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弁護士 堤 淳一

2007年02月15日

経営の「効率性」と職務分掌

内部統制システム

1 平成17年7月26日に会社法(法律第86号)が制定され、平成18年5月1日から施行された。会社法362条はその4項6号に定める事項(取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備(以下内部統制システムという))に関しては取締役会で決議すべきものとして取締役に委任することができないものと定めている。上記に言う法務省令(会社法施行規則100条第1項)は内部統制システムの内容を次のように定めている。

  1. 取締役の職務の執行に係る情報の保存及び管理に関する体制
  2. 損失の危険の管理に関する規程その他の体制
  3. 取締役の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制
  4. 使用人の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制
  5. 当該株式会社並びにその親会社及び子会社から成る企業集団における職務の適性を確保するための体制

2 ここで注目すべきは第3号である。従来会社法制の中に「効率」という文言を用いた規定はない。おそらくは経営学ないし経済学上の用語を持込んだのであろうが、会社法施行後、企業の現場においてはこの規定が従来の規定に比べて異色であることから、その解釈をめぐって四苦八苦しているのが実情である。
 企業経営の究極の目的は利益をあげることであるから、第3号の意義は、「会社の適正な利益を確保するための効率的な経営ができる体制を整える。具体的には取締役の合理的な職務分掌、チェック機能を備えた権限規程等を定めるとともに、合理的な経営方針の作成、全社的な重要事項について検討・決定する経営会議等の有効な活用、各部門間の有効な連携の確保のための制度の整備・運用、取締役に対する必要かつ効率的な研修の実施等を行うこと等が必要である」などと説明される(「会社法・施行規則が定める内部統制」・後藤啓二著82頁)。

3 これに対する企業各社の対応はまちまちであるが、私が関与している会社の整備体制におけるキーワードを拾ってみると、

  • 合理的な経営方針の策定
  • 業績管理指標の制定
  • 取締役会の定時開催
  • 経営会議の開催
  • 執行役員制度の創設
  • 職務権限の分配
  • 決裁権限の明確化
  • 職務分掌(及びそのための規定)の明確化
  • 相互監視体制
  • 役員研修の実施
  • 情報流通の確保
  • IT化の促進

などの言葉が目立つ。
 これらのキーワードからみえてくる体制作りの方向性は大雑把に言って、①経営組織の合理化、②権限の分配と移譲、③経営情報の流通といったところであろうか。

「効率性」確保の範囲

1 会社法施行規則第3号は取締役の「職務の執行」の効率性を対象にしている。会社法には「職務の執行」と似てはいるが「業務の執行」という言葉があり、会社法は両者を明確に区別している。監査のためにする行為や取締役会の招集、議決権の行使等は職務の執行ではあるが、業務の執行ではない、というように説明されている。即ち、業務の執行は会社の目的である具体的事業活動そのものに関与することを言い、「職務の執行」は、それ以外にこれに付随して行う会社の事務を含むものであって、「業務の執行」を内包するが、これに限らない事務をいう。

2 ところで取締役は会社の使用人(従業員)を通じて職務を執行するから、かくては「取締役の職務の執行が効率的に行われることを確保する体制」とは従業員が会社のために行う事務を含むことになる。そうすると「取締役の職務の執行」とは会社の機能全般にわたると解されることになって、その効率化の体制は極めて広い範囲をカバーするものとならざるを得ない。取締役の取締役会におけるパフォーマンスや権限の移譲分配、職務権限の明確化などは当然こうした体制作りの対象とはなりうるが、それにとどまらず組織全体の効率化を図る施策を予定しなければならないことになる。これは実に大変なことであって、各企業が困惑しているのはこのあたりの事情による。
 この条文をみて会社法の解釈にも法律学と経営学との学際的な研究を必要とされる時代が愈々到来したのか、と一驚したのは私だけではなかろう。

