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弁護士 石黒 保雄

2011年08月01日

原発に関するマスコミの報道姿勢を考える

東日本の太平洋沿岸に未曾有の被害をもたらした東日本大震災から早くも4か月が経過しました。震災により亡くなられた方々、津波被害ないし原発事故被害に遭われて現在も避難生活を余儀なくされている方々に対し、心からお見舞いを申し上げます。
7月13日、菅首相は、我が国のエネルギー政策について、「原発に依存しない社会を目指すべき」との考えを述べ、「将来は原発がなくてもやっていける社会を実現する」との意見表明を行いましたが、お膝元である民主党内の根回しすら行っていない段階での発言であったため、与党、野党、マスコミからの集中砲火を浴び、直ちに「個人的意見である」旨の釈明を行うこととなりました。退陣表明を行った首相が将来のエネルギー政策を一方的に宣言する立場にあるのかという疑問はさておき、今後原発をどうするかについては、全ての国民の生活と安全に直結する問題である以上、国民全体において議論がなされ、意思決定が行われるべきであると思います。
しかし、近時のマスコミ報道の大部分は、原発を停止した場合における電力不足の問題や、代替エネルギーである太陽光発電や風力発電の頼りなさなどを大きな見出しと共に論じ、暗に原発を推進すべきであるとの主張を繰り返しています。もちろん、どのマスコミにおいても一定のバイアス(偏見)がある以上、報道において客観的事実に加え巧妙にその社の主義主張が紛れ込むことは仕方がないとも言えますが、殊に原発問題については、新聞社及びテレビ局に対する東京電力の強大な影響力に基づく偏った報道姿勢を看過することはできません。なぜなら、やがて原発問題につき問われたときに、大多数の国民は、マスコミ報道により形成された世論(というべきもの)そのままに、原発の問題点について真剣に考えることなく、現時点における国策である原発推進に賛成してしまうと思われるからです。

私は、原発事故による放射能の拡散がこれほど恐ろしいものであることが明らかになった以上、原発を取り扱う電力会社並びにそれをチェックすべき原子力安全・保安院(経済産業省傘下)及び原子力安全委員会(内閣府傘下)(以下、3者を総称して「原発安全管理担当者」と言います。)の安全に対する姿勢が厳しく追及されるべきであり、また、原発稼働に伴い発生する使用済み核燃料の処理についても十分な議論がなされるべきと考えています。

原発安全管理担当者の安全に対する姿勢について

 今回の原発事故の原因は極めて単純です。すなわち、地震とその後に発生した津波により、福島第一原発の全ての電源が失われ、核燃料が存在する原子炉を冷却することができなくなってしまったことが原因です。その結果、核燃料の温度が上昇し、原子炉内の水がどんどん蒸発し、やがて核燃料自体が露出して溶け出し、核燃料に含まれている放射性物質が原子炉内に流れ出てしまい、それが水蒸気や冷却水に混じり外部に拡散してしまいました。

 問題は、このような全電源停止(ブラックアウト)に至った場合の対処について、原発安全管理担当者において事前に十分な検討及び対策がなされていたか否かですが、残念ながら、「そのような事態はあり得ない」との理由で全く検討されていなかったのが実情です。

 例えば、平成18年3月1日の衆議院予算委員会及び同年10月27日の内閣委員会において、吉井英勝議員(以下、「吉井議員」と言います。)は、チリ地震、スマトラ沖地震、明治三陸地震などを引用しつつ、原発の機械室が水没して全電源を喪失した場合、原子炉の冷却機能が破壊され、炉心溶融に至ることを指摘していましたが、当時の原子力安全委員会の委員長である鈴木篤之氏(現日本原子力研究開発機構理事長)は、外部電源、非常用ディーゼル発電機、蓄電池など多くの電源設備があることを理由に「問題ない」旨答えていました。
  また、平成22年5月の衆議院経済産業委員会における審議においても、吉井議員の上記の指摘に対し、原子力安全・保安院の寺坂信昭院長は、「論理的には考え得るが現実には起こらない」旨答えていました。
  このように、今回の原発事故は、国会という国権の最高機関の中でその危険性が指摘されていたにもかかわらず、東京電力、原子力安全・保安院及び原子力安全委員会は、それを無視していたのです。

