2024年03月21日
(丸の内中央法律事務所報No.44, 2024.1.1)
□ 「○○ハラ」という言葉が一般化して久しいですが、今日でも、ハラスメントが原因のスキャンダルが紙面を賑わすことがしばしばあります。最近では、プロ野球チームの後輩に対する行為や、劇団員の死亡の原因を巡って、ハラスメントの有無が大きな話題となりました。
□ パワハラ、セクハラ、マタハラ、パタハラ等、ハラスメントの種類は数あれど、社内でハラスメントが行われた場合、加害者、被害者、そして勤務先の会社の全て対して大きな影響が生じます。
□ 本稿では、特に問題になることの多い類型の1つであるパワーハラスメントを題材として、どのような行為がこれに該当するのかをご説明したいと思います。
□ 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)第30条の2第1項は、次のように定めています。
事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。 |
□ 要するに、「事業主は、パワハラが起きないよう、事態に適切に対処できる組織を作っておきなさい。実際に何かあったときには必要な措置を講じなさい」ということです。
□ では、パワハラとはどのような行為を指すのでしょうか。上述の労働施策推進法第30条2項1項によれば、次の3つの要件を満たす行為ということになります。
①優位的な関係に基づいて行われること
②業務の適正な範囲を超えて行われること
③就業環境を害すること
□ まず、優位的な関係に基づいて行われるというのは、その業務を行うに当たって、被害者が、加害者に対して抵抗又は拒絶できないような関係を背景として行われることを意味します。
□ 例えば、上司が部下に対して行う言動が典型です。
□ また、業務上必要な知識や経験を有している同僚や部下による言動で、当該者の協力を得なければ、業務を円滑に遂行することが困難であるものもこれに当たります。例えば、システム開発業務に際して、先進的なITの知識を有する従業員の能力が極めて重要であるというようなケースにおいて、当該従業員が、同僚や上司に対し、自分の知識の有用性を誇示するようなケースです。
□ そして、同僚や部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるものが挙げられます。具体的には、特定の者以外の従業員でグループを作り、職場内で多数派を形成したようなケースです。
□ このように、パワハラは、必ずしも上司から部下に対するものだけというわけではありません。同僚同士、部下から上司に対する言動も、状況次第で「優位的な関係に基づく行為」に該当する可能性がありますので、ご注意下さい。
□ 例えば、納期が1ヶ月後の仕事を明日までに終わらせろと求める場合等、当該行為が業務遂行上全く必要ない場合が挙げられます。
□ また、明らかに相当性を欠く場合も、業務の範囲を超えていると判断されます。例えば、部下が業務上のミスをした場合に、口頭で注意するだけでなく、部署の全員に対して謝罪させたり、土下座を強要する等の行為が挙げられます。ミスした従業員に対して指導の必要性があるとはいっても、こうした行為は行き過ぎであるといわざるを得ないでしょう。
□ 業務の目的を大きく逸脱した言動もこの要件を満たします。例えば、嫌がらせの目的で、業務と全く無関係に社訓の書き写しを長時間に亘って行わせる等の行為が挙げられると思われます。
□ ポイントは業務上必要であるか、相当であるか、目的を逸脱していないかを考えるに当たっては、社会通念に基づいて客観的に判断するということです。たとえ、被害者が加害者の行為を受け容れているとしても、客観的に必要性・相当性を欠き、業務目的から逸脱している場合には、ハラスメントと判断される可能性があります。
□ 暴力によって傷害を負わせる、暴言によって人格を否定する等、身体的・肉体的苦痛を与える行為が典型例です。
□ また、加害者の言動により、被害者にとってその職場を不快に感じ、いつも通りの能力を発揮できない場合や、被害者が働けない程の支障が生じる場合等も、就業環境が害されたとみなされます。
□ 例えば、被害者が、加害者が同じオフィス内にいることによって心の平穏を害し、過呼吸になってしまって仕事が手に着かないとか、加害者の指示によって被害者の周囲の従業員が被害者を無視して業務を妨害している等のケースが考えられます。
□ ここでのポイントは、苦痛を感じたかどうかや、就業環境が害されたかどうかは、個別の労働者の感性ではなくて、「平均的な労働者の感じ方」を基準とするという点です。同じ状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかが問われることになります。
□ パワハラは、大きく6つの類型に分けられると言われます。以下、順に見ていきたいと思います。
