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弁護士 石田 茂

2016年09月01日

札幌ドームのファウルボール事故―「危険の引受け」の法理を巡って

(丸の内中央法律事務所報No.29, 2016.8.1)

札幌ドームにおける事故の概要

  平成22年8月21日に、札幌ドームにおいて、北海道日本ハムファイターズは、新しい客層を積極的に開拓する営業戦略の下に保護者の同伴を前提として本件試合に小学生を招待する企画を実施し、被害女性(当時31歳)は、その夫と3人の子供(当時10歳の長男、7歳の長女、4歳の次男)と1塁側内野席前列で野球観戦をしていて、打者の打ったファウルボール(飛来時間約2秒)が被害女性の顔面を直撃して右眼球破裂等(失明)の傷害を負いました。打球は、防球ネットのない場所でラバーフェンス2.9mの上を5.5mないし6mの高さで超えたものでした。なお、財団法人日本体育施設境界の「屋外体育施設の建設方針」においては、内野フェンスの高さは3m程度と定められています。

責任追及

  被害女性は、日本ハムファイターズらがファウルボールから観客を保護する安全設備の設置等を怠ったことが原因であるとし、a工作物責任(民法717条1項。札幌市については国家賠償法2条1項)、b不法行為(民法709条)、c債務不履行(野球観戦契約上の安全配慮義務違反)に基づき、連帯して、本件事故による4659万余の損害の賠償を求め、札幌地裁は、平成27年3月26日、ファイターズ等の全ての被告らに対し、4195万6527円を支払うように判決しました。

札幌地裁の認定

(1) 球場の管理者ないし所有者の義務
プロ野球の球場の管理者ないし所有者は、ファ ウルボール等の飛来により観客に生じ得る危険を防止するため、その危険の程度に応じて、グ ラウンドを観客席との間にフェンスや防球ネッ ト等の安全設備を設けるなどする必要があると 認定しております。
(2) 観客の注意義務
打者による打撃の瞬間を見ていなかったり、打球の行方を見失ったりした場合には、自らの周囲の観客の動静や球場内で実施されている注意喚起措置等の安全対策を手掛かりに、飛来する打球を目で捕捉するなどした上で、当該打球との衝突を回避する行動をとる必要があるという限度で認められるのであって、かつそれで足りるというべきであると認定しました。

(3) 安全設備の内容

① 本件ドームでは、本件座席付近の観客席の前のフェンスの高さは、本件打球に類するファウルボールの飛来を遮断できるものではなく、これを補完する安全対策においても、打撃から約2秒のごく僅かな時間のうちに高速度の打球が飛来して自らに衝突する可能性があり、投手による投球動作から打者による打撃の後、ボールの行方が判断できるまでの間はボールから目を離してはならなことまで周知されていたものではないとして、 
② 防球ネットを設置しないことにより、視認性や臨場感を高め、観客を増加させているのであれば、これによって多くの利益を得ているのであるから、他方において、防球ネットを設置しないことにより、ファウルボールが衝突して傷害を負った者の損害を賠償しないことは、到底不公平なものということはできないのであるとも認定し、
③ 本件事故当時、本件ドームに設けられていた安全設備等の内容は、本件座席付近で観戦している観客に対するものとしては通常有すべき安全性を欠いていたものであって、工作物責任ないし営造物責任上の瑕疵があったものと認められるとしております。

□ 札幌高裁の認定

(1) これに対し、札幌高裁は、平成28年5月20日、ファイターズのみに責任を認め、被害女性側の2割の過失を認め、3357万円余を認定し、札幌ドーム及び札幌市には責任はないとしました。
(2) 札幌高裁は、札幌地裁とは異なり、臨場感は球場の本心的要素であるとして、次のような理由を述べています。
① 臨場感も球場におけるプロ野球観戦にとっての本質的な要素となっており、これが社会的にも受容されていたものと認められる。したがって、安全性の確保のみを重視し、臨場感を犠牲にして徹底した安全設備を設けることは、プロ野球観戦の魅力を減殺させ、ひいては国民的娯楽の一つであるプロ野球の健全な発展を阻害する要因ともなりかねない。
② プロ野球の球場の「瑕疵」の有無につき判断するためには、プロ野球の試合を観戦する際の上記危険から観客の安全を確保すべき諸要請を勘案して、観客がどの程度の範囲の危険を引き受けているか等の諸要素を総合して検討することが必要であり、プロ野球の球場に設置された物的な安全設備についてはそれを補完するものとして実施されるべき他の安全対策と相まって、社会通念上相当な安全性が確保されているか否かを検討すべきである。
そしてドームには瑕疵はないとしているのです。
(3) ここで比較すれば、札幌地裁の「視認性や臨場感を高め、観客を増加させているのであれば、これによって多くの利益を得ているのである」という報償責任的な視点と、札幌高裁の「臨場感を犠牲にして徹底した安全設備を設けることは、プロ野球観戦の魅力を減殺させ、ひいては国民的娯楽の一つであるプロ野球の健全な発展を阻害する」という臨場感が重要であるとの視点の差による結論の相異であります。ただ、札幌高裁は、ファウルボールの「危険性が相対的に低い座席のみを選択し得るようにするか、又は保護者らが本件ドームに入場するに際して、上記のような危険があること及び相対的にその危険性が高い席と低い席があること等を具体的に告知して、当該保護者らがその危険を引き受けるか否か及び引き受ける範囲を選択する機会を実質的に保障する」必要があるとしてファイターズのみに責任を認め、被害女性の救済をしています。


皆様はどちらの結論を支持されますか。

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