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弁護士コラム・論文・エッセイ

弁護士コラム・論文・エッセイ

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弁護士 筑紫 勝麿(客員)

2022年03月04日

日本の財政を考える

(丸の内中央法律事務所事務所報No.40, 2022.1.1)

1 はじめに

 財務省の矢野次官が、文芸春秋の11月号に「財務次官、モノ申す」「このままでは国家財政は破綻する」と題する論文を寄稿したことが話題になっています。論文の内容自体は、財務省が前から主張していたことだと思いますが、ちょうど総選挙の直前であり、また影響力のある月刊誌ということもあって、世間の注目を集め、今度は同誌の12月号で矢野論文に反論する形で、浜田宏一・イェール大学名誉教授(前内閣官房参与)による「国の借金はまだまだできる」という論文が掲載されました。何と、「GDP比1000%でも大丈夫です」という副題まで付いています。
日本の財政がこれだけ話題になっているのであれば、一国民として、「何が問題なのか」「今後どうなっていくのか」について、私も自分なりに考え、読者の皆さんにも一緒に考えていただければと思って、この小論を事務所報に寄稿しました。
ここではまず、矢野論文と浜田論文の概要を箇条書き的に紹介し、その後、私たちに関心のあるいくつかの視点から、現状はどうなのか、それで今後どうなるのか、と話を進めていきたいと思います。

2 矢野次官の論文概要
 ①最近のバラマキ合戦のような政策論は、まるで国庫には無尽蔵にお金があるかのような話ばかり。
 ②国の長期債務は973兆円、地方の債務を合わせると1166兆円であり、GDPの2,2倍になる。
 ③国民は本当にバラマキを求めているのか、日本人は決してそんなに愚かではないと思う。
 ④国際比較をすると、我が国の財政赤字(一般政府債務残高/GDP)は、256.2%、ドイツは68.9%、イギリスは103.7%、アメリカは127.1%。(筆者注。国際比較では、社会保障基金債務を含めた一般政府債務残高が使われます)
 ⑤歳出と歳入の推移を見ると、ワニの口のように、開いた口が塞がらない。日本の財政は景気が良くても赤字のままという「構造赤字」で、歳出と歳入が逆転する(黒字になる)ことはなかった。(別図参照)
 ⑥これまでリーマンショック、東日本大震災、コロナ禍と、十数年の間に三度も大きな国難に見舞われた。「平時は黒字にして、有事に備える」という意識が必要。
 ⑦主要国では、経済対策として次の一手を打つ際には、財源をどうするかという議論が必ずなされている。コロナ対策に当たっても、イギリスでは、法人税率の引き上げ(19%から25%へ)が発表され、アメリカでは、法人税率の引き上げや富裕層への課税強化が提案されている。ドイツはもともと財政黒字であり、コロナで発生した赤字を20年間で償還する計画を発表した。
 ⑧定額給付金を支給しても死蔵されるだけであるし、昨年度の予算の繰り越しは4月時点で約30兆円もあり、こういう状況で巨額の経済対策が必要なのか?
 ⑨今のような超低金利情勢の下では、金利が事実上ゼロなので、大量に国債を発行して有意な財政出動によってGDPを増やすべきだ。そうすれば、「国債残高/GDP」の分母が増大するから財政も健全化するとの意見がある。
   しかしこれは間違い。財政出動を増やせば、単年度収支の赤字幅が増えてしまい、金利は低くても元本が増え続けてしまう。
 ⑩コロナ対策の窮余の一策として、消費税を一時的に引き下げてはどうか、という提案がある。しかし、消費税は社会保障制度を持続させていくための重要な切り札。減りゆく勤労世代からの保険料や所得税などだけでは高齢世代を支えていけない。与野党の垣根を超えた三党合意に基づき消費税率は5%から10%に引き上げられた。

(注)矢野論文の参考図を引用しました。国の一般会計の税収と歳出の差(赤字)が縮小せず、
ワニのように開いた口が塞がりません。

3 浜田先生の論文概要
 ①矢野次官は、「我が国の財政赤字は過去最悪、どの先進国よりも劣悪」という現状認識に立って、「将来必ず財政が破綻するか、大きな負担が国民にのしかかると警告する。」しかし、この論文を貫く「暗黙の前提条件」と「経済メカニズムの理解」の両面で、矢野論文には大きな問題がある。
 ②第一に、「日本は世界最悪の財政赤字国である」という認識は事実ではない。矢野論文は財政赤字の指標として、一般政府債務残高をGDPで割った数字が256,2%と先進各国の中でも突出して悪いと強調するが、経済規模(GDP)との比較だけで借金の重さをとらえるのは適切ではない。なぜなら、金融資産や実物資産があれば、借金があっても、そのぶん実質的な借金は減るからである。
 ③国際通貨基金(IMF)のレポートによれば、日本政府は十分な資産を持っているので、わずかに純債務国である程度。アメリカ、イギリスよりも相対的に債務は少なく、「どの先進国よりも劣悪」という矢野論文とは印象が違う。政府の資産と言えば、港区にある三田共用会議所のような優良不動産や、高速道路のような通行料金を生み出すインフラがある。
 ④第二に、国家財政も家計と同じという考え方はおかしい。というのは、家計は借金が膨らめば破産するが、自国通貨を発行している政府は破産しない、政府は必要に応じて貨幣を発行すれば、債務超過は解消できるからである。これはMMT(現代貨幣理論)と呼ばれる新しい学説。
 ⑤野放図に赤字を作るべきではないのは当然だが、消費意欲、投資需要が不足している時は、金融緩和を行うとともに超過需要を創出するケインズ的財政政策が有効。
 ⑥この先債務残高を増やせばどうなるか。例えば、国の借金のGDP比256%が1000%になったらどうなるか。私(浜田先生)は大丈夫だと思う。まだ国債を買ってくれる人はいるだろう。ただし、10000%が大丈夫かと言われれば、それは難しい。それは国債を買ってくれる人がもういないからだ。
但し、債務が増えて行くと、インフレを招くリスクが高まるのは事実だから、国債価格が値下がりしてきたときは要注意。
 ⑦第三に、「帳尻合わせ最優先で国民の福祉は後回し」の発想はおかしい。コロナ禍の局面では、国民福祉を第一に考えるべき時。国家が目指すべきは、財布の帳尻は合っているものの人材の乏しい20年後だろうか。そんなはずはない。財布の帳尻は合っていなくても、豊かな人材がスタンバイしている20年後であるはずだ。そもそも震災や疫病時の赤字は、多世代で平準化するのが常道である。
4 それでは現状何が問題か? 今後どうなるのか?

