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弁護士コラム・論文・エッセイ

弁護士コラム・論文・エッセイ

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弁護士 門屋 徹

2017年02月14日

裁判員裁判を経験して

(丸の内中央法律事務所報vol.30, 2017.1.1)

1 はじめに

 本年10月、裁判員裁判を担当しました。
 裁判官のみの通常の刑事裁判であればこれまでにも経験がありましたが、裁判員裁判において弁護人を務めるのは初めての経験でしたので、審理の雰囲気や、通常の刑事裁判とどのような点が異なるのか等について、思いつくままに述べたいと思います。

2 裁判員裁判の対象となる事件

 裁判員裁判の対象となるのは、国民の関心が高いと考えられる重大事件のみです。具体的には、①法律で定められた刑が死刑、無期懲役・禁錮に当たる罪の事件(殺人、強盗殺人等)、又は②故意による犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件(傷害致死、危険運転致死等)とされております。

3 裁判の準備

⑴ 争点と証拠の整理~公判前整理手続~

 公判前整理手続とは、実際の裁判期日の前に、争点と証拠とを整理して、審理の計画を立てる手続をいいます。通常の裁判であれば、必ずしも公判前整理手続を実施する必要ありませんが、裁判員裁判については、法律上必ず実施しなければならないものと定められています。

 公判前整理は、一言で言えば「料理の前の下ごしらえ」です。食材を切り、調味料を混ぜ合わせ、後は順番に火に掛ければ完成、というところまでお膳立てをして、実際に火に掛ける作業に裁判員に参加してもらおうということです。

 なお、裁判員は公判前整理手続には参加しません。手続が終わった後、結果について裁判官から説明を受け、本番の裁判にのみ参加することになります。

  ア 争点の整理

   「争点」とは、検察官と弁護人との言い分が食い違う部分をいいます。
今回、私の担当した被告人(以下、「Aさん」といいます)は、「実際に犯罪行為を行ったのは一緒にいたBさんであり、自分は被害者に手を出してはいない」と主張していました。このような場合、直接犯罪行為を行っていないAさんが有罪になるためには、AさんとBさんとの間で犯行に関する共謀(その犯罪を行うことについて、共犯者間で意思を通ずること)が必要となります。
 Aさんは「事前に犯行について話し合ったことはなく、Bさんが突発的に犯行に及んだ」と供述しましたが、検察官とBさんは「事前に話し合って立てた犯行計画を実行した」と主張していたため、共謀の有無が最大の争点となりました。

  イ 証拠の整理

   公判前整理手続では、証拠の整理も行われます。あくまで裁判で提出される証拠を整理することが目的ですので、取調べ(証拠の内容の検討・評価)は行われません。どのような証拠を、どのような事実を立証する目的で提出するのか、それに対する当事者の意見はどうか、その証拠が法律上の証拠能力有するのか等を整理し、実際に裁判で取り調べる証拠を確定していきます。
 本件では、検察官は共謀があったことを立証するために、様々な証拠を提出しましたが、その中でもっとも重要なのは、直接犯罪行為を行ったBさんの供述でした。一方、AさんはBさんと正反対のことを述べていましたので、整理手続の結果、裁判では、両者の供述のどちらがより信用できるのかを重点的に検討しなければならないことが明らかになりました。


ウ 審理計画の策定

   争点と証拠の整理が終わると、その結果を踏まえ、具体的な審理計画を立てていきます。
 通常の裁判では、裁判期日が終了すると、次回期日までに3~4週間の準備期間が与えられることが一般的です。しかしながら、裁判員裁判では、裁判員を長期間拘束することはできないため、連続した期日において一気に審理が行われます。そのため、審理に必要な日数を確定した上で、分刻みのタイムスケジュールが立てられます(検察官が取調べを請求した書証の取調べは○日目の午後○時○分から○時○分まで。その後、10分間の休廷を挟んで、証人○○の尋問を午後○時○分から○時○分まで、といった具合です)。
 本件では、審理期間は月曜日から金曜日までの5日間と決められ、翌週の火曜日が判決言渡期日とされました。
 

⑵ 裁判員の選任手続

 裁判員の選任の手続には、検察官と弁護人も立ち会います。
 裁判所に集められた候補者と面接を行い(一度に候補者全員と相対する全体面接を行った後、特定の候補者を別室に呼んで個別に質疑応答を行う個別面接が実施されます)、問題があると考える候補者を除外するよう求めることができます。このとき、各当事者とも4名までは、当該候補者を除外すべき理由を述べないでよいとされています(理由を示さない不選任の請求)。これは、各候補者の適格性についての議論を省略することで、選任手続を円滑に進めること等が目的であるとされます。
 本件でもこのような手続を経て、最終的に裁判員6名、補充裁判員2名が抽選によって選任されました。

 *ここで、補充裁判員とは、裁判員が何らかの理由で審理に参加できなくなったときに備えて選任される、いわば補欠要員です。補充裁判員は、法廷での審理や評議(有罪と無罪の別、有罪の場合の量刑を決める話合い)に出席することはできますが、裁判官から意見を聞かれた場合を除き、発言や質問を行うことは禁じられます。

