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弁護士 園 高明

2024年11月13日

後遺症(後遺障害)の基礎2

園高明弁護士は2023年(令和5年)3月をもちまして当事務所を退所いたしましたが、本人の承諾を得て本ブログの掲載を継続させていただいております。

(丸の内中央法律事務所報No.45, 2024.8.1)

1 はじめに

 前回は、後遺症(後遺障害)の基礎として、後遺障害と後遺症との違い後遺障害の要件、後遺障害の認定がどのようにされるか、自賠責保険と任意保険との関係、追突事故で生じる頸椎捻挫に伴う症状や症状固定とはどのような状態をいうのかなどを説明しました。

 今回は後遺障害の損害賠償額に大きく影響する後遺障害等級について説明し、設例を用いて賠償額を解説します。

2 後遺障害別等級表

 後遺障害の損害賠償の損害費目は、後遺障害逸失利益及び後遺障害慰謝料です。いずれも後遺障害の等級が認定されることによりそれぞれの金額が算定されることになります。

 後遺障害別等級表には別表第1、別表第2があります。

 別表第1は、介護を要する後遺障害で「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」などが第1級、「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの」などが第2級とされています。別表第1には第3級以下の後遺障害はありません。

 別表第2は、第1級「両眼が失明したもの」1号から6号まで6つの障害が規定され、その後第2級から第14級「局部に神経症状を残すもの」9号まで合計133の障害が規定されています。後遺障害で介護を要する場合は少ないので、後遺障害の等級が〇級という場合は、別表第2の等級をさしていることがほとんどです。自賠責保険の後遺障害等級は、労働者災害補償保険法の支払い基準(以下、労災基準といいます)に準じた形で規定されているので、両基準はほとんど同じです。労災基準は、労働災害によって労働能力を失った被災者の損害のてん補を図るものです。交通事故でも障害によって労働能力を失った場合の賠償なので同様に考えられるのです。身体障害者福祉法による後遺障害程度等級表は、労働能力の喪失を填補するものではなく、身体障害に対しどのような公的サービスを提供するかという問題ですので全く異なります。

3 後遺障害の程度

 自動車事故で生じた上肢の損傷を例として上肢の関節機能障害(別表第2)について説明します。上肢の上腕骨、橈骨、尺骨等の骨折や肩関節、肘関節、手関節(上肢の三大関節)の損傷により生じます。

 関節の機能障害として最も重いのは、「三大関節の用を全廃したもの」で両上肢がこの状態になれば第1級第4号(労働能力喪失率100%)になります。両上肢の自由が全くきかないのですから最も重い後遺障害の程度となります。上肢の方側に三大関節の用の全廃が生じた場合には第5級6号(労働能力喪失率79%)とされています。また、片側の三大関節全部ではなく、二部分(例えば、肘・手)に生じた場合は第6級6号(労働能力喪失率67%)になり、三大関節の一つに生じた場合には第8級6号(労働能力喪失率45%)になります。強直というのは、関節が全く動かない状態と考えればよいですが、より程度の軽い障害として「関節の機能に著しい障害を残すもの」という基準があります。強直に至らない関節可動域の著しい機能障害というのは、三大関節のうちの一つの関節可動域が障害を受けていない側に比べて2分の1以下に制限されることで、この場合は第10級10号(労働能力喪失率27%)す。また、「三大関節のうちの一つの関節可動域に制限を残す(三大関節のうちの一つの関節可動域が障害を受けていない側に比べて4分の3以下に制限される)ものは、第12級6号(労働能力喪失率14%)になります。

 別表第2の等級に対する労働能力喪失率は、1級の100%から14級の5%までありますが、障害の重さに対応する労働能力喪失率は、それなりの合理性をもっていることがご理解いただけると思います。

4 後遺障害逸失利益と後遺障害慰謝料の基準化

 自賠法では、自賠責保険の後遺障害等級に応じて支払われる自賠責保険金額(上限額、以下では「自賠責保険金額」といいます)が定められています。現在の死亡の場合の自賠責保険金額は3000万円ですが、後遺障害の場合は介護を要する別表第1第1級で4000万円、同第2級で3000万円、別表第2第1級で3000万円、同第14級で75万円です。別表第1の自賠責保険金額が高いのは介護料が考慮されているからです。このように、後遺障害別等級表は、労働能力喪失率により、逸失利益を算定する基本になります。

