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弁護士 石黒 保雄

2020年10月01日

公務外災害認定処分取消訴訟の勝訴判決について

(丸の内中央法律事務所事務所報No.37, 2020.8.1)

 

 □  令和2年6月5日、私が原告代理人として携わっていたある訴訟において、画期的な勝訴判決が言い渡されました。すなわち、公務員であった医師(以下「被災職員」といいます。)が精神疾患を発症して自殺したこと(以下「本件災害」といいます。)が公務に起因するものであったと認められ、地方公務員災害補償法に基づく公務災害と認定されたのです(なお、公務員であるため公務災害という言葉が用いられますが、民間における労働災害すなわち労災とパラレルに解してください)。

 □  自殺は、自らが自らの生命を絶つという行為であり、たとえそれが業務を契機とするものであっても、正常な判断能力があったと認められる限り、自らの意思によって行われたものとして、業務と死亡との相当因果関係は認められません。
   しかし、業務のストレスにより精神疾病に罹患し、その結果として正常な判断能力を失って自殺に至ってしまった場合には、自らの意思によるものとは認められず、例外的に業務と死亡との相当因果関係が肯定される場合があります。
 □  とはいえ、自殺に関する公務災害(労災)訴訟においては、①本人が公務(業務)上強度の精神的又は肉体的負荷を受けたこと、②かかる負荷によって精神疾患を発症したこと(相当因果関係)、③その精神疾患の症状として自殺に至ったこと(相当因果関係)を原告側において全て主張立証する必要があるところ、本人が自殺により亡くなっているため、これらを全て主張立証することは、通常極めて難しいのが現実です。
 □  以下では、本件において、どのような経緯によって被災職員の死亡が公務災害と認められるに至ったのか、できる限り具体的に論じてみたいと思います。

事案の概要

 □  被災職員は、平成22年7月にA市の職員として採用され、A市内のB診療所の副所長に任命されました。その後、前任者の退職により、平成23年4月よりB診療所の所長に就任しました。
 □  B診療所は、A市によって設置運営されている診療所であり、外来診療のほか入院設備として一般病床19床を有し、診療科、薬剤科、放射線検査課、臨床検査課、リハビリテーション科、管理栄養科、看護科、事務部門、リハビリテーション部門及び居宅療養・訪問看護部部門が置かれ、事務長や看護師など約20名の職員が勤務していました。
 □  B診療所では、当初3名の常勤医師が勤務していましたが、他の医師の退職により、平成25年1月からは、常勤医師が被災職員1名のみとなりました。そのため、被災職員は、所長兼唯一の常勤医師として、外来診療や入院診療のみならず、B診療所の経営、施設の管理、職員の人事及び管理監督などの所長としての業務並びに外部の特別養護老人ホームに対する回診及び近隣住民に対する健診などの幅広い公務をほぼ一人で行わざるを得なくなってしまいました。
 □  被災職員は、平成25年の夏頃から、愚痴を言う、苛立つ、怒鳴るなど、それまで全くみられなかった行動が現れ、同年秋頃には妻や職員に対し、苦しみや辛さを再三訴えるようになりました。そして、平成26年1月頃にうつ病(以下「本件精神疾患」といいます。)を発症し、同年5月の連休明けから病気休暇を取得して療養に努めたものの、同年6月10日に自殺により亡くなりました。
 □  遺族である被災職員の奥様(以下「奥様」といいます。)は、平成26年7月、地方公務員災害補償基金に対し、本件災害が公務災害であることの認定を求める公務災害認定請求を行いましたが、同基金は、平成28年2月、本件災害について公務外であるとの認定を行いました。

