2024年11月13日
(丸の内中央法律事務所報No.45, 2024.8.1)
このところ、コンプライアンスに関する社内研修のご依頼をいただくことがありますが、テーマとしてご要望が多いのがハラスメント関係です。
以前、パワハラについてご説明したことがありましたが、パワハラは基本的に組織内の問題と考えられます。
対して、組織の外-より具体的には、顧客から企業に対するハラスメント、いわゆるカスタマーハラスメントについてお悩みの企業は多いようです。
そこで、今回は「カスタマーハラスメント」について取り上げてみたいと思います。
なお、本稿は厚生労働省の作成した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を参考に執筆しており、今後、新たに法律等が制定された場合には、その内容が本稿と異なる場合もありますので、この点ご注意下さい。
現在のところ、「カスタマーハラスメント」について明確に定義した法令等はありませんが、上述の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、次の要件を満たすものをカスハラとしています。
① 顧客等によるクレーム・言動であること。
「顧客等」とは、実際に商品・サービスを利用した者だけでなく、今後利用する可能性のある潜在的な顧客も含まれます。
例えば、目当ての商品を探しながら店内を歩いている人や、見積依頼やサービスの説明を聞きに店舗を訪れた人等も、厳密には未だ当該企業の顧客(=カスタマー)とはいえないかもしれませんが、カスハラの主体になり得るということです。
顧客等から述べられた要求・クレームの内容が、著しく妥当性を欠いている場合には、その態様にかかわらず、カスハラと認定される可能性が高まります。
例)・商品やサービスに瑕疵や過失が認められないのに、これがあるようにクレームを述べる場合。
・要求の内容が、商品やサービスとは無関係の場合。
要求・クレームの内容が妥当であっても、その言動が実現のための手段として相当でないと考えられる場合は、カスハラに該当することがあります。ここで、手段として相当性を欠くか否かは、要求内容との兼ね合いで判断されます。
例えば、サービスを提供する店のミスで、顧客が不満を抱いたため、店員に謝罪を求めたいというケースで、「楽しみにしていたのにがっかりした。謝罪して欲しい」と、穏便に求めるだけなら、カスハラには当たらない可能性が高いでしょう。
他方で、「こんなサービスに金が払えるか!!今すぐここで土下座して謝れ!!」等と高圧的な態度で土下座を求めるといったケースは、いくら店側に落ち度があったとしても、不相当と判断される可能性が高いと考えられます。
「労働者の就業環境が害される」とは、労働者が、人格や尊厳を侵害する言動により身体的精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったために、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることをいいます。
例えば、購入した商品に問題がないにもかかわらず、顧客が「この商品は不良品だ!」と強弁して交換を求めた場合、当該顧客の要求自体が妥当でないことになりますので、上述の要件①と②に該当することになります。しかし、この場合で、企業側から要求を断られた顧客が、すぐに要求を取り下げた場合、従業員の就業環境が害されたとは言い難いことから、③の要件を満たさず、カスハラに該当しない可能性があります。
以上に照らすと、1つの判断の尺度として、次の基準を立てることができます。
◆ 顧客等の要求に妥当性があるか
◆ 要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲か
カスタマーハラスメントが横行すると、多方面に重大な影響が生じます。
例えば、従業員の士気が低下したり、心身に不調をきたすことによりパフォーマンスが低下するおそれがあります。企業としても、クレーム対応や弁護士への相談によって業務が妨げられたり、離職した従業員の穴埋めのために人材確保を行う等、コストの増大を招く可能性が高いでしょう。その他、カスハラが横行する店舗の客足が遠のくなど、他の顧客への影響も懸念されるところです。
そのため、企業として、カスハラ対策を講じる必要性は高いと考えられます。
まず、企業として、カスハラに対する基本方針・姿勢を明確にすることで、企業が従業員を守り、尊重しているという安心感が育まれます。
企業のトップ自ら、こうした方針を明確に示すことが重要と考えられます。
ハラスメントを受けた従業員が気軽に相談出来るよう、社内で担当者を定め、場合によっては、人事部門、法務部門、外部専門家(弁護士等)とも連係できる体制を整備します。
その上で、具体的な対応方法や相談のフロー等をまとめたマニュアルを用いる等して、社員にこれを周知するとともに、定期的な研修を行うことが有効と考えられます。
実際にカスハラが発生した場合の対応を、事前に取りまとめておくことが重要です。