 交通事故が多発した昭和40年代、交通事故の損害賠償額の基準を作り定額化していこうという考え方が主流になりました。その当時の交通事故死亡者は1万人を超え交通戦争といわれた時代で、交通事故に関する訴訟件数も膨大になりました。

 現在では当たり前の保険会社による示談代行制度(導入は昭和48年)もなく、多くの交通事故事件は裁判所に持ち込まれました。そこで、裁判について基準を作り、細かい損害項目(入院雑費、付添看護費等)や精神的苦痛に対する慰謝料などについては定額化することが裁判の実務で実践され、このような裁判基準が法律雑誌、(公財)日弁連交通事故相談センター東京支部(以下、「センター東京支部」といいます)が発行する赤い本に公表され今日に至っています。一時期、東京地方裁判所民事交通事故事件専門部(以下、「交通部」といいます)の裁判官が基準を公表していましたが、裁判官が裁判所名で公刊物に発表することには問題があると考える向きもあり、現在は交通部とセンター東京支部との意見交換を踏まえセンター東京支部が赤い本で基準を公表するという運用になっています。交通部も赤い本の基準による判断をしているため赤い本の基準を裁判基準ということもあります。

 後遺障害逸失利益は、同一の後遺障害で労働能力喪失率は同じでも、その基礎となる被害者の年収や年齢の違いがそのまま賠償金額に反映されます。しかし、後遺障害による精神的苦痛に対する慰謝料に関しては、年齢、収入に関係なく同一であるべきとの価値判断がありました。定額化の議論では、自賠責保険金額の80%を目途として慰謝料額とするとされていました。昭和49年当時、自賠責保険金額は後遺障害第1級で死亡と同じ1000万円でしたから、その当時の第1級の後遺障害慰謝料基準額は800万円でした。その後日本の高度経済成長とともに自賠責保険金額も順次引きあげられましたが、平成3年に第1級の自賠保険金額が3000万円に引き上げられて以後、平成14年に介護費用を考慮して別表第1が追加されたのみで自賠責保険金額の引き上げはありません。自賠責保険金額が3000万円とされた当時は1級の後遺障害慰謝料は自賠責保険金額の80%で2500万円でした。その後、自賠責保険金額の上昇はないものの、物価の上昇などを考慮して少し引きあげられ現在では第1級の後遺障害慰謝料は2800万円になっています。現在の赤い本基準では、第1級2800万円から第14級の110万円まで後遺障害等級ごとに金額が基準化されています。

5 設例

 30歳の年収500万円の会社員が、交通事故により上肢に損傷を受け、治療したが2年後に左肘関節が全く動かなくなり症状固定(32歳)した場合の後遺障害の損害額を計算してみましょう。

<逸失利益>

 次の計算式で算定されます。

 (1)基礎年収×(2)労働能力喪失率(%)×(3)就労可能年数の(4)ライプニッツ係数

=後遺障害逸失利益

(1) 基礎年収                           500万円

 事故後休業するなどして年収が減少していても原則として事故時の年収が基礎とされます。

(2) 労働能力喪失率                        27%

 一般的には、前記の労働能力喪失率に従ってこれを乗じます。第8級の後遺障害が残って実質的に退職を余儀なくされ、未就職や再就職しているが給与は相当低くなった場合などは、労働能力喪失率45%がそのまま認定されます。勤めていた会社に復帰して事故時の給与と同程度の給与が支払われており、実質的に所得の減少がない場合はどう考えるのでしょうか。

