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弁護士 門屋 徹

2022年03月04日

長屋をめぐる裁判ー東京地判平成25年8月22日を題材にー

(丸の内中央法律事務所事務所報No.40 2022.1.1)

【はじめに】

 長屋とは、一戸建てが横に連なるように結合されて建築されている建物のことで、最近ではテラスハウスなどとも呼ばれます。
 長屋の各部屋は、分譲マンションと同じように区分所有の対象となります。そのため、一棟の建物の各部分によって所有者が異なることがあり、単に戸建てが横並びで建っている場合とは異なる法規制に服することになります。例えば、長屋内の各部屋はAさんとBさんがそれぞれ単独で所有しているものの、共用部分(壁、屋根、柱等)は2人の共有であるというようなケースで、Aさんは、Bさんの承諾なしに、自分の所有している部分を取り壊すことができるでしょうか。
 本稿では、長屋の一部分を解体し、別の建物を新築したことの適法性が争われた裁判例を題材に、長屋の切離しにまつわる問題について検討したいと思います。

【事案の概要】

 Xら及びY₁は、区分所有建物である連棟式建物(以下「本件長屋」といいます)の一部分と、これらが建っている土地をそれぞれ所有していました。
 Y₁は、本件長屋から自身の所有する部分を切り離して解体し、新たに独立した建物を建築する工事(以下「本件工事」といいます)を行い、Yらは新建物(以下「新Y邸」といいます)を所有するに至りました。
 こうしたところ、Xらが、Y₁の所有する土地(以下「本件土地」といいます)に対して地上権を有する等と主張して、Yらに対し、以下の通りの訴訟を提起しました。

 ①Xらが本件土地上に地上権を有することの確認
 ②上記①に基づく地上権設定登記手続
 ③新Y邸の収去
 ④本件土地の明渡し
 ⑤本件工事によりXらの専有部分が損傷を受けたことに関する損害賠償

【裁判所の判示】

 東京地裁は、概要次のように述べて、Xらの請求のうち、上記③と⑤の請求を認めました。

 ◆各区分所有者は、自身の所有する敷地上に、他の区分所有者が共用部分を有するための占有権原(賃借権)を設定していると認められる。

 ◆本件工事は、本件長屋の共用部分を失わせ、従前の建物を違法建築物とするものであることから、区分所有者の共同の利益に反する行為であり、Yらは、区分所有法6条及び57条に基づいて、新Y邸を収去する義務を負う。

 ◆本件工事によりXら所有にかかる専有部分が損傷したところ、Y₁は、工事に際し、業者に対して、本件長屋に損傷を生じさせないよう注意を払うよう指示することを怠ったことから、Xらに対してその損害を賠償すべき義務を負う。

 以下、順に解説します。

【区分所有者が他の敷地上に有する権利】

□ 長屋の場合、区分所有者全員が一筆の土地の敷地全体を共有していることが多いですが、本件は、敷地が各専有部分の敷地ごとに分筆され、各区分所有者は、専有部分の存する土地を個別に所有しているケースでした。



図1 一筆の土地を区分所有者全員で共有する場合





図2 敷地が専有部分の敷地毎に分かれている場合

□ 講学上、図2のような形態を「分有」と呼びます。分有の場合、各土地所有者が、その土地上に長屋の専有部分をそれぞれ所有している形になりますので、戸建てが横並びで建っているのと変わりがないとも考えられ、そうすると、Y₁が本件工事を行ったことは、何ら違法ではないように思えます。実際、Yらはそのように主張しました。

□ しかしながら、裁判所は、各区分所有者は、他の区分所有者の有する敷地上に、相互に占有権原を設定しているとみるのが相当であるとしました。これは、長屋の特質によるものです。つまり、こうした占有権原を認めなければ、ある土地の所有者が、同土地上に長屋の共用部分(壁、屋根、柱等)の設置を認めない旨の意思表示をした場合、この共用部分は当該土地を不法占有していることになりますが、こうした事態は各区分所有者の合理的意思に反します。そのため、各区分所有者は、お互いの敷地上に共用部分を有する権利を持つと考える必要があるのです。

