対価として受ける経済的利益」の中には、従前、利益配当とされた役員賞与も含まれることになり、また、業績・利益を上げたことも取締役の仕事の結果と評価されるべき場合も多いでしょう。一般の給与所得者でも、歩合制、あるいは成果主義のように業務成績に連動する給与も全額基礎収入と考えられることと対比すれば、労務に対する対価は固定的である必要はなく、数期にわたり営業成績が上下し、それに伴い取締役給与が変化しても、利益が出た期の取締役報酬が高い分は利益配当部分であり労務対価性がないというような単純な判断は慎まれるべきでしょう。従前、議論されてきた「労務対価部分」と「職務執行の対価」とはどのような関係にたつのか今後議論していく必要があると考えられます。

6 むち打ち症など比較的軽症の場合の休業損害

 この場合は、従前と同様、取締役給与の減額は、経費としての否認リスクを生むことになるので、取締役給与は減額しない扱いをすることになるでしょう。
この場合、取締役の給与は、減額されませんから、会社の取締役は、通院に伴う慰謝料は請求できますが、休業損害を請求できないという考えも当然あるわけです。休業損害は、現実損害であり、いわゆる逸失利益についての差額説(事故前後の財産状態の差が損害と見る立場)では、損害はないと評価されることになります。
 しかし、通常の給与所得者は、有給休暇を使用して治療に当たった場合、給与の減額はないのに休業損害を賠償されること、主婦が治療により家事労働ができない場合には、主婦にも賃金センサスをもとに休業損害を認めていることとのバランスを欠く感もぬぐえないところです。また、働いていない取締役の給与を会社が支払ったとして会社の肩代わり損害として会社が請求するのも、実体に合わないように思われます。
 これは私見ですが、有給休暇について、現実に減収がないから休業損害を否定し、賃金センサスの程度の金額を慰謝料として考慮するという説(慰謝料斟酌説)がありますが、取締役の休業損害の場合も同様に考えられるのではないでしょうか。会社から給与を減額されなかった場合には、仮に賃金センサスを大幅に上回る給与を得ていた場合でも、賃金センサス程度の収入を基礎に役員業務への影響の程度を勘案して一定割合の慰謝料を本来の通院慰謝料とは別に認めるという扱いです。
 ただし、この扱いだと、重症の場合には通常の慰謝料しか認められないのに、怪我が軽い場合には、取締役は役員給与を全額もらったうえで、賃金センサスを考慮して増額した慰謝料が認められることになり、相対的に賠償額が高くなるということになり、かえって公平とはいえないとの意見もあり得るところかもしれません。
この公平感を前提にすると給与が支給された場合には、取締役の休業損害は認められないでよいのだという考えに行き着きます。
 取締役の休業損害は、実務的には問題が多いところで、税法の改正により多少方向性は見えてきた部分もありますが、全体的に統一された解決が困難な難問といえます。

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