2019年02月21日
「約款」とは大量の同種取引を迅速且つ効率的に行うための定型的な内容の取引条項を指します。
改正前民法は、約款に関する規程を置いておらず、その効力については専ら判例理論の集積に委ねられていましたが、改正法は、約款のうち、特に「定型約款」を規律の対象として、新たに規程を設けました。本項では、以下の順序で改正法について解説します。
①約款に関する規程が新設された経緯
②「定型約款」とは
③定型約款が契約の内容となる要件(みなし合意)
④定型約款を変更する場合
⑤実務への影響
*以下では特に断らない限り条文の指摘は改正後の民法を指し、条文は次の通り表記します。
例)147条1項1号→§147-Ⅰ①
鉄道等の旅客運送契約、電気・ガス・水道の供給契約、各種保険契約、インターネットサイトの利用契約等、不特定多数の者に対し、同一のサービスを効率的に提供すべき契約については、一方当事者の側で予め一定の条項を定めた約款を準備しておくことが有効です。こうすることで、画一的な契約が迅速に締結され、契約内容のスムーズな履行が期待できます。特に、現代においてはインターネットの普及等により、不特定多数の当事者同士の取引が拡大しているため、こうした要請は、従来よりも特に強くなったといえるでしょう。
しかしながら、改正前民法には、約款に関する規程が置かれていませんでした。
この点、民法の原則によれば、契約の当事者は、各契約の内容を認識しなければ契約に拘束力は生じません(意思主義)。この原則を形式的に適用すると、相手方から提示された契約書をきちんと読まず、内容を理解していなかった者が、そのことを理由として「当該契約には拘束されない」と主張することが可能であるように思えますが、こうした主張が許されないことは言うまでもありません。
他方で、相手の示した契約条件を全て詳細に読んで理解していなかったとしても、当該当事者を責められないという事案も現に存在します。こうした場合、当事者が合意しているということを以て、直ちに当該約款の法的拘束力を正当化することは困難です。
これらのケースについて明確な線引きをするためには、法律によって、約款に拘束力が生じる場合について定めておくことが必要になります。
また、契約期間が長期に亘る取引については、事後的に約款の内容を変更する必要が生じることがあります。こうした場合、意思主義の原則からすれば、個別に相手方の承諾を経ることが必要になりますが、例えば電気の供給契約について、全ての契約について相手方の承諾を個別に得ることは極めて煩雑であり、こうした場合についても一定のルールが必要です。
改正法は、こうした問題点を解消すべく、後述のような規程を新設しました。
現代社会において、「約款」という用語自体は、各種取引活動において広く用いられていますが、その意味についての理解は必ずしも統一されておらず、取扱いも様々です。
上記の通り、約款を用いた取引を行うことで、画一的な契約を迅速に締結し、契約内容のスムーズな履行を期待することができますが、一方で、「約款」と名の付く条項一般に強い効力(後述の「みなし合意」等)を認めることは、一方当事者にとって不意打ちとなったり、不適切な条項を修正する機会を奪うことにも繋がります。
そのため、改正法の対象となる約款については、上記のような改正の趣旨を踏まえ、約款によって画一的な取引をすることが、当事者双方にとって合理的であると客観的に評価できる場合に限定されなければなりません。
そこで、改正法は、従来における種々の「約款」概念と区別する趣旨で、規律の対象を「定型約款」に限定した上で、その定義・要件を以下の通り定めました。
即ち、定型約款とは、以下の要件を満たす条項の総体を指します(§548の2-Ⅰ)。
① ある特定の者が、不特定多数者を相手方とする取引であること。 ② 内容の全部又は一部が画一的であることが、当事者双方にとって合理的であること。 ③ 契約の内容とすることを目的として、その特定の者により準備された条項の総体であること。 |
定型約款に該当するものの典型例としては、鉄道・バスの運送約款、電気・ガスの供給約款、保険約款、インターネットサイトの利用規約等が挙げられます。
労働契約に関するひな形等は、相手方の個性に着目した特定人を相手方とする契約であることから、定型約款には該当しません(上記①を満たさない)。
なお、一定の集団に属する者との間で行う取引であれば、直ちに①の要件を欠くことになる訳ではなく、相手方の個性に着目せずに行う取引であれば、①の要件を満たし得るものとされています(法制審議会民法(債権関係)部会資料86-2・2頁)
事業者同士の取引における約款や契約書のひな形等は、上記①~③のいずれも満たさないことが多いと考えられることから、基本的には、定型約款には該当しないものとされています。
もっとも、預金規定やコンピュータのソフトウェアの利用規約等については、相手方が法人であることのみを理由として、一律に定型約款に該当しないとすることは合理性を欠くため、定型約款に該当すると認められるケースもあるものと考えられます(前掲資料2頁)。
§548の2の規程は、改正法の施行日前に締結された定型取引に関する契約についても適用されるものとされています(改正法附則§33-Ⅰ本文)。したがって、施行日前の契約であっても、定型約款の要件を充足する約款については、改正法によって規律されます。
