
2015年01月01日
(丸の内中央法律事務所vol.26, 2015.1.1)
現行の民法は、明治29年(1896年)に制定されました。平成16年(2004年)に片仮名文語体だった条文を現代語化した際に、保証の部分に関する規程が一部改められましたが、制定以来約120年間に亘ってほとんど改正されていませんでした。
2009年10月の法務大臣から法制審議会への諮問によれば、今回の民法(主に債権法分野)改正の目的は、①社会経済の変化への対応を図り、②民法を国民一般にわかりやすいものにすることであるとされています。
説明するまでもないことですが、民法制定当時と比べ、国民の経済活動のあり方は大きく変わりました。特に昨今、インターネットの普及、これに伴うコミュニケーションツールの発達等により、国民の社会経済活動は広域化・多様化しており、かかる変化に対応できる法律を整備することが、改正の目的の1つとなっています。
具体的には、判例法理の明文化、不明確な条文の明確化、一般原理・原則の定義等を行うことが挙げられます。専門知識がなくても理解しやすく、一般人にも参照が容易で、予測可能性の高いものにすることを目指すとされています。
このような目的の下、法制審議会民法部会は、平成26年8月26日、「民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案」(以下「要綱仮案」といいます。)を決定し、いよいよ改正・施行が現実味を帯びてきました。
本稿では、要綱仮案のうち、特に債権の消滅時効制度に関する改正案について述べたいと思います。
ア 主観的起算点と客観的起算点
要綱仮案は、現行民法の166条1項及び同法167条1項の規程を改め、債権は、次の事由に該当する場合に時効消滅する旨定めています。
① 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき(主観的起算点)
② 権利を行使することができる時から10年間行使しないとき(客観的起算点)
イ 職業別短期消滅時効及び商事消滅時効の廃止
現行民法には、職業別の債権について短期消滅時効が定める規程がありますが(民法第170条ないし174条)、医師の診療費は3年、弁護士費用は2年、飲食店の飲食料金は1年等、時効期間が区々で、従来、このような区別を設けることについて合理的理由を見いだすことができないと批判されてきました。これを受け、要綱仮案ではこれを削除しました。
また、併せて商法522条(商事消滅時効:商行為によって生じた債権については5年の消滅時効にかかる)も削除することとし、民事上の債権に関する消滅時効概念の統一化を図っています。
もっとも、要綱仮案は、上記の原則を貫くことが不適当と考えられる種類の債権について、下記のとおり例外規定を設けています。
ア 定期金債権
定期金債権の時効期間及び起算点は次のとおりです。
① 債権者が定期金の債権から生ずる金銭その他の物の給付を目的とする各債権を行使することができることを知った時から10年間行使しないとき
② ①の債権を行使することができる時から20年間行使しないとき
定期金債権については、その性質上、短期の消滅時効にかからしめることが妥当ではないため、時効期間を延長しています。
イ 不法行為
不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効については、現行の民法724条を改め、次の場合に時効消滅するものとされました。
① 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知ったときから3年間行使しないとき
② 不法行為の時から20年間行使しないとき
時効期間及び起算点とも現行の規程から変更はありませんが、従来、20年の点は除斥期間(一定の期間内に権利を行使しなければ当該権利が消滅するという権利行使期間。消滅時効とは異なり、中断又は停止することはなく、援用も不要とされる。)とされていましたが、被害者保護の観点からこれを消滅時効として位置付けました。これにより、上記イ②の場合であっても、後述の時効完成猶予ないし時効の更新の余地が残り、また、当事者の援用の意思表示なしには債権が消滅しないことになります。
ウ 生命身体の侵害による損害賠償請求権
債務不履行、不法行為のいずれから生じたかを問わず、損害賠償請求権のうち、特に生命・身体の侵害によって生じたものについてはさらなる例外が定められており、次の場合に時効消滅するとされています。
① 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から5年間行使しないとき
② 権利を行使することができる時から20年間行使しないとき
生命侵害に関する損害賠償請求権については、被害者保護の要請が一層強いため、通常の債務不履行又は不法行為の場合より時効期間を延長するものです。
現行法は、時効の完成を妨げる事由として、時効の中断、及び停止という概念を定めています。
時効の中断とは、債権者が権利を行使したときには、それまでに進行した時効の期間がリセットされるという制度です。対して、時効の停止とは、時効の進行が一時的にストップするという制度です。
これらの概念については、従来から、用語として不適切である上(「中断」は、その名称にもかかわらず、時効期間が振り出しに戻る。)、制度の立て付け自体が国民一般にとって分かりづらいとの指摘がなされていました。
そこで、要綱仮案では、用語を改め、時効完成を妨げる具体的事由についても整理し直しています。
ア 時効の完成猶予
時効の完成猶予とは、現行民法における時効の停止に対応するもので、一定の事由が生じた場合には、ある時点まで消滅時効の完成が猶予されるという制度です。
イ 時効の更新
