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弁護士コラム・論文・エッセイ

弁護士コラム・論文・エッセイ

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弁護士 園 高明

2022年10月27日

代車使用料の請求

園高明弁護士は2023年(令和5年)3月をもちまして当事務所を退所いたしましたが、本人の承諾を得て本ブログの掲載を継続させていただいております。

(丸の内中央法律事務所報No.41, 2022.8.1)

<はじめに>

 今回は、交通事故で車両が損傷した場合に、修理期間や買い替えに必要な期間について代車を使用する場合の問題についてご説明しようと思いますが、その前に、前回とりあげた東池袋暴走事故で問題になったペダル踏み間違い事故に関連して、EV車、PHV車の回生ブレーキについて問題になっていることに触れておきます。

 EV車、PHV車は、アクセルを踏むとモータが駆動力を生み出す一方、アクセルから足を離して減速するときには逆の力が働いて発電し、この発電に要する力がタイヤの回転の抵抗になって減速する仕組み(回生ブレーキ)です。脱炭素というだけでなく、減速エネルギーを再利用することができるのでエネルギー効率という面でも評価されているわけです。回生ブレーキはエンジンブレーキよりも強力な制動力を発揮でき、その強弱を制御して、ワンペダル(アクセルペダル)で減速具合をコントロールできるのです。回生ブレーキでの減速を強く作動させ、ブレーキペダルを踏まなくても日常の減速が可能になる場合には、これまでのようなブレーキペダルを踏んで自動車を止めるという動作がほとんどなくなるため、回生ブレーキでは間に合わない緊急ブレーキ時にアクセルペダルからブレーキペダルに踏みかえる動作を忘れ、離したアクセルペダルを踏み込んで急加速してしまうという誤動作にむすびついてしまうという指摘があります。通常運転では、ワンペダルコントロールは、ブレーキペダルとアクセルペダルとの踏み間違いのリスクを軽減しますが、緊急停止時には、ペダルの踏み間違い事故の一因になる可能性があり、今後議論になってくるかもしれません。ブレーキペダルによる減速を重視するメーカーのEVでは、回生ブレーキを弱めに設定しているものもあります。

<代車使用料の損害賠償>

 事故により損傷した車両は、買い替えるまでの期間や修理に必要な期間について、車両を使えないわけですから、代わりの自動車を借りる費用は損害賠償として認められるべきであるというのは誰もが一般的に認めることであり特に異論があるわけではありません。しかし、細かい点になると加害者・保険会社(以下、「保険会社」といいます。)と被害者とで対立が生じてきます。

 例えば、普段ほとんど使用せず、週1回の通院や時々家族でドライブに行くような使用状況の場合、修理期間全部について代車を使う必要があるのかという問題が生じてきます。これが、「代車使用の必要性」という問題です。

 また、被害車がロールスロイス、ベントレー、ベンツSクラス、BMW7シリーズ、ポルシェなどの高級外車の場合、被害者は同等の高級外車を要求しますが、このような要求は認められるのかという問題です。これが、「代車の相当性」という問題です。

 次に、代車が認められる期間はどのくらいかという問題です。修理期間や車両を買い替えて納車されるまでの期間は当然ですが、実際の交渉の場面では、保険会社が、事故車を確認して修理方法、金額について修理工場と協議するのが普通です。また、修理費が事故時の車両時価額を超えるのかどうかで修理するか買い替えるかの判断をしなければなりません。これらの交渉が円滑に進まず、修理に着手するのに時間がかかってしまう場合も少なくありません。この場合にその期間について代車使用が認められるのかというのが「代車使用の相当期間」の問題です。以下順次これらの問題点について説明します。

<代車の必要性>

 東京地方裁判所の民事交通部の裁判官講演(注1)では、代車の必要性の判断は、①被害車の事故前における使用目的(営業用車両か、通勤、通学用か、買物用かなど)、使用状況(幼い子供用の送迎に使用していた、大量の荷物を運ぶのに使用していたなど)②代替車両が存在し、その使用が可能であるかどうか、③自家用車の場合は、その使用目的、使用状況に照らして代替交通機関が存在し、その使用が可能、相当かが結論を左右するとしています。  

 営業や業務に使われる車両(法人所有の車両等)については原則として代車の必要性は認められますが、私的な用途に使用するため個人が保有している自家用車(いわゆる「マイカー」)であっても、病人・児童の送迎、買物等の日常生活の用に供されている場合には、直ちに代車の必要性が否定されることはないとしています。また、レジャー、趣味での使用でも、被害車を使用する具体的な計画が存在した場合に代車の必要性を認める可能性があるとしています。しかし、具体的な使用計画がなければ、被害者に鉄道やバスで旅行せよと要求するのが妥当とは思われません。短距離の移動と異なり、旅行の場合の交通手段選択の自由は尊重されるべきであり、代車使用が旅行期間に限られるのであれば、代車の必要性を否定する理由はないように思われます。なお、この問題は後に検討します。

 また、被害者が複数の車両を所有し、被害車以外に車両があっても、使用目的を異にする車両、例えば、セダンが事故にあったが、他の所有車がスポーツカーであった場合には、代車の必要性は認められています。