審査請求手続は形式的なもの

 □ 私は、上記公務外災害認定を受けた段階で奥様より相談を受け、本件を受任しました。

 □  本件では、かかる公務外災害認定が取り消される必要がありますが、地方公務員災害補償法第56条は、行政不服審査法に基づく審査請求の裁決を経ない限り、処分の取り消しを求める訴訟を提起することができない旨規定しているため(審査請求前置)、私は、平成28年5月に、まずは審査請求を申し立てました。
 □  審査請求とは、行政庁の処分について、審査庁に対して行う不服申立てであり、地方公務員災害補償基金が行った公務外認定処分については、地方公務員災害補償基金審査会が判断を行うことになります。
   しかしながら、地方公務員災害補償基金と地方公務員災害補償基金審査会は、実質的には一体の組織であり、本件公務外認定処分に対し、事案を精査しかつ被災職員の立場を十分に理解した裁決を期待することはそもそも無理がありました。
 □  案の定、地方公務員災害補償基金審査会は、平成29年8月に請求棄却という裁決を下しましたが、その内容は、平成28年2月の公務外認定通知書に記載された検討内容から一歩も進んでおらず、ただ同じ内容を繰り返すだけというお粗末なものでした。
   しかし、奥様も私も、本当の勝負は裁判所における公務外認定処分の取消訴訟であると考えていましたので、さらに準備を重ね、平成30年2月に地方裁判所に訴えを提起しました。

時間外労働時間が少ないという弱点

 □ 本件では、被災職員がうつ病に罹患していたことは争いがなく、最大の争点は、被災職員の公務ないし業務が、本件精神疾患を発症させる程度の強度の精神的又は肉体的負荷を与えるものであったか否かという点でした。
 □  これについて、実務上最も重視されている判断要素は、時間外労働時間すなわち残業時間です。残業時間は、タイムカードなどによって記録に残り易く、また客観的な数字として現れるため、判断基準として設けるのに相応しいものといえます。地方公務員災害補償基金も、「精神疾患等の公務災害の認定について」(平成24年3月16日地基補第61号)という公務災害の認定基準において、精神疾患発症直前の連続した2か月間に1月あたりおおむね120時間以上又は同発症直前の連続した3か月間に1月あたりおおむね100時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合、公務における強度の精神的又は肉体的負荷を与える事象と定めています。
 □  ところが、本件では、本件精神疾患を発症する直前3か月の被災職員の時間外労働時間は、平成25年11月が約35時間、同年12月が約19時間、平成26年1月が約34時間で、上記の基準に照らしてもかなり少ないことが明らかでした。
 □ そこで、私は、被災職員がB診療所の唯一の常勤医師兼所長であったことを重視すべきであり、経営者的立場の者について時間外労働時間という指標はそれほど大きな意味を持つものではないという考え方を前面に出したうえで、時間外労働以外に、被災職員が強度の精神的又は肉体的負荷を受けたと認められる様々な事実を積み重ねて主張立証を行うこととしました。

被災職員が受けた精神的又は肉体的負荷の具体的内容

 □  まず、最も重要なことは、被災職員が日々どのような過酷な業務を行っていたかを具体的に明らかにすることでした。そこで、タイムカード、外来日誌、病棟日誌などの記録をもとに、本件精神疾患発症直前6か月間(平成25年8月~平成26年1月)について、被災職員の毎日の業務内容(入院患者数、出勤時刻、朝の入院患者回診、朝のミーティング、午前の外来診療(患者数)、午後の外来診療(患者数)、所内の会議ないし委員会、健康管理検診、夕方の入院患者回診、夕方のミーティング、退勤時刻、帰宅後における電話対応、入院患者の心電図モニターチェックなど)をひと月毎にA3用紙1枚の一覧表にまとめました(写真参照)。
 □  また、本来の業務以外においても、被災職員を苦しめた以下の2つの出来事がありました。
   1つは、平成25年1月頃に発生した看護師による入院患者への虐待事件です。被災職員は、関係者から詳細な聴き取り調査を行って犯人を突き止めましたが、当該看護師が容疑を否認し同年4月末まで勤務を続けたため、その間被災職員は、自らが昼夜を問わず入院病棟に繰り返し赴くなど、再発防止のために力を尽くしました。
   もう1つは、同年5月に持ち上がったB診療所の病棟閉鎖計画です。これは、A市の「市立病院・診療所改革プラン」という医療制度の改革プランに基づくものでしたが、地域住民の入院診療体制を守るために病棟閉鎖に反対する被災職員とA市との対立が深刻化し、被災職員がA市や他の医療機関から嫌がらせを受けるという事態まで発生し、平成26年1月にかかるプランが一旦凍結されるまで、被災職員は精神的に追い込まれた日々を送らざるを得ませんでした。
 □  そして何より、被災職員が精神的及び肉体的に極めて疲弊する原因となったのが、連続した宅直業務でした。宅直とは、所定労働時間外に、事業場外の自宅またはその周辺等で待機し、使用者側からの呼び出しがあれば事業場等に赴いて当直と同様の勤務等を行う勤務形態を指しますが、被災職員は、平成25年1月から平成26年1月までの合計396日のうち、何と351日も宅直業務に従事していました。
   宅直の担当となると、自宅を離れることができないばかりか、飲酒を控え、常に手元に携帯電話を置いて呼び出しに備える必要があります。そのため、被災職員は、夜間も熟睡することができず、いつ呼び出しがあるかもしれないという精神的なプレッシャーから逃れることができませんでした。

