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弁護士 園 高明

2024年03月21日

後遺症(後遺障害)の基礎

園高明弁護士は2023年(令和5年)3月をもちまして当事務所を退所いたしましたが、本人の承諾を得て本ブログの掲載を継続させていただいております。

(丸の内中央法律事務所報No.44, 2024.1.1)

1 後遺症と後遺障害

 後遺症という言葉はよく使われます。最近では新型コロナウィルスにり患し、のどの痛みがなくなり熱は下がったけれども倦怠感、ブレインフォグなどの症状が残っている場合などコロナの後遺症という言い方をしています。また、性的暴行、パワハラ、セクハラなどによる精神的なダメージは暴行やハラスメントが終わった後も被害者に引き続き残るのでこれらも後遺症と言っています。

 損害賠償と結びつくときの後遺症は、このような日常用語を踏まえた法律用語とも言えますが、自動車(自動二輪車・原動機付自転車を含む)事故についての「後遺障害」は、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」といいます。)によって明確に決まっています。「後遺障害」は、①事故により受傷した傷害がなおったときに、②身体に残された精神的または肉体的な()損状態で、③傷害と後遺障害との間に相当因果関係が認められ、かつ、④その存在が医学的に認められる症状をさし、しかも、⑤自賠法施行令後遺障害別等級表別表第1、別表第2の規定(以下、「等級表」といいます。)に該当するものでなければなりません。自動車は、自賠責保険又は自賠責共済(以下、「自賠責保険」といいます。)が付保されることになっており、自動車事故による損害については、自賠責保険から保険金が支払われます。傷害については保険金120万円まで、後遺障害については4000万円から75万円までの保険金額が第1級から第14級までの後遺障害の程度に応じて定められています。

2 後遺障害の要件

 後遺障害として損害賠償が認められる要件について説明します。

 

 ①  「傷害がなおったとき」というのは治療効果がこれ以上期待できなくなり、将来において回復の見込めないものでその症状が固定した状態をさすものとされています。

 ② 「身体に残された精神的または肉体的な()損状態」を言いますが、肉体的な()損状態だけでなく、精神的な()損状態も含まれるので、事故後の精神疾患としてのPTSD、外傷性のうつ病なども後遺障害に含まれます。

 ③ 「傷害と後遺障害との間に相当因果関係が認められる」必要があります。その前提として、傷害が自動車事故によって生じたことが必要なことは言うまでもありません。自動車事故の場合には、外力により身体が損傷したことにより生じた症状と考えられるため、時間が経過するに従って人間の自己修復力によって症状が軽減していくのが一般的であることから、事故直後は症状が重く日時の経過とともに症状が軽減していくと考えられます。そのため、事故直後に診察、治療のため病院に行かず、事故後ある程度経過してから入通院するとその症状が事故によって生じたものか(事故と相当因果関係がある傷害といえる)が問題になってしまいます。仕事等で忙しく病院に行く時間がないこともあると思いますが、治療のためにも、また、適正な賠償を得るためにも、なるべく早い機会にまずは病院に行って診断してもらうことが大切です。

 ④ 「障害の存在が医学的に認められること」つまり「その存在が医学的に証明または説明可能であること」が要件となります。例えば、脳、脊髄、関節などにレントゲンやCTでは全く異常が認められないのに足が動かず、車いすの状態になってしまったというと医学的には証明できないことになるので、症状をみれば下半身全麻痺の等級表別表第1第1級ですが、第1級の後遺障害とは認められないということになります。

   等級表別表第2第14級9号の「局部に神経症状を残すもの」では、神経症状の存在は、医学的に証明を求めることが困難な場合もあるので、そのような症状が存在することが医学的に説明できれば第14級9号に該当することになります。

 ⑤ 「障害の内容が、等級表に該当すること」が必要です。一般に後遺症と思われる障害でも等級表に該当しないと自賠法による損害賠償の対象になりません。わかりやすい例で説明すると、等級表別表第2の第12級14号に「外貌に醜いあとを残すもの」があります。外貌とは、頭部、顔面、頸部のように日常露出している部分を言います。例えば、顔面の醜状痕は、10円銅貨大以上の瘢痕または3cm以上の線状痕をいうとされているので、その大きさ、長さに満たなければ後遺障害に該当しないということになります。

3 後遺障害の認定

 

(1)損害保険料率算出機構

   後述するように、医師により症状固定と診断されたきは後遺障害診断書が作成され、後遺障害診断書をもとに後遺障害の認定がなされます。後遺障害の認定は、加害車に付された自賠責保険を扱う保険会社が行う建前(後遺障害の認定通知は保険会社名でなされます)ですが、実際には損害保険料率算出機構(以下、「損保料率機構」といいます。)が統一的に行っています。自賠責保険は公的仕組みなので被害者について同一に処理する必要があるため、損保料率機構が全て行っています。