□ まず、①身体的な攻撃(暴行・傷害)が行われた場合です。基本的に、暴行が行われたり、傷害結果が生じた場合には、パワハラであると認定されます。これは、暴行や傷害を正当化する職務上の目的が、ほとんど想定できないからです。
□ また、被害者に対して直接暴力を振るった場合でなくとも、有形力を行使したと認められれば、パワハラと認定されます。こうした行為により、被害者が恐怖を感じ、業務に支障が生じるからです。例えば、手近にあった物を被害者の足下に投げつけるとか、被害者の体のすぐ横の壁を蹴りつける等が考えられます。
□ 次に、②身体的な攻撃(脅迫、名誉毀損、侮辱、酷い暴言)です。相手を口汚く罵るようなケースが典型ですが、仮に言葉遣いが丁寧であったとしても、相手を侮辱するような言動は許されません。
□ また、例えば「男のくせに」、「女のくせに」のように性別を原因とした偏見を言葉にしたり、相手の性自認や性的指向を嘲るような発言は、セクハラに該当すると思われますが、精神的な攻撃としてパワハラにも該当する可能性があります。
□ 面と向かっての発言だけでなく、例えば社内のメールやチャットツール上での発言であっても、精神的な攻撃としてパワハラに該当し得ます。
□ そして、発言内容だけで無く、その態様も問題となります。当該言動が行われた場所、同僚の目があるかどうか、声の大きさ、叱責が行われた時間の長さなど、色々な事情を考慮して、精神的な攻撃であるとみなされるかが判断されます。
□ 具体例は、例えば次のようなものです。
・人格を否定するような侮辱的言動
ex.)「やめちまえ」、「いる価値がない」、「無能」
・他の労働者の面前で、大声で威圧的に叱責する。
・必要以上に長時間に亘って叱責する。
□ 続いて、③人間関係からの切り離し(隔離、仲間外し、無視)について。こうした行為は、上司から部下に対して行われる場合だけでなく、同僚同士、部下が上司に対して行う場合も当てはまります。
□ また、形式的に業務命令の形(例えば社外や自宅での研修等)を取っているとしても、そのような措置を講ずる必要性が無い場合には、パワハラに該当する可能性があります。
□ この類型の具体例としては、次のようなものが挙げられます。
・意に沿わない労働者を仕事から外し、別室に隔離したり、自宅研修を命ずる。
・集団での無視。
・必要な資料を配付しない。
・特定の個人のみを忘年会や送別会などのイベントに誘わない。
□ 次に、④過大な要求(明らかに不要・不可能なことの強制、仕事の妨害)について。当該要求が過大であるかは、業務の特性、労働者の属性、その他種々の事情に照らして判断されます。
□ 具体的には、
・劣悪な環境下で、長期間に亘って業務に直接関係ない作業を命じる。
・新規採用者に対して必要な教育をしない実現不可能な目標達成を強制し、達成できない場合に叱責する。
・違法な業務命令に従うよう強制する。
・退職を強要する。
等が挙げられます。
□ 他方で、例えば、労働者の教育のためにいつもよりレベルの高い仕事を求めたり、繁忙期のためにいつもより多くの仕事を割り振ったとしても、直ちにパワハラには当たらないと考えられます。
□ ⑤過小な要求(能力や経験にそぐわない程度の低い仕事を命じること)については、類型④の場合と同じく、その要求が過小であるかは、種々の事情に照らして判断されます。
□ 具体的には、
・管理職従業員を退職に追い込むために単純な事務作業ばかりを命ずる。
・気に入らない従業員に対し、嫌がらせのために仕事を与えない。
・合理的な理由もないのに自宅待機を命ずる。
等です。
□ 最後に、⑥個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)についてですが、これは例えば次のような行為を指します。
・有休取得の理由を執拗に尋ねる。
・携帯電話などの私物をのぞき見る。
・家庭の事情、配偶者や恋人の有無を 執拗に尋ねる。
・従業員の私生活を職場外で監視する。
・機微な個人情報を承諾なく第三者に開示する。
□ 他方で、業務上必要である場合には、私的な事項に立ち入ったとしても、直ちにパワハラに当たる訳ではありません。例えば、本人の了解を得た上で、関係部署内に妊娠の事実を公表し、配慮を促すことなどは、パワハラには当たらないと考えられます。
□ パワハラについては、多くの企業において問題となっており、裁判例も数多く存在します。
□ パワハラが行われた場合、加害者自身が民事・刑事で責任を問われることはもちろん、加害者による行為を制止しなかったとか、加害者と共同でハラスメントを行っていたなどと認められる場合には、企業側が法的責任を追及される可能性があります。
□ また、ハラスメントが行われたという事実が社外に流出すれば、企業の評判・信用が大きく毀損されますので、企業としては、このようなレピュテーションリスクについても注意が必要です。
□ このように、ハラスメント防止は、企業にとって極めて重要なテーマです。ハラスメント防止のための対策やハラスメントが行われた場合の対処の仕方を教えて欲しい、社内研修を行って欲しい等、ハラスメントに関するお悩みがある方は、是非一度弁護士にご相談下さい。
以 上