


2025年10月29日
(丸の内中央法律事務所報No.47, 2025.8.1)
2025年5月16日、下請法・下請振興法(以下、「旧下請法」)が全面的に改正され、新たに「中小受託取引適正化法」(通称:「取適法」)となり、2026年1月1日から施行されることになりました(ただし、一部の規定は交付の日である2025年5月23日から施行)。
今回の改正は、近年の急激な労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇により、親事業者から業務を受注する下請事業者がコスト増を下請代金へ十分反映することができず、苦しい経営状態に追い込まれてしまうという事例が多数発生していたことなどを受け、発注者・受注者の対等な関係に基づき、サプライチェーン全体で適切な価格転嫁を定着させるための「構造的な価格転嫁」の実現を図っていくことを目標として行われたものです。
本改正における最も大きいポイントとしては、法適用取引の判断の際に、従来の資本金基準に加えて、新たに従業員基準が導入されたことです。これにより、減資等によって資本金を少額に設定することで下請法の適用対象外とされていた会社であっても、多数の従業員を雇用するなど実質的側面から大規模事業者であることが認められれば、そういった会社との取引についても改正法による規制が及ぶこととなりました。
また、協議を適切に行わずに代金額を決定することが禁止されたほか、手形による代金の支払等についても禁止されることになりました。さらに、荷役・荷待ちの強制といった問題が顕在化していた運送委託取引が新たに改正法の対象取引に追加されました。
法律の名称について、「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(通称:「取適法」)に改正されます。
また、旧下請法で「親事業者」とされていた名称が「委託事業者」に、同じく「下請事業者」とされていた名称が「中小受託事業者」に改正されます。
その他、「下請代金」という名称についても「製造委託等代金」に改正されます。
これらの改正は、「下請」という用語自体が、発注者と受注者の関係について、対等な関係ではないという語感を与えるという指摘を受けたことによるものです。
⑵ 従業員数基準の追加
本改正で特に注目すべきは、従来の「資本金基準」に加え、新たに「従業員数基準」が導入された点です。これにより、形式的に減資をすることで、旧下請法の適用外となろうとする"抜け道"が封じられ、実質的側面からの規模の大小で判断されるようになりました。
従来の資本金基準により旧下請法の適用対象になる場合には従来どおり法適用対象となりますが、それに加えて、従来の資本金基準では下請法の適用対象にならなかった場合でも、従業員数基準を満たせば、新たに改正法の適用対象とされることになったことから、法の適用範囲が純粋に拡大されたことになります。
従業員数基準には、従業員300人超の法人事業者が従業員300人以下の法人事業者等に委託する場合には法適用対象になるという「300人基準」と、従業員100人超の法人事業者が従業員100人以下の法人事業者等に委託する場合に法適用対象になるという「100人基準」があります。
そして、従来の資本金基準における3億円基準が適用される場面と、新設される特定運送委託については「300人基準」、従来の資本金基準における5000万円基準が適用される場面(プログラム作成以外の情報成果物作成委託、運送・物品の倉庫保管・情報処理以外の役務提供委託)については「100人基準」が適用されることになります。
⑶ 対象取引の追加
荷主・物流事業者間における運送委託が新たに対象取引に追加されました。これは、旧下請法では対象外とされ、立場の弱い物流事業者が、荷役や荷待ちを無償で行わされていた問題についても取引の適正化を図ろうとするものです。
また、従来は「金型」(金属製の型)の製造委託に関する取引のみが対象取引とされておりましたが、本改正により、金型以外の型(木型、樹脂型等)や治具等に関する製造委託についても対象取引に追加されました。
これまで「商慣行」の一環として黙認されがちだった問題についても、本改正により明確な違法行為として位置付けられたという点で、大きな進展といえるでしょう。
⑷ 手形払等の禁止
従来は手形払いについても支払手段として容認されていましたが、今回の改正によって手形払いが禁止とされ、また、ファクタリングや電子記録債権などの即時に現金化できない手段についても制限されることとなりました。
これにより、中小企業の資金繰りの安定化が図られ、支払の透明性もより向上することが見込まれます。
⑸ 協議を適切に行わない代金額の決定の禁止