□ こうした理解によれば、Xらも、本件土地上に共用部分を有する権限を持っていることになり、これをY₁の一存で破損することは、Xらの権利を侵害することになります。

□ では、こうした占有権原は、具体的にどのような権利なのでしょうか。この点、Xらは、地上権であると主張しましたが、裁判所は、明示的な権利内容の設定が認められない以上、直ちに物権としての地上権が設定されたとまではいえないとして、賃借権と解するのが相当であるとしました。そのため、Xらの請求のうち、地上権の存在を前提とする①と②は棄却されたのです。

【建物の収去】

□ 区分所有法6条1項は、「区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない」と定めています。そして、同法57条1項は、こうした行為が行われた場合には、他の区分所有者は、その行為の結果を除去することを請求することができるとしています。Xらは、本件工事が「区分所有者の共同の利益に反する行為」に当たるとして、「その行為の結果を除去」、すなわち、建物の収去を求めたのです。

□ 長屋の場合、一筆の敷地を建物所有者が全員で共有している場合はもちろん(上述の図1)、分有(上述の図2)の場合であっても、相互に共用部分に対する占有権原(賃借権)を有しているため、全員の同意なく一部を取り壊せば、「区分所有者の共同の利益に反する行為」に該当します。また、当該敷地に新たな建物を建築する行為も、同様に「共同の利益に反する行為」に当たります。

□ 裁判所も、本件工事は、本件長屋の共用部分を失わせ、同建物を違法建築物とするとともに、将来において建物を建て替える際の敷地を減少させるものであるから、区分所有者の共同の利益に反する行為であるとして、上記③の請求を認めました。一方で、Xらにおいて、建物全体を建て替えて本件土地を有効利用する計画もない段階では、Yらが本件土地を占有すること自体によってXらの利益が侵害されるものではないから、Xらは、Yらに対し、本件土地の明渡しまでは求めることができないとして、上記④の請求は棄却しました。

【不法行為に基づく損害賠償請求】

□ 本件工事によって生じた振動等が原因で、Xらの専有部分には、外壁に穴が開く、浴室のタイルがひび割れる、天井からの雨漏りが起こる等の事態が生じたため、Xらは、Y₁に対し、こうした損傷に関する損害賠償を求めました。

□ 裁判所は、本件工事は、一棟の建物の一部を切り離すものであり、その際の振動等によって本件長屋に損傷を与える可能性があることは明らかであるから、Y₁としては、業者に対し、建物に損傷を与えないために細心の注意を払うよう指示する義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったとして、Y₁の行為に不法行為が成立すると判断しました。こうして、上記⑤の請求が認められたのです。

【長屋の切り離しに際して注意するべき事項】

□ 空き家問題が深刻化する昨今、長屋をリフォームする等して活用することは、この問題の解決策の1つとして大きな期待を集めています。しかしながら、上述の通り、長屋のような区分所有建物については、一棟の建物について複数の権利者が存在し得るため、通常の建物とは異なった注意が必要です。

□ まず、長屋を切り離す場合には、基本的に他の区分所有者の明確な同意を得ることが必要になります。こうした同意を得ることにより、当該部分については区分所有関係から離脱したものと評価することができるため(八尾市建築部住宅政策課『長屋にまつわる諸問題の解決報告書(令和2年空き家対策の担い手強化・連携モデル事業)』27ページ)、これを切り離すことは「区分所有者の共同の利益に反する行為」(区分所有法6条1項)には該当しないことになります。

□ また、上述の通り、違法な切り離しが為された場合には、当該敷地上に新たに建物を建築する行為も共同の利益に反する行為に該当する違法な行為と評価されます。こうした違法な建物を所有・利用することは、他の共有者との関係で不法行為と評価されることもあり得ると考えられます。そのため、過去に切り離しが為された長屋については、現在の建物に関する調査だけでなく、過去の切り離しが適法に行われていたかについても、慎重に調査しなければなりません(前掲『長屋にまつわる諸問題の解決報告書』28ページ)。

以 上

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