(2)被害者請求

   4項で事故直後から後遺障害認定までの経過を説明しますが、その前提として自賠責保険と任意保険の関係を理解しておく必要があります。保険の加入者(契約者)としては、自賠責保険とその上積み保険としての任意保険の違いはご承知でしょう。被害者は、傷害分、後遺障害分について事故車に付されていた自賠責保険の保険会社に対し直接請求することができます。これを被害者請求権と言って、治療費、通院の交通費、休業損害、後遺障害逸失利益、慰謝料などを請求できます。これについては、自賠責保険の支払い基準により支払われます。

(3)一括払い

   現在では、被害者が自賠責保険会社に対し、治療費や休業損害を直接請求することは稀で、任意保険会社は、被害者に対し、自賠責保険で支払う分も含めて支払います。これを「一括払い」と言います。自賠責保険と任意保険とは別の契約であり別の仕組みですから、本来なら、被害者は、自賠責保険会社に被害者請求をして、自賠責保険の支払い限度額を超えた分を任意保険会社に請求することになるはずです。しかし、これでは、被害者はあまりに不便です。また、任意保険会社は、被害者の請求について自賠責保険の限度額を超えた部分として支払うべきかどうかわからず事務処理が滞ることになります。そこで、任意保険会社が自賠責保険分も含めて被害者に支払う一括払い制度が定着しています。

(4)事前認定

   後遺障害の認定についても、任意保険会社は、後遺障害認定に必要な治療経過の診断書、治療内容の記載のある診療報酬明細書、画像、後遺障害診断書などをそろえて損保料率機構に送付し、後遺障害の認定を受けます。本来なら、任意保険会社は、後遺障害の損害賠償金を被害者に支払った後、自賠責保険会社に対し加害者請求して後遺障害等級の認定を得てから自賠責保険金の支払を受ける建前ですが、任意保険会社が賠償金を支払う前の自賠責保険の判断であることから「事前認定」と言っています。

   任意保険会社は、事前認定された等級を前提に示談して被害者に賠償金を支払っても、自賠責保険金額の範囲では保険金の支払いが確保されることになります。任意保険会社の一括払い制度や事前認定制度は、大量の交通事故による損害賠償金の支払いが円滑に、スピード感をもってなされることに寄与しています。

4 事故直後から後遺障害認定まで

 比較的多く生じる追突事故でいわゆるむち打ち損傷により通院した事例で後遺障害認定までの過程においてよく問題になる点を中心に説明します。

(1) 任意保険会社の内払い

   むち打ち損傷(医学的には外傷性頸部症候群という診断名になりますが、頸椎捻挫という診断名が記載されることもあります。)は、人間は重い頭を細い首で支えているため、外部からの衝撃により頭部の前後運動により頸部に損傷が生じることは医学的に説明できることであり、症状としては、頸部、背部の痛み、手足のしびれなどが主ですが、頸部筋肉の強直、血流障害などにより頭痛、目の異常などを伴うこともあります。したがってこれらの診察、検査、治療のための費用は当然損害賠償の対象になります。民法的には、被害者は病院との関係で診療契約を結んでおり、診療の報酬は通院した被害者が病院に支払うべきものですが、自動車事故の場合には、任意保険会社は、被害者が支払うべき治療費を被害者への賠償金として病院に直接支払うのが一般的です。任意保険会社のこのような病院への支払いは、損害賠償金の一部を払うので「内払い」と言っています。治療費以外にも通院の交通費、休業損害なども内払いとして任意保険会社から被害者に支払われます。このような任意保険会社の内払い制度は、損保協会(損害保険会社)と日本弁護士連合会とが協定し、損害保険会社は、損害の確定した金額を速やかに支払うとしたことに根拠があります。

(2)柔道整復師等の施術

   病院での診察、検査、治療費用は、このようにして任意保険会社が直接病院に支払うのであまり問題になることはありません。治療方法に関してよく問題になるのは、柔道整復師、鍼灸、マッサージによる施術(以下、これらを「施術」といます。)です。整形外科での治療は待ち時間や診察時間の問題などから敬遠され、柔道整復師の施術が利用されるケースもよく見られます。施術は痛みの軽減などの効果があり医療補助行為として賠償が認められます。しかし、医師と同様な診断書は作成できず、施術証明書が作成されます。治療の必要性、相当性は、医師により判断されるため、施術はときとして賠償の対象から除外されることがあります。医師の指示があれば、施術の必要性、相当性は認められますが、医師は積極的に施術を指示しないのが実情です。任意保険会社との交渉でも、短期間ならば医師の指示がなくても施術費用を内払いしますが、施術期間が長びくと施術費の支払いを打ち切るという対応になることが多いです。

