


2025年10月29日
(丸の内中央法律事務所報No.47, 2025.8.1)
法律相談においでいただいた相談者の方からよくいただく質問があります。
 
 「弁護士費用は相手に請求できませんか?」
 
 「壊された物の弁償をさせた上で、慰謝料を請求できませんか?」
 
 「大丈夫です、できますよ!」とお答えしたいところではありますが、裁判事務上は、ご希望に添えないケースことが多いです。
 
 今回は、こうした問題について解説してみようと思います。
相手に対して金銭の支払いを請求する場合、そのために要した弁護士費用も含めて相手に払わせることはできるでしょうか。
 
 裁判外の話合いで双方が納得している場合や、事前に契約書に弁護士費用も含めた損害賠償を認める旨の条項が設けられている場合には、こうした解決もあり得るところです。
 
 他方で、こうした合意や事前の取り決めがなく、紛争が裁判手続に及んだ場合、①不法行為に基づく損害賠償を求める場合と、②債務の履行・債務不履行に基づく損害賠償を求める場合とで、異なる結論となります。
 
 ◆債務の履行・債務不履行に基づく損害賠償を求める場合
 例えば、期限までに返済されなかった貸金の返還を求める場合や、期限までに成果物が納入されなかったことにより被った損害の賠償を求める場合等が挙げられます。
 
 こうした事案では、裁判所は、原告の請求を認容する場合であっても、基本的には弁護士費用の支払いまで被告に命じることはありません。
 
 これは、訴訟費用に、弁護士費用が含まれないとされているためです。
 
 訴訟費用とは、裁判を遂行するのに必要であると認められる費用として法律上定められているものであり、例えば、訴状やその他の申立書に貼付する収入印紙代や、書類送付のための切手代、証人の旅費日当などが挙げられます。
 
 こうした費用は、基本的に敗訴した側へ支払が命じられることになりますが、上述の通り、法律上、弁護士費用はこれに含まれていません。そのため、相手に対して負担を求めることができないとされます。
 
 こうした運用については、後述の不法行為の場合と区別するのが困難であるとか、本質的に不法行為に近い類型については賠償の範囲に含めるべき等の見解もありますが、裁判実務上は、不法行為と同様に解するには至っていません。
 
 ◆不法行為に基づく損害賠償
 不法行為とは、故意又は過失によって、第三者に損害を与える行為を指し、例えば、暴力によって相手に怪我を負わせる行為や交通事故などがその典型です。
 
 不法行為に基づく損害賠償請求訴訟においては、判例上、事案の難易、請求額、認容額その他初犯の事情を斟酌して、相当と認められる範囲のものに限り、弁護士費用についても、不法行為と相当因果関係のある損害として、賠償の対象に含めるものとされています(最判昭和44年2月27日民集23巻2号441号)。
 
 ただし、実務上、弁護士費用相当額として損害が認められるのは、それ以外の損害額として認められた金額の1割程度とされており、実際に弁護士に対して支払った金額の全てを相手に負担させることができる訳ではありません。
 
 また、認容額の多寡や立証の難易など、事案によっては1割よりも多く(少なく)支払が命じられることもあり得ます。例えば、東京地判平成21年5月21日判時2047号36頁は、原告ら訴訟代理人が多数の原告らから委任を受けて、同一の手続で事件を進行させていること等を理由にして、弁護士費用相当額の損害としては、損害額の5%にとどまるとしています。
 
 ●最判昭和44年2月27日民集23巻2号441号
 思うに、わが国の現行法は弁護士強制主義を採ることなく、訴訟追行を本人が行なうか、弁護士を選任して行なうかの選択の余地が当事者に残されているのみならず、弁護士費用は訴訟費用に含まれていないのであるが、現在の訴訟はますます専門化された訴訟追行を当事者に対して要求する以上、一般人が単独にて十分な訴訟活動を展開することはほとんど不可能に近いのである。したがつて、相手方の故意又は過失によつて自己の権利を侵害された者が損害賠償義務者たる相手方から容易にその履行を受け得ないため、自己の権利擁護上、訴を提起することを余儀なくされた場合においては、一般人は弁護士に委任するにあらざれば、十分な訴訟活動をなし得ないのである。そして現在においては、このようなことが通常と認められるからには、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである。
 
 ●東京地判平成21年5月21日判時2047号36頁
 本件では原告ら訴訟代理人が極めて多数の原告らの委任を受けて同一手続で事件を進行させていることその他諸般の事情を考慮すると,各原告につき認められた損害額の5%を相当因果関係のある弁護士費用相当の損害と認めることが相当である。
 
