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弁護士コラム・論文・エッセイ

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弁護士 筑紫 勝麿(客員)

2013年01月01日

GATTからTPPへ

 (丸の内中央法律事務所報vol.22, 2013.1.1)

 

このたび丸の内中央法律事務所に所属することになりました弁護士の筑紫勝麿です。
弁護士法第5条の研修を受け、2011年4月に東京弁護士会に登録しました。
私は東京大学法学部を1970年に卒業し、大蔵省に入省しましたが、法曹の世界で見れば、司法研修所24期ということになります。
大蔵省で33年間勤務し、最後は造幣局長を2年9カ月勤めて独立行政法人の立法化を行い、その後、現在のサントリーホールディングス株式会社に入社し役員を勤めました。こういう経歴ですので、専門は会社法務と金融・証券、関税ですが、現在、堤先生のご指導の下、いろいろな案件に取り組んでいますので、専門に捉われることなくご相談に応じて行きたいと思っています。
 今回は、私が大蔵省関税局の国際機関課長の時代に担当したGATT(関税と貿易に関する一般協定、General Agreement on Tariff and Trade)ウルグアイラウンド交渉の内容と背景を概観し、その後の世界の貿易と関税を巡る動きを述べた後、現在のTPP(環太平洋パートナーシップ、Trans-Pacific Partnership)問題について触れてみたいと思います。

 1994年4月にモロッコのマラケシュでGATTウルグアイラウンド交渉の調印式が行われ、約7年におよぶ関税及び貿易に関する交渉が終結しました。
 GATTは、第二次世界大戦後の1948年に、関税を引き下げ貿易を拡大するために創設され、事務局はジュネーブに置かれました。これは、第一次世界大戦後の大不況の際に、各国が自国の産業を守るために関税を引き上げて貿易障壁を作り、これが第二次世界大戦の原因になったという反省によるものです。
 GATTは設立以来6回のラウンド交渉を行い、関税引き下げとこれによる貿易の拡大に大きな成果を上げてきました。ラウンド交渉というのはGATT加盟国が行う多数国間交渉のことで、これを推進したのは、最恵国待遇と内国民待遇という2つの基本原則と、数量制限の原則的撤廃と関税の段階的引下げという2つの政策でした。最恵国待遇というのは、相手国に対する関税や貿易上の取り扱いを、その他の国に対する条件のうち一二番良い条件と同じにするというもので、GATTの枠組みの中で加盟国がこの条項を受け入れれば、全員が平等に一番良い条件を享受できることになります。また、内国民待遇というのは、内外無差別ということで外国企業も相手国内の企業と同じ競争条件に立っことができることになります。さらに、GATTでは、国境措置は原則として関税で行い、かつ、これを漸進的に低くし、最終的には撤廃することを目指していますので、経済合理性のない数量制限という国境での措置は認めないということになります。これらの原則と政策は、今でも何ら古いものではないと言えます。
 そして1986年9月に、関税の更なる引き下げとサービス貿易の自由化、農業補助金の削減などを目的として、新たな交渉を始めることがウルグアイのプンタ・デル・エステで合意され、ここに第7回目のラウンド交渉となるウルグアイラウンドが開始されました。
しかしその後の交渉は難航を極め、94年の合意まで7年半を要しました。
その理由として、関税の引き下げについては、既に累次の交渉によって先進国ではかなり低い水準になっており、それ以上の削減余地が少なかったことや、新たな交渉分野として始まったサービス分野については、開発途上国が自国のこれからの産業として保護したい狙いがあることから交渉に熱心でなかったことが上げられます。

