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弁護士 石黒 保雄

2016年09月01日

経営判断原則及び取締役の第三者に対する責任について~ノヴァ事件の大阪高裁判決を題材として~

(丸の内中央法律事務所報No.29, 2016.8.1)

□ 取締役がその職務を行うについて悪意又は重過失があったときは、当該取締役は、連帯して、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負います(会社法第429条第1項・第430条)。これは、いわゆる取締役の対第三者責任と言われるものであり、その趣旨は、会社の経済社会に占める地位及び取締役の職務の重要性を考慮し、第三者保護の立場から、取締役が悪意又は重過失によって会社に対する任務(善管注意義務・忠実義務)を怠ったことにより第三者に損害を与えたときに、その賠償責任を負わせるところにあります。
□ 近時、平成19年に破産した株式会社ノヴァ(以下、「ノヴァ」と言います。)の元受講生らが、当時の取締役らに対し損害賠償を求めた訴訟において、興味深い判決が下されました。すなわち、一審の大阪地裁判決(大阪地判平成24年6月7日)では、取締役らの不法行為責任及び取締役らの対第三者責任がいずれも否定されたのに対し、二審の大阪高裁判決(大阪高判平成26年2月27日)では、取締役らの不法行為責任は否定されたものの、取締役らの対第三者責任が認められ、ノヴァの元受講生に対する損害賠償責任が認められたのです。なお、元受講生らの損害として認められたのは、後述の解約清算金相当額及び弁護士費用(解約清算金相当額の10%)であり、最も低額な原告で134599円、最も高額な原告で2176816円でした

□ また、上記大阪高裁の判決においては、取締役の善管注意義務違反の判断に大きな影響を与える経営判断原則についても論じられていますので、以下、できるだけ分かり易く内容をご紹介したいと思います。。

事案の概要

□ 本件は、ノヴァが経営していた外国語会話教室の元受講生であった原告ら27名が、当時のノヴァの取締役らに対し、主に、①原告らの受講契約締結時、ノヴァの財政状態が授業を継続して提供できるようなものではなく、受講契約を解約しても解約清算金を返還できない状態であったにもかかわらず、ノヴァの取締役らはこれを隠匿し、あるいは隠匿している状態を改めさせずに、原告らに受講契約を締結させたこと(取締役らの不法行為責任)、②仮に原告らの受講契約締結時にそのような状態になかったとしても、その後に取締役らが資金を流出させ、あるいは流出させることを防止しなかったことにより、ノヴァの経営が破綻し、その結果原告らが授業を受講できず、また解約清算金の返還を受けられなかったこと(取締役の対第三者責任)を理由として、損害の賠償を求めたという事案です。

ノヴァの解約清算規定を無効とした最高裁判決

□ なお、原告が主張するノヴァの財政状態の悪化ないし資金の流出は、ノヴァの解約清算規定を無効と判断した平成19年4月3日の最高裁判決が大きく影響していました。すなわち、受講生がノヴァの授業を受けるためには、予め一括した受講料を支払わなければならず、その支払った金額に応じて算定された登録ポイントを使用して授業を受けるシステム(1ポイントで1回の授業)となっていました。例えば、受講生が受講料として72万円支払った場合、登録ポイントの単価は1200円となるため600ポイントを取得できますが、受講料として9万5000円を支払った場合、登録ポイントの単価は3800円となり、25ポイントしか取得できません。なお、このように多額の購入を行うことにより1個あたりの単価が安くなるというのはよくある取引形態であっったため、本件においては特段問題になりませんでした。

□ ところが、ノヴァにおいて問題視されたのは、受講生が中途解約する場合、それまで使用したポイント数に最も近い登録ポイント単価を基準に、実際に使用したポイント数を乗じた金額を受講済み費用として差し引くため、受講生にとっては本来受け取れると考えていた返金額より少ない金額しか受け取れないという点でした。例えば、上記のとおり72万円を支払って600ポイント(登録ポイント単価1200円)を取得した受講生が、350ポイントを使用した時点で解約すると、受講生の立場からすれば、残存の250ポイントに登録ポイント単価1200円を乗じた30万円の返還を期待するのに対し、ノヴァの解約清算規定によれば、使用済みの350ポイントに最も近接した登録ポイント単価基準である1750円に、使用済みのポイント数である350を乗じた61万2500円が受講済み費用となり、差し引き10万7500円の返還しか認められないことになります(なお、具体例を簡略化するため、中途解約手数料及び消費税については計算から除外しております)。

□ 最高裁は、かかるノヴァの解約清算規定が特定商取引法第49条第2項第1号に違反するものとして無効であると判示し、それから約2か月後の平成19年6月13日、ノヴァは経済産業省から一部業務停止命令を受けました。その結果、解約を求める受講生が続出し、ノヴァはたちまち資金繰りに窮することとなり、同年11月26日に破産手続開始決定を受けるに至りました。

資金流出回避義務における経営判断原則の適用

□ 本件では、ノヴァ取締役らの善管注意義務ないし忠実義務の内容として、①資金流出回避義務及び②遵法経営義務が問題とされたところ、大阪高裁は、①資金流出回避義務については経営判断原則を適用し、取締役らの善管注意義務違反を認めませんでした。