 以上、両者の主張を概観しました。さてそれでは、私たちの現在と将来にとって重要な影響がある日本の財政について、私たちに関心のあるいくつかの視点から、その現状と今後を考えてみたいと思います。
なお、便宜上ここでは、矢野次官の主張を(財政)再建派、浜田先生の主張をリフレ派と呼ぶことにします。

(1) 国債残高のレベルは、現状で目一杯なのか、それともまだ余裕があるのか。

 再建派がもう目一杯だと主張するのに対して、リフレ派はまだ余裕があると主張します。その理由は、金融機関は現状でも国債を購入しており、もし日本国債が問題だと思えばだれも買わないだろうからということです。確かに現在でも国債は順調に消化されているので、今の国債残高のレベルではまだ問題ないのかもしれません。
 しかし、日本政府は資産を持っているから裕福だという意見には異論があります。というのは、リフレ派が例として挙げる資産は、実際には売ることのできない資産なので、国債を償還しなければならない時の財源とはならないからです。
 また、国債を発行しすぎるとインフレの恐れが出て来ますが、いざインフレが始まった時に機動的に対処できるか、これは難しいのではないでしょうか。
 このように考えてくると、国債をどのレベルまで発行できるかは、市場の反応を見ながら決めていくという側面があります。即ち、金融機関が国債をこれまでと同じように買っているか、物価の動きに異常はないか、このようなことを良くウォッチしながら、発行額を決めていくということです。そうなると、今のレベルで目一杯ではないかもしれないが、そんなに大量に発行できるものでもない、というのが大方の見方ではないかと思います。

(2) ツケを次世代に先送りするのではないか?

 国債を発行すると、便益は現在の世代が享受するのに対して、元利払いの負担は将来世代が負担することになります。将来世代は国債発行の是非について、投票権もないし決定権もありません。こういう状況で、国債残高をさらに増やして良いのかという観点からも考える必要があります。
 この点について、リフレ派はそれは財政資金の使い方の問題で、意味のある投資をすれば将来世代はその恩恵に預かることになると主張するでしょう。しかし社会保障関係費の穴埋めのような支出は将来的に何も残らないので、やはりツケの先送りではないでしょうか。またワイズスペンディングということについて、その通り実行されるべきなのですが、実際には多くの無駄や便乗予算があるのではないでしょうか。

3) 金利が上昇するとどうなるか?

 今は超低金利の時代ですが、これから金利が上昇するとどんな状況が生じるでしょうか?
 再建派は、国債価格の下落によって国債を保有している投資家や金融機関、日銀に損失が生じ、また金利が上昇して新規国債の発行が難しくなり、毎年の利払いが大きくなって財政を圧迫する。さらに、インフレにつながっていくようだとコントロールが出来なくなる恐れがあると主張します。
 これに対して、リフレ派は、これまでなかなか金利が上がらなかったのが、やっと金利が上がってデフレ脱却のために好ましいことではないか、国債価格が下がっても、それは評価が下がるだけで償還の時期には額面がそのまま返ってくるので損失は生じない。但し、新規発行が難しくなるかもしれないから、金利の過度の上昇にならないよう十分に注意する必要があると主張するでしょう。
 金利の上昇については、それが適度なもので収まるかどうかによって、見方が変わってくるように思います。

(4) 財政の規律が緩んでいるのではないか?

 まだまだ国債を発行しても大丈夫だというリフレ派の主張や、危機の時には危機からの脱却が大事で財政再建のことなど考える時ではない、というような意見が幅を利かしていることによって、再建派から見ると、国債を発行することへの抵抗が小さくなって規律が緩んでいるのではないかと感じられるようです。
 次なる給付金の支給や、危機対応に名を借りたコロナ対策費が今回の補正予算案に計上されていますが、
その中にいろんなムダが隠れているのではないかと心配になります。予算の規模の拡大が求められている時には、便乗組が出てくるのが常ですから、そういうことの無いように常に目を光らせておく必要があります。

(5) 次なる危機への備えは大丈夫か?

 ドイツは、第一次大戦後の天文学的数字のインフレに痛めつけられた経験から、財政の健全化に敏感です。コロナ禍の前までドイツの単年度財政は黒字が続いてきました。さすがにコロナ対策として財政出動を行い、また、消費税率を引き下げましたが、この財政赤字は20年かけて穴埋めすることにしています。
 日本でも、東日本大震災の復興に充てるための財源として、25年間に渡って所得税に2.1%を上乗せする税制になっています。対策に要する経費を一度に回収するのではなく、広く浅く負担して回収しようとする政策です。
 今は非常時だからその対策に専念するのは当たり前で、誰にも異論はありません。しかし、問題は次なる危機への備えを怠らないということで、コロナ禍が収まった段階で、経済の回復に要する費用に充てるために広く浅く負担する仕組みを作っておくことが大事だと思います。

(了)

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