 そもそも、身体の障害によって働く能力が失われたことが損失(損害)とみれば、労働能力の喪失割合で後遺障害逸失利益を算定するのが合理的といえます。労災の補償ではそのような考えです。一方、事故前後の財産状態(所得)の差を損害として賠償を考えるとすれば、事故後も事故前と同等の収入をえられているのであれば、後遺障害逸失利益はないことになります。裁判所は、このような差額説に立って損害賠償を算定しているというのが一般的な理解です。しかし、後遺障害逸失利益は、症状固定時の症状が残存したことにより生じる将来発生する蓋然性のある損害を算定しようとするものですから、症状固定時に事故前と同額の給与が支払われ、減収が現実化していなくても、今後35年にわたって同じ所得を得られる保証はありません。昇進や転職において不利益を被ることも十分に考えられます。会社復帰時に同一の給与が払われているのは、会社側の配慮や特別の本人の努力によっている場合も考えられます。

 設問では、会社に復帰したが身体的に負担の少ない職場に配置転換され、給与も会社の配慮で減額されていなかったという想定で考えてみましょう。この場合には、職種などにもよりますが労働能力喪失率は10級の27%程度が相当といえそうです。症状固定後に収入が減少していない場合には45%の労働能力喪失率が認定されない可能性が想定されるので、想定される将来の不利益や本人の努力、会社の配慮により特別に減収を免れているに過ぎない事情を丁寧に説明する必要があります。

(3) 就労可能年数                         35年

症状固定し32歳から67歳までの35年 実際の定年は考慮されず、67才に近い人を除き、就労の終期は67歳とするのが一般的です。

 就労可能年齢の終期が67歳と決められたのも、昭和40年代の新生児の平均余命が67才であったことが理由です。その当時の勤労者の定年は55歳であったと思いますが、就労の終期の年齢は定年を考慮したものではありませんでした。その後、平均余命は大幅に伸びましたが、昭和40年代に採用された就労可能の終期を67才とする実務は今日まで引き継がれてきています。

(4) 就労可能年数35年に対するライプニッツ係数(3%)  21.4872

 本来は、将来受け取る収入(所得)を賠償時に受け取るのですから、年収を単純に加算すると金利分の利得が生じるのでその分を差し引くとの考えです。昨年、大谷選手がロサンジェルスドジャースと10年総額7億ドルの契約をした際、10年経過後に年俸の大部分を受領する契約と報じられました。受領しない間の金利や投資利益を大谷選手が請求しないことが話題になりました。投資利益は不確実としても少なくとも金利分は確実に稼げたはずとは言えます。日本では、預金しても年3%の金利は取得できませんが、民事法定利息が年3%なので、この利率でライプニッツ係数を計算しています。

(5) 後遺障害逸失利益額                    2900万7720円

 基礎年収×労働能力喪失率×就労可能年数のライプニッツ係数=後遺障害逸失利益

5,000,000×0.27×21.4872=29,007,720(円)

<後遺障害慰謝料>                       830万円

後遺障害慰謝料の支払い基準は4項に説明した通りです。設例では、第8級でしたので現在の赤い本基準では830万円となります。慰謝料は、後遺障害により不自由な生活を余儀なくされるなどの精神的苦痛を慰謝するものです。因みに第7級は1000万円(+170万円)、第9級は690万円(-140万円)です。後遺障害慰謝料は、等級による基準の規範性が最も強いといえます。死亡慰謝料にも基準がありますが、一家の支柱(2800万円)か否か(2000万円~2500万円)で大きな違いがありますし、同じ一家の支柱でも事情により100万円単位で違うこともあります。しかし、後遺障害慰謝料では100万円上乗せされる例は、逸失利益を認めない代わりに慰謝料で考慮するというような特殊な場合以外ほとんどありません。裁判官は、上位の等級(本事例では第7級)との差を重視しているからです

6 最後に

 今回は、後遺障害の損害賠償額算定の基本的な考え方を説明しました。損害賠償額の定額化は交通事故被害者の公平を念頭に押し進められてきたものです。しかし、後遺障害逸失利益の算定は個人の事情により大幅な差が生じることがご理解いただけたと思います。損害賠償額の交渉や訴訟において、慰謝料を裁判基準で主張するという以外にも逸失利益の算定には個々の事案ごとに主張、立証が必要な事項が多々あり弁護士が活躍すべき場面も多いのです。

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