但し、契約の当事者の一方が、反対の意思表示を書面又はその内容を記載した電磁的記録を用いて行ったときは、施行日前に締結された定型約款に係る契約について、改正法は適用されません。この意思表示は、改正法の公布の日(2018年4月1日)から施行日前(2019年3月31日)までの間に為される必要があり、また、契約又は法律の規程により、解除権や解約権等を現に行使することができる者(契約関係から離脱可能な者)については、そもそも反対の意思表示をすることができないものとされています(同§33-Ⅱ・Ⅲ)。
次の要件を満たす場合には、当事者は、定型約款の条項を個別的に認識していない場合でも、定型約款に記載された通りの合意を締結したものとみなされます(§548の2-Ⅰ)。
① 定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの)を行う合意があること(§548の2-Ⅰ柱書。定型取引合意)。
②-1 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたこと(§548の2-Ⅰ①)。
又は
②-2 定型約款を準備した者が予めその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたこと(§548の2-Ⅰ②)。
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取引相手への約款の表示を個別的に行う事が困難な場合(例:電車・バスの運送契約等)については、これを「公表」することで足りる旨の規程が、各業法等において定められています。
定型約款を準備した者は、定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法でその定型約款の内容を示さなければなりません(§548の3-Ⅰ柱書き)。
但し、定型約款の準備者が、既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はこれを記録した電磁的記録を提供したときは、その必要はないものとされています(同条項但書き)。具体的には、記録媒体にデータを保存して相手に交付した場合や、データをメールで送信した場合等が考えられます。
定型約款準備者が、正当な事由なく開示を拒んだ場合には、みなし合意に関する改正法の規定は適用されないものとされています(§548の3-Ⅱ)。
次の要件をいずれも満たす場合には、上述のみなし合意の規程は適用されず、当該条項は、当事者間の契約の内容を為さないものとされています(§548の2-Ⅱ)。
① 相手方の権利を制限し、又は、相手方の義務を加重する条項であること。 ② 当該定型取引の態様及びその実情並びに取引通念に照らして、民法§1-Ⅱに規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害する(信義則違反)と認められること。
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ここで、みなし合意の対象外とされるのは、当該約款全体ではなく、特に上記①②の要件を満たす条項のみです。
また、§548の2-Ⅱが適用される場合、当該条項は、一度当事者間の契約内容を為した上で、その不当性を理由に効力を否定されるのではなく、そもそも契約に組み込まれないことになることに注意が必要です。
上記②における信義則違反の有無は、その内容的な不当性のみを基準として判断されるものではなく、当該定型取引の態様及びその実情並びに社会通念に照らして判断されなければなりません。
従前の裁判例も、約款における個別の条項の効力について、同様に考えてきました。
例えば、最判平成17年12月16日民集218号1239頁は、賃貸借契約における目的物の通常損耗部分に関する原状回復義務を賃借人に負わせる旨の条項の効力を否定していますが、最高裁は、上記条項の内容の不当性にのみ焦点にのみ焦点を当てるのではなく、相手方が当該条項の存在を明確に認識していないことを加味した上で、当該条項の内容の相当性を否定するという判断手法を採っています。
こうした考え方からすると、一見すると、契約相手の利益を一方的に害するような条項であっても、当該条項が、業界内の同種取引において一般的に設けられる慣行になっている場合や、相手方当事者が十分に納得した上で当該約款を用いることを希望している場合等は、信義則違反であると認められない場合もあり得るものと解されます。
§548の2及び3の規程は、改正法の施行日前に締結された定型取引に関する契約についても適用されるものとされています(改正法附則§33-Ⅰ本文)が、その例外として、改正法§548の2-Ⅱの適用除外規定については、改正前の法理において有効とされた約款については、適用されないものとされています(同§33-Ⅰ但書き)。
定型取引が長期に及ぶ場合、社会・経済情勢の変化や、法令の変更等に応じて、約款を変更する必要が生じる場合があります。
従来は、こうした点に関する規程が存在しておらず、実務上、約款使用者が一方的に約款内容を変更することが行われてきましたが、こうした取扱いは、意思主義に反するものであり、その有効性には疑問が呈されてきました。
そこで、改正法は、事後的に定型約款の内容を変更する場合について、詳細なルールを新設しました。
定型約款準備者は、次の要件のいずれかを満たす場合には、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなして、相手方の個別の承諾を得ることなく定型約款を変更することができます(§548の4-Ⅰ)。