 ウルグアイラウンドの合意によって、世界の貿易と投資は一段と自由化されました。その成果は膨大なもので、モノの分野で関税の削減や撤廃、数量制限の関税化、サービス分野で基本テレコム、海運、金融等の漸進的自由化、また知的財産権の保護、貿易ルール(アンチダンピング税、補助金相殺措置等)の強化、紛争処理手続きなど、多岐に渡ります。ウルグアイラウンドと言えば、日本ではコメの関税化の問題が一番大きな話題で、一粒たりとも米を輸入させない、というようなスローガンが叫ばれました。結果としては、95年の交渉終結の段階では、ミニマムアクセス(国内消費量の3%を最低輸入量として受け入れる義務)について、ペナルティとして4%の割り増しを受け入れることで、コメは関税化の例外として認められましたが、99年にミニマムアクセスが国内消費量の7.2%となった段階(毎年0.8%ずつ増加することになっていました)で関税化を受け入れ、1kgあたり351円(従量税)の関税とすることで、決着しました。これを従価税に換算すると、778%になる計算です。現在、米は10kg当たり3000円位で買えますから、これに関税がかかると3510円が上乗せされ、合計で6510円という高い輸入米になり、国内米が保護されているわけです。
 また、これまでのGATTに代わって、貿易全般を取り扱うという意味でWTO(世界貿易機関、WorldrIhdeOrganization)が、原加盟国157カ国、地域で設立されました(2012年8月現在では、157カ国・地域になっています)。
 その後、2001年にWTOの下での初めての交渉となるドーハラウンドの開始がカタールのドーハで合意されましたが、昨年、交渉は頓挫してしまいました。その理由は、何と言っても加盟国の数が多くなり、かつ、途上国や新興国が自己主張を強めて、全体で妥協することが難しくなったと言うことです。ウルグアイラウンド当時は、途上国の意見も強かったものの、四極と言われた、日米加EUで先進国側の基本合意をすれば、後は途上国側との交渉で物事を決めることができたのですが、グローバル化し複雑化した世界では、もはやそういうことはできなくなってしまいました。「ラウンド交渉は死んだ。」と言われる所以です。

 WTOに代わる新たな枠組みとして重視されるようになったのは、APEC(アジア太平洋経済協力、Asia Pacific Economic Cooperation)のような地域での動きや、FTA(自由貿易協定、Free Trade Agreement)、EPA(経済連携協定、Economic Partnership Agreement)などの二国間または多国間の交渉です。前述のように、ラウンド交渉が動かないことや、そもそも関税率が低くなって各種のルールや貿易の円滑化の比重が大きくなってきたことから、このような動きになってきました。
 APECは、アジア太平洋地域における貿易・投資の自由化を旗印に1989年に第1回の会合がオーストラリアで開かれて以来、参加国が当初の12カ国から順次拡大し現在は21カ国になっています。94年にはインドネシアのボゴールで宣言が採択され、貿易・投資の自由化について、先進国は2010年までに、途上国は2020年までに達成すると言う目標を設定しました。この目標に向けてFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏、Free Trade Area of the Asia-Pacific)といc構想が提唱され、2010年のAPEC横浜ビジョンでは、具体的な進め方として、「FTAAPは、ASEAN+3、ASEAN+6、及び、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定といった、現在進行している地域的な取組みを基礎として更に発展させることにより、包括的な自由貿易協定として追求されるべきである。」とされています。