 このように、裁判手続によって紛争の解決を図ろうとする場合、弁護士費用を相手に全て負担させることは、現実的ではありません。こうした結論については異論もありますが、現時点において、上述した実務上の運用を変更させるには至っていません。
例えば、Aが居眠り運転でBの所有する車に衝突し、自動車が廃車となってしまったケースを考えてみます。なお、Bの車は道路沿いのパーキングに駐車中で、Bは事故当時乗車していなかったとします。
 
 こうした場合、車の所有者であるBとしては、Aに対し、車自体の損害賠償のほかに、車を損壊されたことについての慰謝料を請求することができるでしょうか。
 
 Aは、過失によって他人に損害を生じさせていますので、Aの行為は民法上の不法行為に該当します。Bが車を損壊されたことによって精神的苦痛を被ったとすれば、それはAの不法行為によって生じたものですから、慰謝料を請求できそうです。
 
 しかし、多くの裁判例はこれを否定します。これは、「物損については、財産的損害の賠償によって、精神的苦痛も慰謝されるのが通常である。」という考え方に基づいています。
 
 したがって、上の例の場合でも、当該自動車の事故当時の価値相当額の賠償が認められた場合、車が損壊されたことに対する慰謝料は認められないことになります。
 
 もっとも、「財産的損害の賠償にもかかわらず、精神的苦痛が慰謝されない。」と認められるべき特別な事情がある場合には、慰謝料を認める余地があるとされます。
 
 例えば、上の例で、当該自動車は、Bの父親の形見のヴィンテージカーであり、Bが何年も大切に使用してきた等の事情があるとすれば、財産的価値の賠償のほかに、慰謝料の請求が認められる余地が出てきます。
 
 こうした考えに基づき、物損について慰謝料を認めた裁判例も、少数ながら存在します。
 
 ●東京地判平成14年4月22日判時1801号97頁
 不動産業者が、建物内に残置された物を、所有者に無断で廃棄処分したところ、廃棄された動産類の中には、原告が祖父母の代から受け継いだ桐箪笥や茶箪笥、仏壇、神棚等が含まれていた。裁判所は、こうした物が廃棄されたことにより、原告は多大な精神的苦痛を被ったものであり、慰謝料請求を認めるべき特段の事情があるとして、200万円の慰謝料請求を認容した。
 
 ●東京地判平成19年2月15日判時1986号66頁
 原告らが、業者に対し、リフォーム目的で結婚記念のダイヤモンド付指輪を寄託したところ、当該業者がダイヤモンドを人工石にすり替えたというケースにおいて、裁判所は、ダイヤモンドが返還されないことにより、原告らが精神的利益や平静を著しく害されたものであり、本件ダイヤモンドが返還され、又はその財産的価値が填補されたとしても、こうした精神的損害は填補されないとして、原告らに対し、各100万円の慰謝料を認めた。
 
 ●大阪地判平成27年8月25日交民48巻4号990頁
 Aが運転していた車両が停車中、B運転車両がこれに追突し、Aの車両に同乗していたAのペット(犬)が負傷した。事故後、継続的に全身の震えや食欲不振といった症状を示したケースで、AはBに対してペットが障害を負ったことに対する慰謝料を請求した。裁判所は、ペットが飼い主の家族の一員であるかのように取り扱われ、飼い主にとってかけがえのない存在になっていることが少なくないため、こうした動物が不法行為により重い障害を負い、当該動物が死亡した場合に近い精神的苦痛を飼い主が受けたときは、飼い主の精神的苦痛は、損害賠償を持って慰謝されるに値するとして、慰謝料が認められる余地がある旨判示した。もっとも、当該ケースでは、未だ当該動物が死亡した場合に近い精神的苦痛を受けたとは認め難いとして、慰謝料請求は認められなかった。
「トラブルに巻き込まれた上に、弁護士費用も負担しないといけないのか。相手に支払わせたい。」とか、「大事なものを壊されたのだから、弁償させるだけでなく慰謝料も請求したい。」といった思いは、心情的には十分理解できるものです。しかし、上述の通り、少なくとも現時点においては、裁判実務はこうした請求を容易には認めていません。
予防策として、トラブルが生じた場合に備えて、契約書に弁護士費用も含めた賠償責任を定めておくことが考えられます。
 
 また、こうした事前の取り決めがなくとも、事案によっては、裁判外の協議で相手に支払を認めさせることもできる可能性がありますので、諦めず、まずは一度弁護士に相談されることをお勧めします。
以 上