2018年01月22日
園高明弁護士は2023年(令和5年)3月をもちまして当事務所を退所いたしましたが、本人の承諾を得て本ブログの掲載を継続させていただいております。
(丸の内中央法律事務所事務所報No.32, 2018.1.1)
私は、自動車を購入してまだ1年分のローンが残っているのですが、事故にあった場合、自動車の修理代や格落ちなどの損害について賠償を求めることができるのでしょうか。
物損が生じた場合に、被害者は原則として物件の完全な所有権を侵害された所有者ですから、損害賠償請求権も物件の所有者に帰属するのが原則です。ところが、道具としての自動車の損傷には、交換価値の侵害及び使用価値の侵害による損害があると考えられます。したがって、交換価値を把握している所有権者と使用権を有する使用者が分離した場合、それぞれにどの様な賠償を認めるのか、また、その両債権の関係はどうなるのかという問題があります。
また、物損の損害費目には、修理費のほかにも、買替差額、評価損、代車料などもあり、これらをどちらが請求できるのかについて解説します。
所有権は、売買契約があると買主に移転するのが一般的ですが、自動車ローンなど分割払いの場合には、代金を全額払う前に所有権が買主に移転し、買主が自由に処分できると代金の債権者である売主が損害を受けるので、所有権は、代金の完済まで売主にとどまるという売買形態が採用され、これを所有権留保付割賦販売契約(以下、「所有権留保付売買」といいます。)と呼びます。自動車ローンも、ディーラーに所有権が留保された契約になっています。
所有権留保付売買には売主の代金債権を担保する機能は認められますが、所有権に関しては、代金の完済を停止条件とする所有権移転契約ということで、所有権は、売主に帰属しているとされます。動産の割賦販売について、代金完済に至る間に買主の債権者が目的物に強制執行した場合には、売主は所有権を主張し、第三者異議の訴えを提起できるとしていた(最判昭和49年7月18日 民集28巻5号743頁)のもこのような解釈に基づくものです。
所有権留保付売買の売主には、買主の債務不履行の際には、自動車を取り戻し、換価したうえで残代金の回収を図るという権能があり、買主には、代金完済前に自動車を占有、利用するという権能が認められ、さらに、代金完済による所有権の取得という期待権が認められています。
少し余談になりますが、所有権留保付売買の効力に関するものとしては、最判平成21年3月10日(民集63巻3号385頁 判時2054号37頁)があります。同判決は、土地上に駐車した自動車について、土地所有者が、立替払い契約により所有権留保し所有名義を有する者に対し、自動車の撤去、不法行為による損害賠償請求をしたところ、所有権留保者は、期限の利益喪失による弁済期到来前は、自動車の占有、使用権限を有せず、弁済期到来するまでは撤去義務や不法行為責任を負うことはないが、弁済期が経過した後、買主から引き渡しを受け、これを売却してその残債務に充当することができるときは、留保された所有権が担保の性質を有するからといって撤去義務や不法行為責任を免れることはできないと判示しました。駐車場への車両放置は民事問題で警察も介入できず、駐車場経営者としては頭が痛い問題ですが、放置車両についても、代金未払いがあると所有権留保者の責任が認められます。
(1) 修理費
買主が自ら修理費を支払えば、加害者に代わって賠償金を支払ったことになるので、賠償者の代位規定(民法422条)の類推適用により、加害者に賠償請求ができることに関しては問題がないと思われます。では、買主が修理費を支払っていない場合をどうでしょうか。
買主は、所有権留保者を排除して自動車を使用占有することができることから、所有権留保車両の損壊は、使用者に対する不法行為に該当するとして、物理的損傷を回復するために必要な修理費相当額の損害賠償を請求できるとし、この場合には、修理の完了も必要としないとした判決があります。(東京地判平成26年11月25日交民47巻6号1423頁)
使用者である買主に賠償請求を認める根拠について、買主は、所有権者に対し修理、保守義務を負うかという点ですが、国産車、外国車を扱う所有権留保付売買で、売主又は信販会社に所有権が留保される場合に、買主の義務として修繕義務を明確に定めているものはあまりないようです。しかし、前述のとおり、買主には、代金完済前に自動車を占有、利用するという権能が認められ、さらに、代金完済による所有権の取得という期待権が認められています。また、所有権留保付売買には、売主は買主の修理を承認し(したがって、売主の承諾がなくても相当な修理はできる)、修理費は買主が負担するとの合意が含まれているとみることができるのではないでしょうか。結論としては、未修理のままでも修理費を損害賠償として加害者に請求できると考えらえます。