 次に、二国間ないし多数国間のFTAとEPAについて述べてみます。両者は同じような意味で使われることがありますが、FTAはその名前のとおり貿易の自由化を目指すのに対し、EPAは貿易の自由化に加えて、幅広い経済関係の連携・強化を目的としています。従ってここではEPAについて説明しますが、このEPAの枠組みで、モノの関税の削減・撤廃やサービス貿易だけでなく、非関税分野(投資、競争、知的財産、政府調達等)のルール作りのほか、新しい分野(環境、労働、分野横断的事項等)などについて、相手国との間で、レベルの高い協定を結ぶわけです。日本は11年1月現在で、11の国・地域(ASEAN)とEPAを締結しており、さらに豪州、韓国、EUなどと交渉中です。
 EPAが締結されている国との貿易額は全体の貿易額の16.5%(いわゆるEPA比率)になりますが、これを韓国と比べると、韓国はEPAの数は8の国・地域(ASEAN)で日本に比べて少ないものの、その中には米国やEUが含まれるので、EPA比率は36.2%と日本に比べて高くなっています。
 更に近年、このEPAを広域で結ぶメリットが重視されるようになって来ました。今日の企業活動の特色は、原材料の調達から生産の各過程そして物流のプロセス、すなわちサプライチェーンがグローバルに展開されている点にありますが、このサプライチェーンの効率化の観点から見ると、広域EPAのメリットが出てきます。具体例として、A、B、Cの三カ国に拠点を持っ企業が、C国で製造した部品を使ってA国で主要部分を作り、これをB国に送って完成品に仕上げて世界中に(A国にも)販売する場合、AB二国間で関税撤廃の対象となるそれぞれの製品は、両国のEPAで決める原産地規則に拠ることになります。仮に、原産地規則で付加価値50%以上のものをEPA税率の対象とすると、付加価値がそれ未満のものは、関税撤廃の対象とはならず、関税がかかってしまいます。これに対して、広域EPAで、A、B、C三カ国がそれぞれの生産拠点を合わせて50%以上の付加価値を付けたものを各国がEPA税率の対象とする累積方式を採用すれば、A国の主要部分やB国の完成品も、C国の部品を加えたところで関税撤廃の対象となります。このように広域EPAであれば、国際的に展開するサプライチェーンに相応しい累積方式を採用することができ、日本・ASEAN・EPAの主な役割はこの累積方式を認める点にあると言われています。

 このような高いレベルの経済連携をアジア太平洋地域で実現しようとするものとしてTPPがあります。TPPは現在11カ国で交渉を進めており、その基本的考え方は、上記のEPAと同じように、貿易の分野に加えて、各種のルール作りのほか、これまでの経済交渉の対象とはされていなかった新しい分野を含むもので、全部で21分野の包括的協定として交渉されています。日本では、TPPについて農業品目の関税撤廃の話が大きく取り上げられ、それも無理からぬ面はありますが、TPPはこのように幅広い分野の自由化を目指すものであり、多くの分野で日本は利益を得ることができるはずです。
 日本は貿易立国として、1955年のGATT加盟以来、一貫して世界の自由貿易体制の進展を支持し、ラウンド交渉においても率先して関税率の引き下げを行ってきました。これによって輸出を拡大することができ、それが日本の国益に叶っていたわけです。但し、農産品の貿易については、国の農業政策との関係でこれまで抑制的に対応し、ウルグアイラウンドでの関税化に当たっては、高い代償を払って日本の農業、特に米作りを守るべく時間稼ぎをしました。しかし、94年のウルグアイラウンド交渉妥結の時から18年経った今日でも、「日本のコメ作りが壊滅する。」とまだ同じようなことを言っているのは、理解しがたいものです。この間、6兆円ものウルグアイラウンド対策費が投入されているのですがその効果は何だったのでしょうか。
 TPPについては、貿易立国という国の政策の原点に立ち返って、早急に交渉参加の判断をすべきです。

 最後に、ではGATTの発展形であるWTOの役割は終わったのでしょうか。
確かに現在は、関税削減・撤廃だけの時代ではないし、貿易関連の措置だけを議論する時代でもなく、従ってWTOの守備範囲だけでは十分ではなくなってきたのは事実です。
しかし、WTOは実際に取り決められたことを実行する力を持っています。
具体的には、紛争解決手続きは有効に機能しており、二国間で解決できない問題でもWTOのルールに則って解決できます。
仮に、米国や中国との間で貿易上の紛争がある場合をイメージすると、この機能の有用性が実感できると思います。
また、WTOには加盟国の貿易政策を定期的に審査し改善を求める貿易政策検討制度(TPRM)がありますが、これはピアプレッシャーとなって保護主義的な動きに警鐘を鳴らしています。
WTOのこれらの機能はこれからも重要な意味を持っと言えるでしょう。
 従って、今後は、WTO、APEC、EPA、TPPなどの国際的なツールを、状況に応じて上手く使い分けていくことが大事だと思います。

(平成25年1月)

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