他方、時効の更新とは、現行法の時効の中断に対応する概念で、一定の事由が生じた場合に、ある時点から新たに時効が進行するという制度です。
ア 裁判上の請求等
次の事由に該当する場合には、当該事由が終了するまでの間、時効の完成が猶予されます。
① 裁判上の請求
② 支払督促
③ 即決和解、又は民事調停法若しくは家事事件手続法による調停
④ 破産手続参加、再生手続参加
そして、上記ア①ないし④の手続において、確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定した場合には、時効は、上記ア①ないし④の事由が終了した時点から新たにその進行を始めるものとされました(時効の更新)。
対して、確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなく当該事由が終了した場合(例えば、裁判上の請求を行ったが、訴えの取下げによって訴訟が終了した場合等)には、終了時点からさらに6ヶ月間時効の完成が猶予されますが、時効の更新の効力は生じないものとされています。
イ 強制執行等
次の事由に該当する場合には、当該事由が終了するまでの間、時効の完成が猶予されます。なお、確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなく当該事由が終了した場合には、終了時点からさらに6ヶ月間時効の完成が猶予されます。
① 強制執行
② 担保権の実行
③ 留置権による競売及び民法、商法その他の法律の規程による換価のための競売
④ 民事執行法第196条に基づく財産開示手続
上記イ①ないし④の場合には、時効は、当該確定事由が終了した時点から新たにその進行を始めます。ただし、権利者が申し立てを取り下げた場合、又は上記イ①ないし④の事由が法律の規定に従わないことにより取り消された場合には、時効の更新は否定されます。
なお、上記イ①ないし④は、時効の利益を受ける者に対して行われない場合には、その者に通知をした後でなければ時効の更新が効力を生じないものとされています。このようにして、時効の利益を受ける者に対する更新の機会が確保されています。
ウ 仮差押え等
仮差押え又は仮処分が為されたときは、これらが終了した時点から6ヶ月を経過するまでは時効の完成が猶予されます。
そして、上記2⑶イと同様に、仮差押え又は仮処分が、時効の利益を受ける者に対するものでなかった場合には、かかる者に通知した後でなければ時効の更新は効力を生じません。
エ 承認
承認とは、時効の利益を受ける当事者が、時効によって権利を失う者に対して、当該権利が存在することを認める旨表示することを指します。このような承認があった場合には、その時点から新たに時効が進行します。
なお、承認はいわゆる観念の通知(ある事実を通知によって、一定の法律効果を生じさせるもの)であって、通知者の意思を問題にする必要がないものとされています。そのため、要綱仮案は、現行民法と同じく、承認を行うに当たっては、相手方の権利についての処分につき、行為能力又は権限があることを要しないとの規程を設けています。
オ 催告
催告とは、債務者に対して履行を請求する旨の債権者の意思の通知を指します。かかる催告がなされた場合には、その時点から6ヶ月を経過するまでの間は時効の完成が猶予されます。
なお、催告によって時効完成が猶予されている間に、再度催告を行っても、これによって時効の完成は猶予されないものとされており、催告を繰り返すことによって際限なく時効完成を妨げることはできません。
カ 天災等による時効の完成猶予
天災その他避けることのできない事変のために、裁判上請求や強制執行等を行うことができなかった場合には、当該障害が消滅した時から3ヶ月間は時効の完成が猶予されます。
キ 協議による時効の完成猶予
当事者間に権利の完成に関する協議を行う旨の書面による合意があった場合には、次に掲げる時のいずれか早い時までの間は、時効の完成が猶予されます。なお、かかる合意が内容を記録した電磁的記録によって行われた場合には、書面でなされたものとみなされます。
① 上記合意があったときから1年を経過した時
② 上記合意において当事者が協議を行う期間(1年に満たないものに限る)を定めたときは、その期間を経過した時
③ 当事者の一方が相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の書面による通知をした時から6ヶ月を経過した時
当事者は、上記合意によって時効の完成が猶予されている間に、再度の合意によって時効の完成をさらに猶予することができますが、初回の合意によって時効の完成が猶予されていなかったとすれば時効期間が満了すべき時から通じて5年を超えることはできないものとされています。つまり、催告の場合と異なり、合意を繰り返して時効の完成を猶予し続けることが認められていますが、これも無制限ではなく、最大5年間に限られることになります。
さらに、催告によって時効完成が猶予されている間の合意、又は合意によって時効完成が猶予されている間の催告によっては、時効の完成は猶予されないものとされています。これにより、催告と合意とを組み合わせて時効の完成を妨げ続けることが防止されます。
要綱仮案は、現行民法と同じく、時効について当事者の援用を必要としていますが、この「当事者」には、消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者が含まれるという従来の判例法理が明文化されました。また、「当事者」には「正当な利益を有する者」も含まれることが明記されており、解釈の余地も残されています。
民法は、我が国の民事法典における最も重要な基幹法の1つであり、今回の改正は国民の社会経済活動に少なからぬ影響を及ぼすものと考えられます。改正の動向については、今後も注視していく必要がありそうです。