 他方、東日本大震災では、福島第一原発よりもより震源地に近い女川原発の方が震災によりもたらされた状況は過酷であったはずですが、女川原発においては、津波対策という観点においてより適正な安全システムが講じられていたため、福島第一原発で発生したような事故は起こりませんでした。このように、女川原発において然るべき対策がなされていた以上、福島第一原発において対策ができなかったなどという言い訳は成り立たないと思います。

 この点、原子力発電所による事故については、「原子力損害賠償法」という法律が存在しますが、その中には、「異常に巨大な天災地変または社会的動乱」によって事故が発生した場合には、電力会社が免責される旨の条項があります。そして、4月28日、東京電力の清水社長(当時)は、今回の原発事故がこの免責事由に当てはまりうるとの見解を示しました。
これに対し、政府は、「東京電力の損害賠償免責はありえない」、「一義的には東京電力に責任がある」とのコメントを出し、東京電力の見解を否定しましたが、これはむしろ当然というべきです。

 そもそも、原子力発電所が放射性物質という人類にとって極めて危険なものを取り扱う以上、電力会社は、極めて高度な安全配慮義務を負うことが当然であり、それを管理監督する原子力安全・保安院及び原子力安全委員会も、電力会社に対し極めて厳格な態度で臨む必要があることは言うまでもありません。まして、今回の事故で明らかとなったように、放射能事故による被害は東北・関東に住む数千万人はもとより、大気及び海水を通じて世界中に及ぶのですから、電力会社は、原発を稼働させる以上、万に一つも放射能を撒き散らす事故を起こしてはならないというべきです。

 しかしながら、上記のとおり、原発安全管理担当者の安全に対する姿勢は、平成14年8月に発覚した東京電力のトラブル隠し事件も含め、余りにも杜撰と言わざるを得ないと思います。仮に、今後も我が国において原発を推進していくのであれば、かかる原発安全管理担当者の姿勢は十分に検証されなければならないはずですが、残念ながらマスコミ報道においてこれらの厳しい指摘を見ることは皆無です。

使用済み核燃料の処理について

 原発は、燃料としてウランと呼ばれる核物質を使用しますが、燃料としての役割を終えると、使用済み核燃料となり、中間貯蔵施設からウラン燃料再処理工場に運ばれ、そこでウラン及びプルトニウムを取り出し、残りは高レベル放射性廃棄物として分離されます。我が国は、かかる使用済み核燃料の再処理をイギリスとフランスに委託していますが、現時点で、45トンものプルトニウムを貯蔵していると言われています。

 しかしながら、放射性物質であるプルトニウムは、半減期(放射線を出す能力が半分に減る時間)に至るまで約2万4000年という長期間を要する恐るべき毒物であるばかりか(ちなみに、近時牛肉に含まれていることで問題となっているセシウムの半減期は約30年)、核兵器に転用できるため、非核三原則を掲げる我が国において保有を継続すること自体、国際的な非難を受けることになります。

 そのため、我が国では、これらのプルトニウムを処分するため、高速増殖炉計画やプルサーマル計画が立てられましたが(この部分の説明は専門的であり紙幅を要するので割愛します)、高速増殖炉「もんじゅ」に問題が発生し続けていることは周知のとおりであり、プルサーマルが原子炉の安全性を低下させるのではないかという疑問も払拭されていません。

 他方、高レベル放射性廃棄物については、現段階では「ガラス固化体」に固めて地中深くに埋める方法により処理するしかないと考えられていますが、その管理に必要な期間は何と約100万年と言われています。

  このように、原発は、二酸化炭素を排出しない代わりに、放射性物質や放射性廃棄物を生み出します。これらは、我々がこの世から去った後にも、我々の子孫に負担を及ぼし続けるものでありますが、果たして、我々が快適に生活したことのツケを何の責任もない我々の子孫に押し付けて良いものか、甚だ疑問です。

まとめ

 私は、マスコミの役割として、原発に関し公正中立な立場で国民に対しあらゆる情報を開示し続けるとともに、この問題に関する議論の場を提供すべきであると思います。
しかしながら、上述のとおり、現時点ではどのマスコミ報道も、原発推進を前提する論調に支配されており、公正中立な報道はほとんど期待できないと言わざるを得ません。

 したがって、我々国民は、新聞及びテレビの情報に頼ることなく、書籍、インターネットなどからあらゆる情報を集め、今後原発をどうすべきかについて、真剣に考えて自分自身の意見を形成する必要があると思います。

以  上

(平成23年8月1日)

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