3 さて効率化の方策を定めるにあたっては広汎な施策が求められているが、本稿では多くの企業が挙げている「職務権限の分掌」の問題を考えてみよう。
 ところで職務権限の分掌といい、職務権限規定の制定と言った場合、当然にある者が有している権限を分配することが前提とされている。
 ところが「権限の分配」と表した場合、「権限」の裏付けとなる能力や識見が、或る者(権限の源泉者)によって貯えられていることが前提となるが、これが取締役によって常に保有されているとは限らない。創立当時の松下幸之助や本田宗一郎は自ら電球やオートバイを設計し製造したかもしれないが、いまの松下電工やホンダはそうはゆかない。今日の大会社のトップエグゼクティブは彼らの保有する権限(人的支配権限。法制上は雇用契約と就業規則によるが)によって支配する従属者 subordinate に依存している。
 もちろん、トップエグゼクティブたちは会社の戦略や会社の方向性について全般的構想は保有しているに相違ないが、それは「思っている」ということであり、そのことと「実現する」こととは違う。これを実現するのは実務レベルの従属者である。それだけにとどまらない。トップの構想自体が従属者の提案を容れた結果である場合も多い。
 いずれの会社においても、トップエグゼクティブは「上位者」に位置付けられ、従属者を下位に位置付けられているが、上に述べた理由から、「上位者」は「下位者」に依存しているというパラドックスが存在するのである。
 しかし会社法のうえでは会社の意思は取締役会によって決定されることになっている(会社法362条2項1号)から、その意思を解釈し執行するため、会社は業務執行役員に業務権限を分配するようにみえるけれどもその内実は「下位者」の意思が「上位者」に伝わり、トップはこれを受け止め取締役会が会社意思として集約し、「下位者」に命じてこれを実施に移す場合が殆どなのである。

組織図のマジック

会社における情報の流れを検討するにあたって、まず組織図のことを考えてみたい。

1 多くの会社は[図1]のような組織図を用意している。何故組織図はこのように描かれているのであろうか。

図1

下掲[図2]を見ていただきたい。

図2

ここには8つの部門が存在することを予定し、情報の集約が行われていない場合のコミュニケーションの流れが表現されている。この図で判るように8つの部門間において情報を交換するためには銘々が情報を必要とすると考える発信先に情報を送らなければならないから、図示した通り28本のコミュニケーションラインが必要とされ、また、仮りに各ユニット(n)の数が10個であれば{(n-3)×n÷2}+nの数(45本)だけコミュニケーションラインが必要とされることになる。以下nが増す毎にコミュニケーションラインは上式に従って増加し、かくては時間とワーカーのエネルギーが無用に消費されることは誰しも理解できる。
 そこでここに情報集約のためにCEOを置いたとする(実務的には「CEO事務室」)。そうすると情報のラインは[図3]にみる如く8本で済む。この図はそのままでも組織図として使用可能であるが、破線(----)で区別し左上をスタッフ部門、右下をライン部門と区別したうえで、CEOを垂直に(上方に)釣り上げてみよう。そうすると[図1]の如き図が得られる。かくすることによって無用な時間と労力から生ずる弊害をなくすことができる。

図3

2 このような組織図は西洋の軍隊の中に多用された。トップが決定した作戦を下位者に伝え、上下の階梯を表す図としては判りやすいため、第2次大戦後にアメリカやイギリスの経営者が会社を経営するために用いられた。因みに我が国では「軍隊式」と言う言葉自体が毛嫌いされているが、アメリカやイギリスにおける会社組織の研究は軍隊組織に負うところが多い。卑近な例としては[図1]に表記したスタッフと言う用語は参謀を意味する軍隊用語であるが(注1)、今日では経営用語として日常化している。このような組織図はいまや日本でも大概の会社で汎用されている。
 余談であるが旧日本軍は[図4]の如き編制表(海軍の連合艦隊の例)を公式に用いた。行軍序列とも言うが、このような図は箱形組織図とも称すべきもので、部隊(艦船を含む)と各級司令長官を部署に割当てたもので便利なため、いまでもこれを組織図として用い、[図1]の如き組織図を作らない民間会社もある。

[図4]

図4

3 組織図には以上のほかに[図5]のような円形組織図と呼ばれる組織図もある。

〔図5〕円形組織図

図5

[図1]の第2の点は、水平方向の関係が判りにくいという欠点があるということである。それゆえ[図5]のように円型の中に組織を表示することが行われており、我国の会社においても時折その例をみる。

(注1)スタッフ

 軍隊の司令部がたった1人の天才によって成りたっていればともかく(ナポレオンがそうであったと言われている)、プロイセン・ドイツはそう考えなかった。参謀と呼ばれる将校を司令部に配属して司令官を補佐するシステムを考案した。後に民間経営にも生かされるゼネラルスタッフ制度である。ここにおいては司令部に付属する参謀は作戦や兵站のプランを策案し、これを司令部の意思にまで高め、その意思を下級司令部へ下ろすのである。
 しかして、司令部が意思を決定する参謀本部の中にも[図3]の如き組織ユニットが沢山設けられる。