① 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき(§548の4-Ⅰ①)(§548の4-Ⅰ①)。
又は
② 定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、且つ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、§548の4の規程により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき(§548の4-Ⅰ②)。
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上記規程に基づいて定型約款の変更を行う場合には、その効力発生時期を定め、且つ、定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならず(§548の4-Ⅱ)、効力発生時までにこうした周知を行わなければ、定型約款の変更は、その効力を生じないものとされています(§548の4-Ⅲ)。
改正法は、効力発生時期の確定とその周知を通じて、不意打ち的な約款内容の変更が為されることを防止しています。
上記②の要件における「その他の変更に係る事情」としては、相手方に与える不利益の内容・程度、不利益の軽減措置の有無及びその内容等を考慮することになります。
§548の4の規程は、改正法の施行日前に締結された定型取引に関する契約についても適用されるものとされています(改正法附則§33-Ⅰ本文)。
但し、契約の当事者の一方が、反対の意思表示を書面等で行ったときは、改正法の適用が排除されます(同§33-Ⅱ・Ⅲ)。
改正法は、定型約款の要件として、内容の全部又は一部が画一的であることが当事者双方にとって合理的であることを要求する一方、契約の内容とすることが不適当な内容の条項については、そもそも当事者間の契約内容にはならないとし、約款内容の変更に際しても、実体面・手続面双方において厳格な要件を定めています。
こうした規程を通じ、約款内容の適正性が担保されるとともに、変更時における不意打ち等も防止されることになりますので、一般消費者は、定型約款を用いた取引を従来に比べてより安心して利用できるようになるでしょう。もっとも、改正法により、定型約款には法的拘束力が生じることが明らかにされましたので、消費者としても約款の内容を十分に確認した上で契約を締結することが望ましいといえます。
約款を準備する事業者ついても、これまで判例法理の集積に委ねられていた約款法理が改正法によって明確に定められたことで、定型約款を用いた取引に関する予測可能性が増し、従来よりも安定的な法律関係の下に約款を運用することができると考えられます。
その一方で、約款の内容が改正法の規程に適合するよう注意を払わなければならないほか、約款の開示義務が課されたり、定型約款の変更に際して厳格な要件をクリアする必要がある等、改正法によって新たに数多くの規律が為されるため、約款を用いた取引に際しては、これまで以上に慎重な対応が求められます。
特に注意が必要なのは、上述した通り、定型約款に関する§548の2から§548の4までの規程については、施行日(2020年4月1日)前に締結された定型取引に関する契約についても適用されるという点です(但し、§548の2-Ⅱ(みなし合意の適用除外)を除きます。改正法附則§33-Ⅰ但書)。したがって、当該約款が改正法の「定型約款」の要件を満たす場合には、当該約款には原則として改正法が適用され、他方、当該約款が上記要件を満たさない場合や、当事者が反対の意思表示を行った場合(改正法附則§33-Ⅱ・Ⅲ)には、従来の約款法理によって規律されることとなります。
このような適用関係を整理すると、次のようになります。
「定型約款」として、その有効性に法的根拠が付与されることになり、改正法に基づいて規律されることになります。
他方で、このことは、事後的に約款の内容を変更する場合には、上述の要件を満たさなければならないことを意味します。したがって、従来のように、事業者側が一方的に約款の内容を変更するという取扱いは許されず、改正法が施行される2020年4月1日以降に変更手続を行うときは、厳格な要件を満たさなればなりません。
改正法が直接適用されることはなく、従来通りの約款法理によって規律されることになります。
即ち、当該約款は、改正法における「定型約款」であるとは認められず、その結果、上述の変更規定が直接適用されることはなく、また、不当条項についても従来の判例等に照らしてその有効性が判断されます。
こうした法律関係は、定義・要件が明確に定められている改正法と比べ、不明瞭であると言わざるを得ません。事業者としては、改正法に則って約款を運用したいと考える場合には、2020年3月31日までに、自社の約款を改正法の要件に沿ったものに変更する必要があります。
当該約款が改正法の要件を満たす場合であっても、当事者が、改正法の公布日(2018年4月1日)から、施行日前(2020年3月31日)までの間に反対の意思表示を書面(その内容を記録した電磁的記録によってされた場合も含む)で行っていた場合には、当該約款について改正法が適用されることはなくなります(改正法附則§33-Ⅱ・Ⅲ)。
しかしながら、上述の通り、従来の約款法理に基づく法律関係は、改正法の適用がある場合に比べて不明瞭なものにならざるを得ませんので、意思表示によって改正法の適用を排除するか否かについては、慎重に判断する必要があるでしょう。