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弁護士 園 高明

2011年01月01日

損害賠償と保険金の受け取り

園高明弁護士は2023年(令和5年)3月をもちまして当事務所を退所いたしましたが、本人の承諾を得て本ブログの掲載を継続させていただいております。

(丸の内中央法律事務所報vol.18、2011.1.1)

質問

交通事故にあった場合、自分の加入している保険などから保険金が支払われると、加害者に対する賠償請求権はその分減るのでしょうか。

【回答】

 今回は、少し専門的な問題ですが、交通事故により加害者に損害賠償請求するについて、同一の事由により保険金を受領した場合、保険金の支払いによって、損害賠償額が減額されるのか、つまり損益相殺の対象となるかという点についてのご質問です。これは、受け取る保険金の種類によって異なります。
以下、具体的にご説明しましょう。

1 生命保険・被害者が加入している傷害保険

 皆様のかけている保険として一番先に頭に浮かぶのは自分に事故があった場合に支払われる生命保険、あるいは傷害保険でしょう。まず、生命保険金をかけていた方が亡くなり、遺族に生命保険金が支払われた場合、損害賠償額は影響を受けるのかという問題ですが、これは、損害賠償額から控除されません。(最判昭和39年9月25日判時385号51頁)そもそも、生命保険は、被害者(被保険者)が自ら掛け金を負担して、事故が生じた場合に保険金を受け取るものですし、賠償義務者の債務が減額されれば、この保険の利益を加害者が受けることになり、それは不当ですから、生命保険金を受け取っても、損害賠償額が減額されることはありません。生命保険に付帯している傷害・入院給付金、被害者が加入している傷害保険による給付も同様に解されています。

2 労災保険

 交通事故が同時に労災事故であった場合には、被害者は、労災保険による給付も、自賠責保険を中心とした自動車保険による請求も選択的に使用することができますが、労災保険から支給された給付については、損害賠償額から控除されるのが原則です。
 労災保険の支給のうち、療養給付のような医療関係の支給は、損害賠償でいえば治療費などの損害費目に充当されることになります。労災保険から支給された休業補償、後遺障害による障害補償給付については、損害賠償の休業損害、後遺障害逸失利益に充当されることになります。
 ところが、労災保険の給付には、労働者の損害の補償という面ではなく、労働福祉事業という側面で被害者に給付される特別支給金というものがあり、これは、休業補償給付のように保険者の代位を認める本来の損害填補性のあるものではないことから、損害賠償額に充当されないとされています。(最判平成8年2月23日判時1560号91頁)

3 国民年金法・厚生年金法・公務員共済組合法による障害年金給付

 これらは、損害賠償項目としては、後遺障害逸失利益との関係で問題になりますが、現実に支払いを受け、支払いを受けることが確定した分について損益相殺されます。(地方公務員共済組合法による退職年金の逸失利益と遺族年金に関する最判平成5年3月24日判時1499号49頁)これは、労災での障害年金も同様です。
 将来給付を受ける分については、給付額が不確定であるという理由で支給が確定した限度に損益相殺のできる範囲をとどめています。
このような解釈により、被害者は、将来分については、後遺障害逸失利益と年金給付を二重に受けることになるのですが、被害者が損害賠償を受けた場合には、国などは、このような年金給付はしなくてもよいことにはなってはいます。

4 介護保険

 今の損害賠償の金額で大きな割合を占めるのが、高次脳機能障害などにより、日常生活に介護を要する場合の介護費の支払いです。
 介護保険の被保険者は、交通事故の被害者の場合65歳からです。
この介護保険の場合も基本的には、4でご説明した、給付の確定した限度で、損害賠償額から控除するという実務運用になっています。

5 所得補償保険

 事故により休業し、所得を失った場合に支払われる保険会社との契約による私保険で、自営業者などが事故による休業に備えて加入しています。損害賠償でいえば休業損害に該当するのですが、実務的には、所得補償保険は、損害塡補性をもつとして、損害賠償金と損益相殺され、賠償金はその分減額されることになります。(最判平成元年1月19日判時1302号144頁)
 しかし、元々この保険は、約款に保険代位(被害者の賠償請求権が保険金の支払いにより保険会社に移ること)の規定がなく、実際加害者に対し代位請求もしていないことからこのような最判の立場には批判的な見方もあります。

6 搭乗者傷害保険

 自動車に乗っていて、傷害を受けた場合に支払われる傷害保険で、任意自動車保険に組み込まれています。搭乗者傷害保険金については、自動車に同乗する機会が多い、親族・知人など同乗者を手厚く保護する保険として損害填補性を有しないとされ、損益相殺できないとされています。(最判平成7年1月30日判タ763号256頁)
 従って、搭乗者傷害保険金を受領したからといってその分を賠償金額から減らされることはありません。しかし、搭乗者傷害保険金を受領した場合には、慰謝料の算定おいて考慮することができるという裁判例が多く見られます。
 例えば、Aの車に同乗していたBがC車に衝突され重傷を負った場合、BがAの自動車搭乗者として搭乗者傷害保険金1000万円を受領した場合を考えてみましょう。AにもCにも過失がある場合、BはA及びCに対して損害賠償請求が可能です。
その場合、前述の通り、損害賠償金から1000万円を減らすことはできないのですが、搭乗者傷害保険金の支払いがない場合の慰謝料額が2000万円とすれば、それから少しは減額しても良いのではないかというのが、慰謝料斟酌説の考え方です。
このような考えは、搭乗者傷害保険金の支払いの一部を損益相殺したのと同様ではないかとして反対する立場もありますが、最高裁の判例はなく、下級審の裁判例の多くは慰謝料で斟酌することは認めています。では、どの程度斟酌するかですが、裁判官との座談会などでは、概ね2割から3割程度、つまり1000万円の搭乗者傷害保険金が支払われた場合、本来の慰謝料から200から300万円程度低く算定するということがいわれています。
 なお、任意自動車保険の関係では、人身傷害補償保険の支払いがあった場合、代位との関係で、新保険法が差額説をとることを義務付けたため、各損害保険会社も人身傷害補償保険の約款の改訂を行いました。その改訂の方向と実務運用については各社ごとにかなり違いがあるのが実情であり、先に人身傷害補償保険を受領した場合に、本来の損害賠償請求権にどの程度影響を与えるか、あるいは、先に損害賠償して賠償金を受領した場合に、人身傷害補償保険の保険金をいくら受領できるかは、自賠責保険の取り扱いも含めて、理論的にも、実務的にも混乱した状況が続いています。

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