前掲「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、その態様に応じて、カスハラをある程度類型化しています。
例えば「時間拘束型」(長時間にわたり、顧客等が従業員を拘束する。居座る。長時間電話を架ける等)であれば、対応できない旨とその理由を明確に伝え、一定時間を過ぎる場合には帰るよう促す(電話を切る)。状況に応じて、弁護士への相談や警察への通報等も行う、といった対応が考えられます。
その他、各類型に応じて、適切な対応を事前に検討しておくと良いでしょう。
〇リピート型:理不尽な要望について、繰り返し電話で問い合わせ、又は面会を求める
〇 暴言型:怒鳴り声を上げる、「馬鹿」等の侮辱的発言、人格の否定や名誉毀損を行う。
〇 暴力型:殴る、蹴る、物を投げつける、わざとぶつかってくる等の有形力を行使する。
〇 威嚇・脅迫型:「殺されたいのか」等の強迫的な発言をする、反社会的勢力との繋がりを仄めかす等、従業員を畏怖させる行為を行う。企業イメージを低下させるような脅しをかける。
〇 権威型:正当な理由なく権威を振りかざし、要求を通そうとする。断っても執拗に特別扱いを要求する。文書等での謝罪や土下座を要求する。
〇 店舗外拘束型:クレームの詳細が分からない状態で職場外である顧客の自宅や特定の喫茶店等に呼びつける。
〇 SNS/インターネットでの誹謗中傷型:ネット上に名誉又はプライバシーを侵害する情報を掲載する。
〇 セクシュアルハラスメント型:従業員の体に触る、食事やデートに執拗に誘う、性的な発言を行う。
前掲「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、クレームをカスタマーハラスメントに発展させないために、初期対応の重要性を説いており、重要なポイントとして次の3点が指摘されています。
顧客からのクレームに対しては、つい謝罪してしまいがちですが、事案が正確に把握できていない段階で、企業として全面的に非を認めるかのような謝り方をすることは適切ではありません。
初期の段階では、顧客に不満を抱かせたこと、不快な思いをさせたこと等に限って謝罪し、企業としてそれ以上の非を認めるべきかについて検討するため、事実関係を正確に把握することが必要です。
顧客と継続的に連絡が取れるよう、氏名、住所、連絡先等を聞いた上で、顧客が主張する内容が事実と合致しているかを確認します。
顧客から事情を聞く際には、一通り事情を聴取することに徹し、途中で発言を遮らないよう心掛けることが肝要です。話をきちんと聞いてもらったことによって、顧客の不満が解消される可能性もありますし、顧客の認識を正確に把握することができるからです。
その上で、顧客の説明に不明確な点があれば確認し、勘違いがあると分かれば正しい情報を提供します。
また、言うまでもありませんが、事情聴取等を行うに当たっては、努めて冷静に行うことが重要です。
顧客から確認した情報を、しかるべき担当者に提供し、組織内で共有しておきます。社内でカスハラに関する相談担当者が定めてあればその担当者、または現場の監督者等が挙げられるでしょう。
時系列を整理して正確な報告を行い、組織として対応を協議することが重要となります。
企業または事業主として、カスハラに適切な対応をしなかった場合、従業員から責任を追及される可能性もあります。企業としては、単なるクレームであると軽視することなく、カスハラを重大な問題と捉えて慎重に対応することが求められます。
公立小学校の教諭が保護者から理不尽なクレームを述べられたにもかかわらず、校長が保護者の言い分を鵜呑みにし、事実関係をきちんと調査せず、その場を収めるために当該教諭を非難した上、保護者に謝罪するよう求めたケースにおいて、裁判所は、市及び県が当該教諭に対して損害賠償責任を負うと判示しました。
顧客とトラブルになった小売店の従業員が、従業員の安全を確保するための措置を講じていなかった等と主張して、店舗の運営会社に損害賠償を求めたケースについて、裁判所は、当該会社が、従業員の入社時にはテキストを配布して苦情を申し出る顧客への初期対応を指導し、サポートデスク等の連絡体制も十分に整備されていたとして、従業員の請求を棄却しました。
このように、事前対策をしていたかどうか、実際にカスハラが起きた場合にどのような対応をしたかによって、企業の責任の有無が大きく異なることになりますので、こうした意味においても、カスハラ対策は企業にとって重要であるといえそうです。
カスハラが大きな話題となる昨今、この点について知識を得て、有効な対策を講じることは、企業にとって重要と考えられます。これらについてお困りの場合には、是非お気軽にご相談下さい。
「お客様は神様」などと言われますが、いくら店側に不満があったとしても、ハラスメントに該当するような理不尽な言動は、端から見ても気持ちの良いものではありません。我々消費者としても、企業側が気持ちよく取引ができる、善良な神様でいられるよう心掛けたいものです。