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弁護士 山本 昌平

2012年01月01日

改めてコンプライアンスを考える

(丸の内中央法律事務所報No.20, 2012.1.1)

□ 皆様、新年のご多幸を心より祈念申し上げます。本年もどうぞよろしくお願い致します。
 昨年は後半に光学機大手のオリンパスや大手製紙会社大王製紙の不祥事が報道されるなど、大企業のコンプライアンス違反が世間を騒がせました。日本漢字能力検定協会が発表した平成23年度(2011年)を表す漢字は「絆」でしたが、これらの不祥事は、まさに株主や投資家、取引先、従業員等のステークホルダーのみならず社会との絆を揺るがす出来事といえます。
 2社の事案につきましては2社とも第三者委員会が組織され、調査報告書がHPにて公表されております。そこで、今回はこの調査報告書を元に、2社の事案を取り上げて、改めてコンプライアンスについて考えてみたいと思います。以下では、大王製紙の調査報告書をD社報告書、オリンパスの調査報告書を0社報告書といいます。

□ まずは、大手製紙会社大王製紙の事案からです。
 D社報告書によりますと、大王製紙の代表取締役会長であったI氏(後に辞任、以下「元会長」という)が、連結子会社から長期間にわたって個人的用途のため多額の貸付を受けている事実が発覚しました。
 D社の連結子会社は37社ですが、そのうちの7社から、元会長個人に対し、貸付金として会社資金が支出されていることが判明しました。
 7社からの貸付は、合計26回にわたり、合計で106億8000万円に上ったとのことです。そして、いずれの貸付につきましても、事前に元会長から7社の常勤役員に電話をして、元会長が指定する金額を指定する本人名義等に振り込ませる等の方法で、元会長から会社の手持ち資金を確認した場合もあるが明日までに〇億円を自分の口座に振り込むようになどと一方的に指示したものが多数でした。元会長からの指示を受けた役員の大半は、元会長の個人的用途に用いられているものとの理解で、使途を質すことなく、自社の手持ち資金から指示された金額を当日もしくは数日間に指定された口座に送金しておりました。その際、7社の役員は元会長に担保を求めることなく、すべて無担保で貸付が実行されました。そして、いずれの貸付についても、振込を実行した後に元会長との間で返済期限、一定の利率等を定めた金銭消費貸借契約書を作成しておりました。
 多額の貸付ですから、取締役会で決定されるべきものですが、実行されていなかったとのことです。そればかりか、大半の会社では適法な取締役会が開催されず、貸付実行後に取締役会に諮られて承認された場合でも、貸付の目的、必要性、返済の確実性など当然行われるべき検討はされなかったとのことです。
 そして、7社の貸付金は、一部返済されましたが、7社合計で59億3000万円が未返済元金となっております。以上が事案の概要です。

□ どうしてこのような事態が発生したのでしょうか。
 D社報告書においていろいろ分析されておりますが、その中で企業風土に関して以下のとおり指摘されています。I父子は、ファミリー企業を通じて大王製紙の大株主で、大王製紙グループを大きく成長させてきたという経緯がある。また、I父子は、個人、ファミリー企業、支配する他の連結子会社の保有株式によって他の連結子会社を支配している。I父子が、ファミリー企業と大王製紙グループを一体として支配するという独特な構造に形成されており、人事はこの全体の企業集団を一体として行われていた。そして、社員らはこれらの会社はすべてI父子のものであると意識し、しかも成功した経営者であったので絶対的に服従するという企業風土が根付いており、それが本件発生の基盤となったということです。
 ここでは、法や定款というルールによる支配ではなく人による支配が行われてきたといってもよいと思います。

□ 他方で、大王製紙は、コンプライアンスの体制を整えていたとされております。
 D社報告書によりますと、コンプライアンス委員会が設置されるなどコンプライアンスに係る基本的な制度、ルール(規程)、仕組みの整備は出来ており、その見直し、改善も適時になされていたということです。ただ、大株主であり役員でもある創業家による権限濫用を防止するという観点からは、特段のルール(規程)整備や監査は実施されておらず、そのような問題意識も希薄であったということです。
 つまり、大株主であり役員であり創業家に対するコンプライアンスの体制は未整備だったということです。このあたりに、発生の根源がありそうです。

