2007年01月01日
近時、我が国において企業買収が相次いで行われております。持ち合い株式の解消と強力な外国資本の参入により、株式を公開している会社は、常に買収の危険に晒されているといっても過言ではありません。このような状況の下、経済産業省と法務省は、平成17年5月27日付で「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」(以下、「買収防衛指針」と言います。)を発表し、適法かつ合理的な買収防衛策について一応の考え方を示しました。主たる内容としては、「買収防衛策は、①企業価値・株主共同の利益の確保・向上の原則、②事前開示・株主意思の原則、③必要性・相当性の原則という3つの原則に従ったものでなければならない」というものでありますが、発表後1年半が経過して、企業関係者および市場関係者から概ね高い評価を受けており、平時導入型買収防衛策に関する重要な指針として定着しつつあります。
他方、司法においても、個別具体的な事件を通じて買収防衛策についての裁判所の考え方が示されておりますが、ライブドアvsニッポン放送事件に関する裁判所の決定(本誌第6号「ライブドアvsニッポン放送、なぜライブドアが勝ったのか」ご参照)など、どちらかといえば有事導入型買収防衛策(買収者が登場した後に導入する買収防衛策)の是非が問われた事件が多く見られます。これに対し、平時導入型買収防衛策(買収者が登場する前にあらかじめ導入しておく買収防衛策)については、法的な議論が未だ不十分であり、またこれを取り入れた企業も極めて少ないと考えられることから、その是非が問われた事件はほとんどないというのが実情です。
しかしながら、私は、今後の買収防衛策は間違いなく有事導入型から平時導入型に重点がシフトすると考えておりますので、以下では、ライツプラン型買収防衛策に関する適法性が争われたニレコ新株予約権発行差止事件(以下、「ニレコ事件」と言います。)を検討したいと思います。
ライツプランは、アメリカにおいて最も典型的な敵対的買収に対する防衛策であり、ライツプランのライツとは、株主に新株を与える権利を指します。具体的には、会社が平時に新株予約権を株主に与えておき、敵対的買収者がある一定の株式を買い占めれば、買収者以外の株主に新株予約権を行使させて大量の株式を発行し、買収者の持株比率を劇的に低下させるというものです。対象会社を飲み込めば買収者に毒が回るということで、別名ポイズンピル(毒薬)とも呼ばれております。
ライツプランのメリットとしては、一般的に以下の3つが挙げられております。
上記ライツプランのメリットだけを読むと、何と素晴らしい買収防衛策であろうか思われることと存じますが、実際上は解決すべき様々な問題点があり、現時点ではこれで100%間違いないというライツプランは設計されていない状況です。そして、以下に述べるニレコ事件においても、裁判所は新株予約権の発行を「著しく不公正な方法」(商法第280条の39第4項によって商法第280条の10を準用)に該当するものとして差止めを認めるに至りました。
ニレコ事件は、㈱ニレコが平成17年3月14日の取締役会決議において、ライツプランに基づく新株予約権の発行を決議したことに対し、株主(英領ケイマン諸島の投資ファンド会社)が差止めの仮処分を求めたという事案です。㈱ニレコが定めたライツプランの具体的内容は要旨以下のとおりです。
上記ライツプランによれば、敵対的買収者が出現した場合に、㈱ニレコの取締役会が新株予約権を無償消却しない旨の決議をすると、新株予約権を付与された株主がこれを行使して既存株式1株につき2株の新株が発行され、その結果㈱ニレコの発行済議決権付株式総数が直ちに約3倍に増加することになります。その結果、敵対的買収者の有する議決権割合が希釈され、現在の取締役会の構成員が経営権を維持できることになります。
ニレコ事件に対する裁判所の判断は、(1)東京地裁の原審仮処分決定(平成17年(ヨ)第20050号)、この異議申立に対する(2)東京地裁の原審異議決定(平成17年(モ)第6329号)、および(3)東京高裁の抗告審決定(平成17年(ラ)第942号)が存在し、理由に多少差異が見られるものの、結論においてはいずれも本件新株予約権の発行を「著しく不公正な方法」によるものとして、無担保でその差止めを認めております。以下では、紙幅の都合上、(3)東京高裁の抗告審決定を取り上げることと致します。
東京高裁の抗告審決定の要旨は、概ね以下のとおりです。
上記のとおり、東京高裁は、㈱ニレコのライツプランの適法性に関し、「既存の株主に受忍させるべきでない損害を及ぼすか否か」という点を最大の判断基準としております。また、東京地裁の原審仮処分決定においても、「新株予約権の発行によって直ちに敵対的買収者以外の株主に不測の損害を与えることは、取締役会の決議による事前の対抗策として相当性を欠く」旨判示されていることからも明らかなとおり、平時導入型買収防衛策の切り札であるライツプランの導入にあたっては、既存株主に不測あるいは受忍させるべきでない損害を及ぼさないように設計することが極めて重要です。
この点、ライツプランには、①信託型(買収者に対する差別的行使条件が付された新株予約権をあらかじめ発行のうえ、それに信託を設定し、買収者出現の際に受託者(一般的には信託銀行)が直後の基準日現在の株主に対し新株予約権を分配する手法)および②条件決議型(買収者に対する差別的行使条件が付された新株予約権の無償割当を予め取締役会などで条件付で決議し、買収者出現の際にその新株予約権の無償割当の効力が生ずる手法)がありますが(注2)、「既存株主に不測あるいは受忍させるべきでない損害を及ぼすか否か」という観点からは、①信託型の方が優れているように思います(②条件決議型では、たとえ新株予約権が発行されていないとしても、買収防衛策が実際に発動されるか否かという不確定要素が残るため、既存株主に対する影響がないとは言い切れないからです)。
しかしながら、①信託型には、一般的に新株予約権の発行に際し株主総会の特別決議を要することや、運用に柔軟性を欠き管理コストも要するなど、解決すべき問題点があり、他方、②条件決議型には、設計上の柔軟性が高く、有事における機能性に優れ、コストもさほどかからないなどのメリットが存在します。
したがって、現時点においてライツプランを導入する際には、それぞれの企業の経営方針や経営状況を踏まえ、①信託型と②条件決議型のメリット・デメリットを十分に検討したうえ、上記判例の考え方を加味した慎重な制度設計が必要であると言えるでしょう。
以 上