(3) 症状固定

   後遺障害は、「傷害がなおったときに身体に残っている()損状態」であることから、十分な治療がなされることが前提です。治療の結果症状が完全になくなってしまえば問題ありませんが、症状が残存し良くならない場合の後遺障害を認定するには、「十分な治療がなされること」が前提になるため、治療行為が必要、相当なものであったことを証明できる医師の診断が重視されます。後遺障害の認定を得ることを考えれば、施術のみに頼るのではなく、少なくとも1~2週間に一度は整形外科に通院し診断、治療を受けておいたほうが良いと言えます。また、傷害が「なおったとき」というのは、傷害に対して行われる医学上一般的に承認された治療方法をもってしてもその効果が期待できない状態で、かつ、自然的経過によって到達すると認められる最終状態(症状固定)としています。症状固定は、医学的知見を踏まえた法的判断です。治療しても症状の軽減が認められないときには治療を終了して症状固定の診断をすることになります。また、治療直後には痛みが軽減してもすぐに元に戻ってしまう場合には治療の効果が認められないとして症状固定と判断されることもあります。医学的には、痛みが少しでも軽減すれば、治療効果はあるといえるので医療行為に意味がないとは言えません。しかし、そのような治療を継続しても損害賠償の問題はいつまでも解決できないので、症状固定と判断し、その後は後遺障害(痛みなどの神経症状が消失しない後遺障害)として損害賠償を考えることにしたものです。症状固定は、純粋に医学的な判断ではなく法的判断とされる所以です。症状固定の判断に関しては、任意保険会社も医師の判断を尊重することが多いと言えます。しかし、症状固定と判断されるとその後の治療費は治療効果を期待できないものとして原則として損害賠償の対象にならなくなります。

(4)症状固定か治療継続か

   むち打ち損傷で事故後6か月を過ぎても症状が残っている場合、被害者が治療を継続しようとしても、任意保険会社は、症状固定の診断を求め、その後の治療費を支払わないという対応をすることも少なくありません。被害者の症状には、衝突速度の高低などの事故状況、被害者の身体状況、生活状況などにより軽重があるので、6か月で治療を打ち切り(治療費の内払いの拒否)、症状固定の判断を求める対応に常に合理性があるとは言えません。任意保険会社からこのような対応をされた場合でも、被害者は、医師と相談して治療を続けたい場合には、症状固定の診断をせず健康保険に切り替えて治療を続けるという方法もあります。医師と相談して治療の終わりのめどを示せば、任意保険会社もそこまでは治療費の支払に応じてくれることもあります。また、症状固定の診断をしても、治療により一時的にでも痛みが軽減すれば被害者には意味があるので、健康保険を利用して治療するという方法もあります。弁護士は、症状の経過、症状固定と診断した場合の後遺障害認定の見通しなどを踏まえて対応を検討することになります。

   前述したように、症状固定の判断は、医学的知見を踏まえた法的判断であることから、症状固定の時期について被害者と任意保険会社とで争いになることも珍しくはありません。その場合には、最終的には損害賠償額の争いという形で裁判所により判断されることになります。

(5) 後遺障害診断書の任意保険会社への送付

   いずれにせよ、後遺障害の認定は、損害賠償請求額を決めるうえで症状固定の時期を含めてとても重要になります。後遺障害診断書(症状固定時期が記載されます)が作成された場合には、被害者がこれを任意保険会社に送付すれば、前記のように任意保険会社は損保料率機構に対し後遺障害の事前認定を申請します。認定結果(後遺障害等級又は後遺障害に該当しない)は、任意保険会社に通知され、さらに、任意保険会社から被害者に知らされることになります。後遺障害の認定結果に被害者が納得すれば、被害者と任意保険会社との間で最終的な損害賠償額の交渉に入ることになります。

5 最後に

 今回は、いわゆる後遺症のうち自賠法を基にする後遺障害を中心に説明しました。自動車事故により生じた障害が等級表に該当しない場合でも後遺症はありえます。2項⑤で説明したように10円銅貨大に満たない顔面の瘢痕は後遺障害に該当しなくても後遺症とは言えます。この場合に後遺症による損害賠償として逸失利益や慰謝料は認めなくてよいのかという問題があります。交通事故による損害賠償額の算定基準である「赤い本」や「青本」では、「後遺症による逸失利益」「後遺症慰謝料」として、自賠法による後遺障害に該当しない場合にも後遺症として損害賠償を認めうることを示しています。

 今回は、後遺障害についての損害賠償額の問題には触れませんでした。交通事故による損害賠償に関する最も大きな争点は、後遺症(後遺障害)の等級とその損害賠償額を決める逸失利益、慰謝料の算定ですので、次号ではこの点を解説したいと思います。 

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