価格交渉の在り方についても変革が加えられました。
委託事業者が価格を一方的に決定することが明確に違反行為とされ、合理的説明なく価格を据え置く行為も問題視されるようになりました。
これにより、交渉過程の記録化や、契約書の見直しの際における適切な協議の実施が委託事業者に求められることになります。
⑹ 執行体制の強化(下請Gメンの権限強化)
今回の法改正により執行体制も強化されることとなりました。中小企業庁が配置している取引調査員(下請Gメン)の調査権限が強化されたほか、「報復措置の禁止」の申告先として、従来は公正取引委員会及び中小企業庁長官に限定されておりましたが、新たに事業所管省庁の主務大臣が追加されたことにより、中小事業者が申告しやすい環境の確保を図り、複数省庁の連携による迅速な是正指導を行えるようになりました。
遅延利息の範囲拡大(減額された分についても適用)など、違反行為に対する抑止力が明確に高まりました。
【旧下請法と中小受託取引適正化法(取適法)の違い】
| 旧下請法 | 中小受託取引適正化法(取適法) | |
| 定義 | 親事業者 下請事業者 | 委託事業者 中小受託事業者 | 
| 適用基準 | 資本金基準のみ | 資本金基準+従業員数基準 | 
| 対象取引 | 製造委託・修理等 | 製造・修理・情報成果物+運送等 | 
| 支払方法 | 手形・現金・電子債権等容認 | 原則現金 手形・電子記録債権等禁止 | 
| 価格決定 | 一方的決定への明文規定なし | 協議義務・合理的説明責任を明記 | 
| 遅延利息 | 支払遅延のみ対象 | 減額分も遅延利息対象に追加 | 
| 執行体制 | 主に公正取引委員会 | 下請Gメン・複数省庁連携強化 | 
⑴ 委託先企業の従業員数の確認
今回の改正で新たに従業員数基準が適用されたことにより、資本金要件を満たさない場合でも、従業員数要件を満たす場合には改正法が適用されることになりました。
例えば、委託先企業の従業員数が300人(製造委託等)または100人(役務提供委託等)を超える会社から、300人または100人を下回る事業者に委託をする場合には、改正法の適用対象となります。
そのため、委託事業者においては、資本金要件を満たさない場合であっても、従業員数が300人または100人以下である可能性がありそうな委託先企業については、改正法の施行前までに個別に従業員数を確認しておく必要があります。
確認方法としては、ホームページ等で従業員数が記載されている場合には、当該記載から判断するのが良いでしょう。
ホームページ等に記載がない場合は、委託先企業に対して個別に確認を行うことが必要となります。
そして、継続的に発注している委託先企業については、従業員数が変動する可能性も踏まえた確認をすることが必要となります。具体的には、委託先との間で締結する基本契約等において、「常時使用する従業員数が300人(100人)以下となる可能性が見込まれる場合は、速やかにその旨を発注者に連絡するものとする。」などの条項を盛り込むことが必要となる点に留意が必要です。
⑵ 価格協議の記録化
各業界で物価上昇等によるコスト増加の問題に直面しており、委託先事業者から値上げの申し出がされることも増えてきております。
こうした場合で、協議自体を行わないというのは論外ですが、一応協議自体は行ったものの、委託先事業者に必要な説明を行わないまま一方的に代金の額を決定することが本改正で明確に禁止されることとなりました。
委託事業者としては、委託先事業者からの値上げ等の申し出に対して、必要な説明もしくは情報の提供をしたうえで、代金額について十分な協議を行うことが要求されますので、こうした説明あるいは情報の提供を行ったことについて、説明資料や議事録等を保管して記録化しておくことが必要となることに留意が必要です。
⑶ 支払方法等の確認及び変更
手形及び電子記録債権やファクタリングによる支払いが禁止されることにより、契約書の変更及び資金繰り等への影響を確認・検討する必要があります。
現時点で委託先事業者への支払に手形等を使用している場合は、支払方法の変更等の交渉が必要となる点も踏まえ、早急な対策が必要となる点に留意が必要です。
| 主な確認事項 | 所轄部署 | 
| 法律名等変更への対応 | 法務 | 
| 従業員数基準による新たな下請事業者の抽出と下請法遵守体制への組込み | 法務、営業、調達 | 
| 運送委託先である下請事業者の抽出と下請法遵守体制への組込み | 法務、営業、物流 | 
| 金型以外の型等の製造委託先である下請事業者の抽出と下請法遵守体制への組込み | 法務、開発、調達 | 
| 手形払等の取りやめ | 法務、経理 | 
| 下請法改正に関する内容の周知 | 全部署 | 
以上