□ 経営判断原則については、平成22年7月15日に、最高裁において重要な判決が下されました(アパマンショップHD事件)。これは、株式会社アパマンショップホールディングス(以下、「アパマンショップHD」と言います。)の取締役らが、事業再編のため子会社である株式会社アパマンショップマンスリー(以下、「アパマンショップM」と言います。)を完全子会社化するにあたり、アパマンショップMの株主から1株あたり5万円でアパマンショップMの株式を買い取ることを決議したところ、監査法人等2社から提出されたアパマンショップMの株式評価額が1株あたり①9709円又は②6561円ないし1万9090円の間であったため、アパマンショップHDの株主が取締役らに対し、不当に会社財産を流出させたことが取締役としての善管注意義務に違反するとして、会社法第423条第1項に基づく損害賠償責任を追及するため株主代表訴訟を提起したものです。

□ 最高裁は、「本件取引は、......アパマンショップMをアパマンショップHDの完全子会社とする目的で行われたものであるところ、このような事業再編計画の策定は、完全子会社とすることのメリットの評価を含め、将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられていると解される。そして、この場合における株式取得の方法や価格についても、取締役において、株式の評価額のほか、取得の必要性、アパマンショップHDの財務上の負担、株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである」と判示し、経営判断原則に関する基本的な判断枠組を示しました。

□ この事件は、二審の東京高裁において、同様の認定事実を前提に経営判断原則を適用しつつ取締役らの善管注意義務違反が認められたため、最高裁の対応が非常に注目されていましたが、最高裁は、上記のとおり、「経営者には経営決定につき裁量が認められ、判断の前提となった事実の調査・検討に特に不注意な点がなく、当該業界の通常の経営者の経営上の判断として特に不合理・不適切がなかった場合、その裁量の逸脱はなく、したがって善管注意義務違反も認められない」という従前からの裁判例の流れと合致する判断を行いましたので、今後の実務においても、このような考え方の下で動いていくものと思われます。

□ そして、ノヴァ事件の大阪高裁も、上記最高裁判決とほぼ同様に、「新規店舗の開設による事業の拡大というような経営計画の基本方針の策定については、将来予測にわたる取締役の経営上の専門的判断にゆだねられているというべきであり、その判断の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解される」との判断枠組を示したうえで、「ノヴァが平成16年3月期まで順調に拠点数及び生徒数を増加させ、これに伴って売上も増加し、営業損益、経常損益ベースで利益を計上し続けており、営業キャッシュフローもプラスを続け、財務的にも問題がなかったことを考慮すると、代表取締役Aが平成16年以降事業の拡大を加速させようとした経営判断については、その過程や内容に著しく不合理な点があるとはいえず、そのような経営判断をしたことにつき取締役としての善管注意義務違反があるとはいえない」との判示を行いました。

解約清算規定に関する遵法経営義務違反

□ 他方で、ノヴァ事件の大阪高裁は、②遵法経営義務について、ノヴァの創業者である代表取締役Aと、業務担当取締役ではない平取締役であるB、C及びDに対し、それぞれ次のような理由で解約清算規定に関する遵法経営義務違反を認めました。

□ すなわち、代表取締役Aについては、「取締役Aは、ノヴァの代表取締役として、業務全般を掌握しており、契約締結をめぐる顧客とのトラブルの実情や、東京都による調査及び改善指導、本件解約清算方法の有効性に関する下級審判決の動向等についても当然認識していたと認められる」のであるから、「取締役Aは、ノヴァが外国語会話教室を開設して受講希望者と契約を締結するに当たり、特定商取引法を遵守するよう指示、指導を行うとともに、違法な行為が行われないよう社内の法令遵守体制を構築すべき注意義務を負っていたところ、......取締役Aは、東京都の指導を受けても何らの改善策も講じないどころか、むしろマニュアルや通達、指導により違法行為を指示して全社的に行わせていたと認められ、また、本件最高裁判決によって無効の判断が示されるまで本件解約清算方法を改めなかったのであり、したがって、取締役Aは、故意または重過失により上記注意義務(注:遵法経営義務)を怠ったものといわざるを得ない」と判示し、ノヴァの最高責任者である代表取締役Aが会社をして特定商取引法違反行為を行わせ続けたことが取締役の任務懈怠に該当すると認定し、取締役の対第三者責任を認めました。

□ また、取締役BないしDについては、「取締役Bら3名は、ノヴァの幹部従業員として、外国語会話教室の運営に関わる業務に従事していたのであるから、日頃の業務を通じて、新規受講者の勧誘や契約締結の実情、受講生からの苦情やトラブルの発生等、ノヴァの特定商取引法違反行為や法令遵守体制の問題点を当然認識し得たものと考えられる。......代表取締役である取締役Aが特定商取引法違反の行為を全社的に行わせているのを放置し、何らの是正措置をとらなかったのであるから、重大な過失による監視義務の懈怠があったといわざるをえない。......以上によれば、取締役Bら3名は、重過失により、取締役Aの業務執行を監視すべき義務を怠り、ノヴァの経営破綻を招いたと認められる」と判示し、取締役Aの遵法経営義務違反に対する取締役としての監視義務違反を認め、取締役の対第三者責任を認めました。

まとめ

□ 以上のとおり、ノヴァ事件における大阪高裁判決は、取締役の資金流出回避義務については、経営判断原則を適用して取締役の裁量を広く認めたのに対し、遵法経営義務違反については、そのような裁量を何ら認めませんでした。その理由は、会社といえども社会の一員であり、社会が遵守しなければならない法規範は、会社の経営においても遵守されなければならないため、違法な経営判断は、そもそも経営判断原則の対象とならないからです。

□ したがって、企業経営においては、法規範を遵守するということが極めて重要であり、企業の取締役の皆様におかれましては、遵法経営をより実現するために、我々弁護士をさらに活用していただければ大変に幸甚に存じます。

以  上

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