4 さらに普通の組織図の上下を逆にした組織図がある。 〔図6〕に示した組織図は小売店チェーンのNordstromのもので最上段にセールスとそれを支援する管理者をおき、最も下に取締役会を位置づける。Department ManagerとStore Managerは中間にあって、部門間協力や複合単位間の協力を必要とする活動を調整し、迅速化を図るなどして、概していえば世話役として活動する。 中間管理者はもはや仲裁人ではなく、縄張り意識や権利意識の名のもとに行われる勝手な活動を抑制し、回避し、減速する役目を担っている。この組織図は「上方」に向かった「支援の手」の形をイメージして作られている。

〔図6〕Nordstrom Organization Chart

図5

5 トップダウン方式と呼ばれる経営方式は[図1]によって極めて良く表現されているが、この図には誤解を招きやすい欠点がある。  最も重要な点は、視覚に因るのであるが、情報は「上」から「下」へ流れるものであるという錯覚を見る者に与え勝ちであるという点である。しかし既述したようにこのような組織図は[図3]によって示すように、コミュニケーションの流通を良くするためのアイデアであり、当然に情報が目でみると「上」から「下」へ「下」から「上」へと相互に流通することを確保するために作られたということに常に留意して観察しなければならないことは既にお判りのことと思う。

6 組織の情報は組織図の中に「下位者」として位置付けられる者から「上位者」との間に間断なく行われなければならない。この情報流通は「下から上にあげる」といわれているが、もともと[図2]の如く、必ずしも上下の関係にない者相互間の者同士が行うべき情報流通を、「心利いた或る者」に情報のとりまとめの機能を負わせたことに由来するものであった。そして「心利いた或る者」は上位者にたち、またこのような情報流通の方式が一般化するに従い、組織意思が選抜した者を図の中央の位置に配置するようになった。そしていくつものユニットに同様のものを作ると、それらのユニットは[図1]に似たように図式化され、適切な位置に付属せしめられる。
 こうして各ユニットの司つかさに応じて人を割当て、これに異なる処遇を与えることによって「下位者」の義務/服属意識を涵養し身分差を設け、かつ、「下位者」間の競争を通じて「下位者」が「上位者」に昇進する機会を作り、組織の効率をあげることに寄与することに役立つようになった。

7 以上のようにみてくると、例えば製造部門から経営企画部への情報の流れが期待されるときは、[図2]のように直接伝えるのではなく、[図3][図1]にみるようにCEOにこれを伝え、CEOは適宜経営企画部へも、そして又有用な情報であれば他部門にも伝えることが期待される。[図1]は「上」が常に「下」へ情報を流すものであるという錯覚を起こさせるために作られたのではないのである。

権限分配(職務分掌)のワナ

以上のようなことを前提にして「権限の分配」を考えてみよう。

1 職務の分掌とは、ある過程(プロセス)を分割し、どの箇所が誰の担当であるかを明らかにすることである。そして担当する職務の遂行を監視するための制度と、職務の評価と報告との体系を整備する。こうすることによって職務の重複を避け、職務を能率的に運営することを期待したものである。  しかし職務分掌には次のような問題がある。
 その一は「職務」なる現象は本来縫い目がない(シームレス)ものである。例えばある製品を製造するという現象は一つ一つの要素が有機的に連結している。製造過程の前には正しい設計図と製造ラインが準備されていなければならない。部組みプロセスに必要な部品は必要なときに必要な量が供給されなければならないし、納期に間にあうように製品が製造されなければならない。本来製造された量はそのまま(売れ残り在庫を生ずることなく)販売されなければならない。この過程は本来切れ目なくスムーズに行われることが望ましい。 
 職務分掌はこのような職務のプロセスを無理に(やむを得ないのだが)分割して縫い目(シーム)を作り、縫い目の間を報告と連絡によってつなぎあわせることになる。[図1]のような組織図は各個の部署の間に「縄張り」を作り、「組織間に縫い目がある」ことを際立たせることに寄与してしまう。
 ではなぜ職務の分掌が行われるのだろうか。職務分掌には「責任」問題が関連するからである。即ち、職務分掌は分掌を受けた担当者が「してもよい」仕事の範囲を画定することを意味するが、このことは同時に組織間に問題が生じたときは「担当者が」責任を負うことでもある。換言すれば職務分掌は責任と結果(良い結果と悪い結果-とくに後者)について誰が責任を負うかを定めるためのものであるといっても過言ではない。
 もちろん職務分掌は「船頭多くして船、山に上る」の譬えのように、職務プロセスを分割することによって効率化に寄与する。しかし、多くの場合分掌問題が浮上するのは「問題が生じたとき」なのである。
 以上に述べたことを例をあげて説明しよう。