なお、所有権留保付売買において、買主が修理費を負担する旨の合意があったとしても、所有権留保者は、自動車の毀損による価値の低下について、損害賠償を請求することはできます。この場合、売主と買主の請求権は、一方に支払われれば、他方の権利も消滅する関係にあると考えられます。両債権の関係については連帯債権であるとする見解があります。(川原田貴弘「物損(所有者でない者からの損害賠償請求)について」 赤い本2017年版・下巻55頁)
(2) 買替差額費
次に、物理的全損の場合の価額賠償についての賠償です。近時、自動車の修理技術は進歩しており、物理的な全損は、車両が焼失してしまった場合、水没してしまった場合などに限られ、このような例外的な場合を除けば、費用をかければ修復は可能と思われます。このような物理的な全損の場合には、価額賠償の請求権は原則として所有者である売主に帰属すると考えられます。所有権留保を条件付き所有権移転と解している実務では、買替差額を請求できるのは売主であり、買主が代金全額を完済したときは、買主は売主に対し買替差額を民法536条2項但書及び304条の類推適用により請求しうると解することになると思われます(同旨 東京地判平成2年3月13日 判タ722号84頁)。
しかし、全損になっても、買主は、売主に対する代金支払い義務を負っていると考えられます。そこで、買主が売買代金を支払い続けた場合、売主は、売主の債務不履行の際に目的物を取り戻し、換価したうえで残代金の回収を図るという権能を行使する要件が整っていないのに、形式的所有権を理由に目的物の価格全額の賠償を認めることには疑問もあります。所有権留保の担保としての機能を重視すれば、売主が損害賠償請求できるのは利息を含めた未払代金残額に限られ、その余は、買主に帰属すると解する余地もあると思われます。もっとも、滅失により、買主が分割払の期限の利益を喪失していれば、このような余地はなくなります。
(3) 評価損
評価損とは、事故前の車両価格と修理後の車両価格の差額をいいます。裁判例では古くは評価損の発生を否定するものもありましたが、近時はあまり見かけなくなりました。評価損に関しては何度か報告しています(本誌2016年1月号LITSNo.28)のでそちらを参考にしてください。
評価損の請求権者ですが、評価損は自動車の交換価値の低下を意味しますから、所有権留保付売買の場合交換価値を把握している売主に帰属するというのが素直な帰結です。原則として所有者(売主、信販会社)が評価損を請求できるとし、所有権留保付売買の買主について、所有者ではなく代金も完済していないとして評価損の請求を否定した裁判例があります(東京地判平15年3月12日 交通民集36巻2号313頁、東京地判平21年12月24日 自保ジャーナル1821号104頁)。しかし、売主及び買主間に評価損の帰属について合意があれば、買主にも評価損の請求が認められます。割賦販売でも自動車の評価損に関心が強いのは使用している買主の方と思われますが、買主が評価損を請求する場合には、売主のディーラーと文書を交わし、買主が評価損を請求することについて同意する書面を取り付ける必要があります。
評価損について賠償されていない場合に買主が代金を完済したときは、買主は、未受領の評価損の請求権を民法536条2項但書、304条の類推適用により、取得し、評価損が売主に支払われているときは、536条2項但書の類推適用により評価損相当額を売主に請求しうると解されます。(山崎秀尚「リース・割賦販売と損害の範囲」赤い本2000年版279頁交通事故による損害賠償の諸問題Ⅲ17頁)
(4) 代車料
代車料は、使用権の侵害に対し認められるものであり、代車料の請求権者が買主であることに関しては特に問題はないと思われます。買主に代車料を認めた裁判例として東京地判平成15年3月12日(交民36巻2号313頁)があります。
所有権留保付売買で自動車を購入した場合には、買主は、代金を完済するまでは所有者ではありませんから、勝手にこれを処分してしまうと横領罪に問われる危険があります。しかし、買主には、代金完済前に自動車を占有、利用するという権能が認められ、さらに、代金完済による所有権の取得という期待権が認められていますから、期日に代金を払っている限り、自ら使用することに関しては所有者である売主の干渉を受けることはありません。事故にあった場合には、自らの判断で修理を行うことも可能で、加害者に修理費を請求することも可能です。
全損になった場合に損害賠償を請求できるのは、一般的には所有権を持っている売主と解されますが、代金を完済すれば、買主に売主の損害賠償請求権が移るので、この場合には全損の損害賠償金の請求ができ、買替えに伴う諸費用も請求が可能となります。
同様に評価損は原則として所有権のある売主に帰属していますが、買主は、売主の同意を得て、損害賠償を請求することは可能となります。