被災職員が行った具体的業務一覧表
石黒・写真(挿画).jpgのサムネイル画像

B診療所の元職員の協力

 □  本件のような公務災害訴訟においては、原告の主張を裏付ける証人の役割が非常に大きいのですが、亡くなった本人と一緒に勤務していた証人は、通常、未だ公務員として勤務を続けているため、証人としての協力が得られないケースも多くみられます。
 □  私は、本件訴訟提起前に事実関係を聴取するため、奥様と共に、B診療所に勤務していた元職員数名と面談しましたが、その際、最も証人として相応しいと考えた医療スタッフに事情を説明し、証人としての協力をお願いしたところ、未だ公務員としてA市の他の医療機関に勤務を続けているにもかかわらず、快く引き受けていただきました。
 □  平成30年3月に始まった本件訴訟は、原被告双方から主張反論の応酬が繰り返され、いよいよ最終段階として、令和2年2月に関係者の尋問が行われました。法廷において、証人である医療スタッフは診療所における被災職員の状況を、原告本人である奥様は家庭における被災職員の状況を、いずれも正確かつ簡潔に述べていただき、反対尋問にも全く動じることがありませんでしたので、私は、尋問終了後、かなりの手応えを感じることができました。

判決の内容

 □  本件訴訟は、尋問終了後結審となり、判決言渡期日が令和2年4月28日に指定されましたが、新型コロナウイルスの影響で延期となり、冒頭に記載したとおり、6月5日に判決言渡しが行われました。
 □  裁判所は、被災職員の過酷な業務状況について原告の主張を全て認めたうえで、「被災職員は、平成25年1月以降、1年を通して夜間も完全に業務から解放されることなく昼間の休息もままならない状態を継続し、A市当局の物的心理的両面の支援も何らなく、入院患者虐待問題という極めて深刻な問題の対応を迫られ、その後、明らかに市当局との対立状況を意識せざるを得ない中で病床廃止問題につき住民側の姿勢に立った意見をもって市当局などと対応せざるを得なかったのである。そして、平成25年11月頃からは患者数の増加などにより診療業務も繁忙になって時間外労働時間も増加し、本件疾患を発症する直前には1か月以上に亘って連続勤務を強いられ、更に肉体的にも精神的にも強い負荷を受けたものである」と結論付け、「平成25年1月以降、特に同年11月頃からの公務による精神的及び肉体的な負荷は本件疾患を発症させるほど客観的に過重であると認められる」として、本件災害の公務起因性を認めました。
 □  本件は、一般的な公務外(労災)事件と比較して、時間外労働時間がかなり少ないという事案でしたが、裁判所が「精神疾患等の公務災害の認定について」という基準に縛られることなく、精神的又は肉体的負荷を与える各事象を丹念に認定し、それらの相互作用も考慮した総合的判断を行ってくれたことが勝訴の要因となりました(なお、本件は被告が控訴を断念したため、確定した判決となりました)。

以  上

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