2 製造部長甲がある製品の製造について権限を与えられていたとしよう。このことは同時に、甲は会社に対して-具体的には製造を担当する取締役に対して-当該製品の製造に関し責任を負うことである。彼は月次の計画に従ってその製品を遺漏なく製造しなければならない。
 その代わり、甲は部下30名の配属を受け、製品のための機械を与えられ、部品を仕入れるための一定の金額を限度とする支出権限(決裁権限)を与えられたとする。
 そして甲は配属を受けた部下のうちA、B、Cを直近の部下(例えば課長職。グループリーダーでもよい)として選抜し、Aには部品調達・会計及び庶務の仕事を与え、A1、A2・・・以下5人を配属し、Bには部組みラインの仕事とB1、B2・・・以下10名を配属し、Cには完品の組立ラインの仕事と、C1、C2・・・以下10人を割当てを受けた(assign)とする。  そして、Aは、Aに割当てられた仕事をするためにA1、A2らに対しこれを細分化して職務を割当てる。B、Cも同様である。このことを職務分掌といい、場合によっては権限の分割(dividing)という。  こうして製造部に組織の階梯(ヒエラルキー。階統ともいう)が成立する。

3 ところで既述のように甲の任務は製品の製造を遂行することであるが、この仕事を1人で遂行することはできないがゆえに、その仕事に協力する30名の配属を受け、彼らに依存して仕事を行う。
 それゆえに、甲がA(A1、A2・・・)、B(B1、B2・・・)、C(C1、C2・・・)に対して行う仕事の割当の本質は、仕事の委嘱である。A、B、Cのもとに配属された者たち(A1、B1ら)もA、B、Cから仕事の委嘱を受けている。  組織のヒエラルキーを結束させるツールは「命令」という形式を践む。しかし命令は同時に命令の遂行に関する報告(「仕事の実行」という応答が当然に含まれる)を伴っていなければならない。命令はその違反に対する制裁を予定するがゆえに強制であるが、それと同時に応答を伴うのである。それは命令が本質として委嘱の要素を伴っているがゆえである。
 かくして命令には強制と応答を含む双方向のコミュニケーションが命令者と受命者との間に必然的に包含される。即ち製造部長甲は更なる上司である取締役から受命すると共に製造の責任を負い、A、B、Cも甲から受命すると共に割当業務を履行する責任を甲に対して負うのである。
 組織の階統は製造担当取締役→工場長甲→A→A1、A2・・・へと命令の連鎖によって連結されているがゆえに、この関係は chain of command(命令の連鎖)と呼ばれるが、同時に chain of responsibility(責任の連鎖)ないしは chain of accountability(応答の連鎖)とも称しうるものである

4 上に述べたように[図1]の如き組織図は職務分掌を明らかにするのに便利である。しかし製造部門は研究開発部門やマーケティング部門の活動と密接に関連する。しかしその製品の売行が順調であるときはややもするとそれぞれの部門が「分掌の掟」を守って他部門の間の密接な連絡をおろそかにする場合がある。反面、例えば当該製品が人身傷害を伴うような事故(PL事故)を発生させたとする。そうするととたんに「責任者探し」が始まる。そしてここでも「分掌の掟」が登場する。それぞれの部門はそれぞれが「適正に分掌」を守って仕事をした、と。しかし、それぞれが適正に仕事をしていれば事故は起きなかった筈である、と「会社」は考える。そうしてお定まりの果てしない責任のなすり合いが行われる。

5 職務分掌の功罪は相償うものであろう。真の効率化のためには職務分掌の欠点を日頃からよく認識し、部門間に隙間を作らないようにしなければならないことがお判りいただいたことと思う。  そのためには3つの方法が考えられる。
 その1は職務分掌規定に一部他の部門の職務とのオーバーラップを認め、柔軟な対応ができるようなものにすること。即ちA、B、C間の3人で受持つ職務の相互乗入れの余地を残す。
 その2は相当なる権限を与えられた部門間の調整役(リエイゾン)を置くこと。即ち甲が手元に気の利いたA、B、Cクラスのベテランをおき、A、B、Cの連絡役にあてる。
 その3は各部門を横断的に観察でき、かつ柔軟性を持ったマトリックス型の組織を設けることである。即ち甲、A、B、CおよびA1A2・・の中から数名の者を選抜して横断組織(横串組織)を作る。

むすび

 本稿は私が務めているいくつかの会社の監査役としての経験に負うものではある。しかし、同時に組織や社会における「中間的なるもの」への興味(本誌 Vol.5(№29)、Vol.6(№30)参照)の一発露でもある。本稿はBAAB誌(Vol.P)に掲載したもののもと原稿である。同誌の紙幅の都合で、もともと用意した本稿を大幅に縮めたため判りにくくなった点もあるかもしれないのでホームページで紹介する次第である。

(2007.2.15)

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