
2010年01月01日
園高明弁護士は2023年(令和5年)3月をもちまして当事務所を退所いたしましたが、本人の承諾を得て本ブログの掲載を継続させていただいております。
(丸の内中央法律事務所報vol.16、2010.1.1)
中学3年生(15歳)の息子が道路で自転車に乗っていて、歩行者に怪我をさせてしまいました。ご近所の68歳の奥様で、膝の関節にかなり酷い骨折があり、現在入院をされています。贈償金額もかなりの金額になるのでしょうか。保険には入っていないのですが、どうしたらよいでしょう。また、自転車と歩行者の事故でも過失相殺というのは考えられるのでしょうか。
今回のご質問は様々な問題点を含んでいるので、まずは、今後予想される自転車事故の賠償金の問題についてご説明し、自転車と歩行者の過失相殺の問題は、次回ご説明します。
まず、ご回答の前提として、この場合、被害者に対して法的な損害賠償責任を負うのは誰かという点を検討します。
子供が不法行為を行った場合、民事的な責任を負うかどうか、即ち、その子に責任能力(自分の行為の善悪を判断し、その行動を規律することができる能力)があるかがまず問題になります。責任能力は、個々に判断されるのですが、通常は中学生以上になれば責任能力はあると判断されます。因みに、子供に責任能力がない場合には、親が民法714条によって、監督義務者としての責任を問われることになります。親は、監督義務違反がないことを立証した場合には、この責任を免れることができますが、実際には、親に監督義務違反がないとされることはほとんどないといってよいでしょう。
本件では、お子さんは15歳の中学3年生ですから、責任能力は肯定されると考えられます。その上で、さらに親の709条の不法行為責任まで認められるかという問題ですが、自転車は、一般的に他人に対する危険は低く、子供でも自転車の運転に充分成熟できることから、通常の自転車の使用に伴い生じた事故について、親自身の709条の不法行為責任は認められにくいと考えられます。
しかし、親に法的な責任がないからといって、親として何も対応しないというわけにもいかないと思いますので、次に具体的な対応、損害算定の問題について、検討してみましょう。
自動車事故の損害賠償金は、その一部が強制保険である自賠責保険によって賄われ、それを超える部分は任意自動車保険により賄われ、賠償金の支払い資金は保険制度によって担保されているということを前提に、賠償金額の基準が設定され、これら交通事故損害賠償額算定基準は、自動車事故のみでなく、自転車事故にも適用されると考えられます。(基準については本誌第3号(2004年1月1日)をご参照ください。)
病院への入院・通院期間については、当然治療費を賠償する必要がありますが、この治療は健康保険を使うことを被害者にお願いしてみてください。
病院での診療に、自由診療と健康保険診療があることはご存じだと思いますが、実質的に同じ診療をしても、自由診療と健康保険診療とでは治療費の額が違い、自由診療のほうが高いので、支払い能力を考えても、健康保険診療を利用してもらうべきです。
また、過失相殺のことは次号で触れますが、被害者に過失がある場合、過失相殺は総損害額から被害者過失部分を引きますので、治療費の支払いは賠償金として手元には残りませんから、自由診療の高い治療費部分が、他の休業損害、慰謝料等の実質的な賠償部分に食い込んでしまうからです。
例題を単純化して説明します。
自由診療で治療費100万円、同じ治療が健康保健を使用して療養給付を受け、薬剤等を含む治療費50万円(このうち被害者負担分15万円、健康保険組合負担分35万円)、休業損害100万円、慰謝料100万円と仮定してみましょう。
過失相殺は50%と仮定し、まず、健康保険を使う場合、被害者負担部分は15万円と休業損害、慰謝料各100万円の合計215万円から過失相殺50%すると、賠償請求額は107万5000円になります。
仮に、治療費の被害者自己負担部分を加害者に全額出してもらっていたとしても15万円がひかれるだけですから、92万5000円の賠償金が残ります。
なお、加害者は健康保険組合から組合負担部分の50%17万5000円を求償されます。
これで、加害者の賠償金額は総額で250万円の半分125万円になります。
これに対し、自由診療で計算すると損害額は総額300万円ですが、50%過失相殺すると、賠償金額は総額150万円で医療費を100万円払ってしまうと、残額は50万円になってしまします。
したがって、損害額を抑える意味でも、また、特に被害者に過失がある場合には、健康保険を使ったほうが被害者のためにもいいことになります。
次は、68歳という高齢の女性の逸失利益の問題です。
この方が、ご主人と二人暮らしでリタイアしたご主人の面倒をみていたとします。
それぞれ年金暮らしで、収入のある仕事はしていません。
従って、この被害者については、休業損害はないのかとなると、主婦としての逸失利益の請求が可能です。
一般的に主婦の逸失利益は、女性労働者学歴計全年齢平均賃金センサスを基礎収入として計算されます。
従って、平成19年度の金額は346万8800円ですので、1日当たり9504円になりますが、しかし、主婦にもいろいろあり、例えば、結婚したての20代の主婦であれば20歳代から60歳台までの平均で計算しましょうというのは合理的ですが、60歳台後半になって、しかも、夫の面倒を見ているに過ぎないとすると、全年齢平均よりも低い65歳以上の年齢別の平均賃金センサス274万4400円(場合によっては、これをさらに減額される可能性もあります。)を基礎収入とすることが一般的となります。
ただし、夫と二人暮らしでも、夫が重い介護を要するような状態であったすれば、当然判断は異なってきますが。
今後の病状は不確定ですので、現状で賠償金の予測は困難ですが、想定として、事故後、2ヶ月入院し、13ケ月通院、骨はきちんとついたが、左膝関節部の関節が右に比して多少曲がりが悪く、痛みも残り、今後改善する見込みがないと診断されたとして話をすすめてみましょう。
治療を続けても治療効果が期待できなくなった状態を症状固定といい、そこで残存した身体の毀損状態を後遺障害といいますが、本件が自動車事故であれば、自賠法の規定により、自賠責保険が支払われる後遺障害については明確になっており、自賠責保険に請求すれば、損害保険料率算出機構の調査事務所で後遺障害等級の認定をして、この認定結果を基に双方が話あうことができる土俵ができる訳です。
しかし、本件は自動車事故ではないので、この後遺障害の認定システムが使えません。
また、自転車事故の場合には、自賠法のような基準になる等級もなく、後遺障害について、どこがどう判断するのかが問題になります。
後遺障害の程度については、自賠法の後遺障害基準というのは、保険制度に裏打ちされた特定分野の制度ではありますが、自転車事故でも、これに準じて後遺障害の程度を判断するというのが一般的だと思います。
しかし、この認定を行う機関はありませんから、このような基準を元に、双方が話し合いを行い、調整がつかなければ、弁護士会などの民間ADRで和解あっせんを行うか、裁判所の手続きを利用する他はないことになります。
自動車事故であれば、無料で、日弁連交通事故相談センターや、交通事故紛争処理センターのあっせんを利用できますが、自転車事故では、原則として使えません。
仮に、被害者の後遺障害等級が、関節の動きが多少悪いものの、自賠責保険の関節機能障害の基準には届かず、痛みの神経症状について、後遺障害等級14級程度のものとすると、総損害額は、次のようなものになります。
ということで、損害額は大変な金額ですが、果たして過失相殺がどうなるのか、また、自転車事故の賠責保険に加入していないとありますが、本当にそうなのか、見落としはないのかは、次号で検討してみましょう。