□ 次に、オリンパスの事案についてみていきましょう。
 O社報告書は、本文だけでも185頁の大部でかなり詳細に分析されております。
 事案の概要は、期間も長く関係者も多くかなり複雑ですが0報告書によると概要以下のとおりです。
 1985年以降の急速な円高によって大幅に営業利益が減少したことを受け、当時の社長が、当時隆盛となりつつあった財テクを重要な経営戦略と位置づげ、金融資産の積極的運用に乗り出しました。ところが、1990年のバブル経済の崩壊を受け、金融資産の運用による損失が増大し始め、その損失を取り返すためハイリスク・ハイリターン商品やリスク性の高い複雑な仕組み債などに手を出しその結果、含み損は1990年代後半には1000億円をやや下回るほど巨額になりました。そして、膨れ上がる含み損について先送り策をもって対応していた1997年から1998年にかけて、金融資産の会計処理が、それまでの取得原価主義から時価評価主義に転換する動きが本格化し始めました。こうした状況を受けて、それまでの巨額の含み損が表面化する事態を回避するための方策の検討を始め、投資業務などで相談していた証券会社の社長などと具体的な検討を開始しました。そして、2000年4月以降開始する事業年度から適用される会計基準にあわせるため、オリンパスが抱える金融資産運用損を簿外に分離する損失処理スキーム(飛ばし)を考えたということです。そのためのルートは①ヨーロッパ・ルート、②シンガポール・ルート、③国内ルートの3つのルートがあったされております。
 この飛ばしについて0社報告書は以下のとおり分析しております。損失処理スキーム(飛ばし)は「オリンパスの連結決算から外れるファンド等を利用し含み損を抱える金融資産を簿価で売却することである。その際、受け皿となるファンドには、自社の預金を担保とした銀行からの融資金などを中間のファンドを介した投資等の方法で金融資産の購入資金を流していた。しかし、こうして飛ばした受け皿ファンドの金融資産はほとんど無価値のものであり、いずれはこれを解消しなければならない。そこで、M&Aを利用し、通常よりはるかに高額な企業買収代金やFA(注:買収におけるフィナンシャル・アドバイザー)報酬の支払を装い、解消の資金を捻出して受け皿ファンドに流し込み、このような金融資産を解消した。
 そして、これら買収代金等は、企業買収会計処理として連結貸借対照表上『のれん』に計上し、10~20年間で償却するというものであ」りました(0社報告書179頁)。そしてこの損失処理策の存在や実行状況を知っていたのは、当時の社長、本社管理部門の担当常務取締役や経理部資金グループの関係者の数名でした。
 ところが、新たに就任した外国人社長からFA報酬などの点につき指摘を受けたところ、逆にその社長を解職したことを契機に本件が発覚したことは、皆様御存知のとおりです。

□ O社報告書では、今回の事態が発生した主な要因として10点を指摘しています(179頁以下)。
 ①経営トップによる処理及び隠蔽であること、②企業風土、意識に問題があったこと、③隠蔽等の手段が巧妙であったこと、④会社法上の各機関の役割が果たされなかったこと、⑤監査法人が十分機能を果たさなかったこと、⑥外部専門家による委員会等が十分機能を果たさなかったこと、⑦情報の開示が不十分であったこと、⑧会社の人事ローテンションが機能していなかったこと、⑨コンプライアンス意識が欠如していたこと、⑩外部協力者の存在です。
 そして①に関しては会社トップや幹部職員によって不正が行われることを想定したリスク管理体制がとられておらず、これらに対する監視機能が働かなかったことが指摘されております。この点は、大王製紙の事案と共通しており、いくらコンプライアンス体制を整えたとしても、聖域をつくってしまったり、経営トップの権限濫用のケースを含め起こりうるリスクを冷静・客観的に分析して対策を整えておかないと、いざというときは機能しないどころか、多額の損失の発生や信頼の失墜に直結することを示していると思います。特に、オリンパスの場合は、経営トップの職務執行を監査し、不正行為を防止すべき常勤監査役自らが損失処理策の担当者であったという点は、法の想定を超え、事態は深刻といえます。

□ 従前よりご説明してきたとおりコンプライアンスを無視・逸脱・軽視した結果、①民事上の責任、②刑事上の責任、③行政上の責任、④社会的責任、⑤生産的時間の喪失や社内の士気の低下など様々な結果を招来しますが、このことは今回の事態を招いた2社も同様です。1社はすでに刑事事件に発展しておりますし、関係者に対する損害賠償の請求もなされることが予想されます。また関連して2社の監査法人に対しても、金融庁による調査も始まっております。
 O社報告書では、再発防止策として、「旧経営陣の一新」、「関係者の法的責任の追及」など11の対策をあげております。中でも「新経営陣の意識改革」、「職場環境づくり及び役員、職員の意識改革」、「監査役、監査役会の意識改革」は極めて重要な指摘です。
 これまで旧商法の時代から不祥事が発生するたびに、監査役の権限強化などガバナンスの機能を強化してきた経緯があります。しかし、どんなに強力な武器を与えられていても、いざという時に使わなければ宝の持ち腐れどころか、果せられている職責に背くことになります。実際に行動を起こすかが問われているのです。
 そのためには、経営トップのコンプライアンスに対する自覚はもちろんのこと、社外役員を含めそれぞれの役職・立場の者が、コンプライアンスの重要性を理解し実践しないと、結局はステークホルダーはじめ関係者に多大な損害をもたらし誰も得をしないこと、逆に企業や組織が健全に発展するにはコンプライアンスを実践することが不可欠であることを改めて認識する必要があると思います。
 O社報告書の最終頁(185頁)に「最終的には、上記提言して述べたように、取締役、監査役等関係者個人の自覚とその責務の真剣な実行が必要である。」と指摘していることは、まさにこのことを意味していると思います。

□ 自分が所属する組織の中で、慣行に反したり、これまでとは異なる意見や考えに基づき行動することは、たとえそれが法に従った正しい行動であったとしても、決して容易ではないことが今回の2社の事案から改めて明らかになりました。しかし、コンプライアンスの観点からは、自分に課せられている職責を果たさないということは、たとえ積極的加担行為がなかったとしても、法的にはそれと同視されることを覚悟すべきです。コンプライアンスを実践する過程においてはそれぞれの組織や会社における様々な障壁を乗り越えなければなりませんが、今回の事案は、このコンプライアンスの実践こそが、企業や組織が、ステークホルダーや社会から信頼され、健全に発展することができる土台・屋台骨であることを強く認識させられた事案といえます。
 最後までお読み頂きましてありがとうございます。

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