 なお、週1回の通院にマイカーを使用していた場合などは、実際に使用したタクシー代は代車費用の代わりに認められます。

<代車の相当性>

 これは古くからベンツ(高級外車の代名詞)の代車にベンツを要求できるか問題として議論があり、本誌2003年1月号でも取り上げました。「原状回復という損害賠償の理念からすれば、被害者は、原則として、被害車両と同一車種、グレードの車両についての代車料を請求することができるはずであり、同一車種、グレードの車両が希少車であったり、あるいはマニア向けの車種であったりするため、調達するのに著しく高額な費用を要する場合等にかぎり、使用目的や使用期間を考慮して減額するのが相当ではなかろうか。」という東京地方裁判所の民事交通部の裁判官の見解(注2)もありますが、裁判例の多くは、高級外車の1日の代車料5万円以上を認めず、国産高級車クラスの代車料概ね1日2万円余りを認めるにとどまっています。これは、代車が必要な期間は比較的短期で応急措置的なものであるから、そのような場合にまで高級な代車を要求するのは相当性を欠くという判断によるものです。詰まるところは裁判官の価値判断につきますが、このように考える裁判官が多数ということです。ただし、これは、1日の代車使用料が2万円を大きく超えるような場合であって、例えば国産高級車(1日当たり2万円)の代車が1日当たり1万円や1万5,000円(代車料は同格のものでも取扱い業者により差があるので金額は目安)に制限されるということではなく、被害車と同等な車格の代車は原則として認められますが、特に高額な場合には制限するという考えです。最近は国産車でもベンツの高級車に匹敵する車格の車もありますので、国産高級車なら良いというわけではなく1日の金額が問題です。

<代車使用の相当期間>

 代車使用が認められる期間は、実際の修理期間、買替に要する期間のみではなく、保険会社の担当者が被害者を納得させるための説明期間、交渉期間についても相当な期間に含まれるとされています。これは、対物事故処理におけるアジャスターの果たす役割の重要性や保険会社の示談交渉への関与の程度からして、対物事故の示談交渉場面で保険会社に被害者に対する説明義務があるからと説明されています。被害者と保険会社との修理、買替の交渉はときとして意見が対立して長引いてしまうケースも少なくありません。しかし、保険会社が合理的な説明をしたのに、被害者が新車の賠償を求めるなどの法律的に無理な要求をしたため交渉期間が延びてしまった場合などはその期間は代車を認める相当期間に含まれません。

 近時は、保険会社が代車の手配をして提供する場合もあります。保険会社としては、被害者が手配するよりも代車料を安価にする交渉ができるためです。しかし、この形態をとると被害者が代車の返却に応じないと保険会社に利用料の支払いが発生するリスクがあります。被害者が保険会社から代車使用打ち切りの要求に対し、納得できないとして返還を拒む場合もあるからです。この場合でも、代車使用の相当期間は前記の基準で判断されますので、被害者は、相当期間を超えて代車を使用し続けるとその間保険会社が業者に支払った代車費用について不当利得返還請求をされることになります。

<その他>

 解説書や裁判例で議論される代車使用料の問題点は上記のとおりですが、代車の必要性、相当性、相当期間の問題が関連するケースも想定できます。例えば、特定のスポーツカーメーカーが集まるクラブなどのイベントに参加する場合には特定のスポーツカーでなければならないことがあります。スポーツカーを日常は使用しませんし、一般的には代車の必要性は否定されることが多いと思います。また、高価なスポーツカーの代車料も当然高額になり1日5万円~10万円は普通でしょう。しかしながら、このようなクラブのイベントは1日から長くて3日くらいということが多いと思います。したがって、修理期間全部でなく、このイベントの前後を含めて3~4日という短期間であれば、その期間だけ代車の必要性があるとして代車料を認める余地はあるように思います。レジャー用のマイカーについて旅行期間に限って代車の必要性を認めるのと同様の考えがとれるものと考えます。

 ほとんど使わない代車に高額の代車料を長い期間認めることはできませんが、ベンツS550Lの代車としてレクサスLS600hを使用した場合、実際に使用した日数に制限して1日3万円余を認めた裁判例(注3)もあります。普段使いの自動車の代車料1日1万円、修理期間30日で30万円を普通に認めるわけですから、特殊な事情がある場合に代車料1日10万円でも3日なら認めても賠償額が高額に過ぎるとは言えないでしょう。

 このように言うと語弊があるかもしれませんが、裁判所には、修理費や車両の時価額の補償は経済的損失に対するものであるから完全に賠償される必要があるが、代車使用料は使用利益の侵害に対するもので付随的なものであるからあまり高額なものは認めにくいという感覚があるのかもしれません。被害者側の相談を受けた場合、代車使用料の請求には、裁判所はあまり優しくはないことは頭にいれて対応するようにしています。

注1 交通事故損害賠償額算定基準(通称「赤い本」)2006年版下巻84頁
注2 交通関係訴訟の実務(商事法務)437頁
注3 東京地判令和1年12月20日 交通民集52.6.1498

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