4 裁判手続

⑴ 服装、席順など

 通常の裁判であれば、被告人は拘置所に収監されているままの服装(上下スウェット等)で、裁判官が入廷してから手錠・腰縄を外しますが、裁判員裁判では、被告人は服装をある程度自由に選ぶことができ、手錠等も裁判員の入廷前に外されます。因みに、被告人は、落ち着いた色のスーツを着用することが一般的ですが、事故を防ぐため、ネクタイはワンタッチ式のものに限られ、ベルトの着用も認められていません。
また、裁判中の着席位置は下の図の通りです。基本的に、被告人は弁護人の横に、拘置所の職員に挟まれて座っていますが、人定質問(被告人が起訴状に記載された本人であるかを確認する手続)、罪状認否(起訴状記載の犯罪を行ったかについて被告人に確認する手続)、被告人質問、判決宣告等の際は証言台の前に立ちます。但し、被告人質問は長時間に亘ることが多いので、このときには証言台の前に用意された椅子に座ることが許されています。

裁判員裁判における法廷配置図(一例)門屋・法廷配置図HP用.jpg

⑵ 冒頭陳述

 冒頭陳述とは、検察官と弁護人がそれぞれ証拠によって証明しようとする事実を明らかにする手続です。
 通常の裁判であれば、検察官のみが定型の文章を読み上げて終わる手続ですが、裁判員裁判については、弁護人も必ず行わなければならないものとされています。また、各当事者は、カラフルに色分けをしたり、図形を用いたりして分かりやすく作成された「冒頭陳述メモ」を用いて、事案の概要や争点、それらをどのような証拠によってどのように立証するのかについてのプレゼンテーションを行います。

⑶ 証拠調べ手続
  ア 検察官による捜査報告書の統合

   通常の刑事裁判では、証拠書類(書証)の取調べは、記載内容の要旨を告知する方法によって行われます(例えば、「本書面は、警察官が凶器を発見したときの状況を記録したものです」という程度です)。
 しかし、裁判員裁判では、書証は基本的に全て朗読して取り調べられることとされています。そのため、書証の量によっては、証拠調手続に膨大な時間が掛かってしまううえ、裁判員にも理解しづらいという問題があります。そこで、検察官が複数の書類を簡略化してとりまとめ、「統合捜査報告書」という標目の証拠を作成するという取り扱いが為されています。
本件でも、公判前整理手続において検察官が取調を求めた書証は70近くにも及びましたが、最終的には13の統合捜査報告書に圧縮されました。それでも、これらを全て朗読するには約2時間を要しましたので、小刻みに休廷を挟んだとはいえ、裁判員にはかなりの負担だったと思われます。

  イ 尋問手続

   証人と被告人の尋問手続については、通常の裁判と大きく異なるところはありません。
 裁判員にも分かりやすいよう、事前に尋問事項を取りまとめたメモ等を配布し、通常の裁判以上に端的で分かりやすい尋問を心がけました。
 

⑷ 論告・求刑、最終弁論
  ア 論告・求刑

   論告とは、その事件に対する検察官の意見であり、これを踏まえてどの程度の刑を科すかについて意見が述べられます(求刑)。
通常の裁判であれば、検察官が用意してきた原稿を読み上げて終了です。この原稿は、裁判所に記録として綴られますので、裁判官はこれを熟読し、時間をかけて判決の内容を考えることができます(これは、後述の弁論も同じです)。
 一方、裁判員裁判の場合には、審理の後、2~3日の評議期日を経て直ちに判決が言い渡されますので、あとから原稿を読み返したりする時間を十分に取ることはできません。そのため、審理期間の際に、できる限り分かりやすく、説得的に裁判員にアピールする必要があり、検察官は、カラフルで、図形などを駆使した「論告・求刑メモ」を用意し、これに基づいてプレゼンテーションを行います。

  イ 弁論

   弁論とは、事件に対する弁護人の最終的な意見で、検察官の論告に対応するものです。裁判員に説得的にアピールする必要があるのは、論告・求刑の場合と同様です。
 法的、論理的に優れた弁論を行うべきことはもちろんですが、裁判員に解りやすく、且つ説得的にアピールする必要があります。今回、私は読み上げ原稿とは別に、主張の骨子をA3版の用紙1枚にまとめた「弁論メモ」を配布し、これに沿ってプレゼンテーションを行いました。このメモは、検察官の「論告メモ」と同じように、図形を用いたり、カラフルに色分けを行ったりと、ビジュアル的にも解りやすいものにするよう努めました。
 話す際も、原稿を棒読みするのではなく、裁判員と目を合わせながらゆっくりと大きな声で話すことを心がけ、ときには身振り手振りを使ってみたり、語りかけてみたり、法的な理屈をかみ砕いて説明してみたり、感情に訴えるために情緒的な弁論を述べてみたりと、通常の裁判ではすることのないことを数多く試みました。
 しかし、残念ながら、判決では私達の主張は認められませんでした。

5 最後に

 本件では、私が着任してから第1審の判決が下るまでに、約1年もの期間を要しました。この間、Aさんは東京拘置所等において身柄を拘束され続け、裁判所、   検察官及び弁護人は様々な準備を重ねてきましたが、裁判自体はわずか5日間で終了しました。
 この5日間で強く感じたことは、裁判員裁判では、通常の裁判以上にプレゼンテーション能力が求められるということです。「こちらの主張を理解・納得してもらうために、どう書くべきか、どう話すべきか、どう聞くべきか」ということを、いつも以上に意識した裁判になりました。
 考えてみれば、このようなプレゼンテーション能力は、弁護士にとって極めて重要であるように思われますので、今回の経験を広く活かしていけるよう、精進したいと思います。

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