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弁護士 園 高明

2019年11月27日

交通事故事案で複数の加害者がいる場合の刑事責任と民事責任

園高明弁護士は2023年(令和5年)3月をもちまして当事務所を退所いたしましたが、本人の承諾を得て本ブログの掲載を継続させていただいております。

(丸の内中央法律事務所事務所報No.35, 2019.8.1)

はじめに 

 本号では、前号で原稿締め切り時期のためできなかった東名高速道路あおり運転致死傷事件判決の解説と令和元年5月8日発生した滋賀県大津市の園児死傷事件について解説し、加害者が複数いる場合の民事責任について説明します

第1 東名高速道路あおり運転致死傷事件続報

 前号(34号)の事務所報の原稿を書いている時点では、横浜地裁の判決がでておらず、原稿の最後の校正日にやっと判決がでたため、罪名(危険運転致死傷罪)と刑期(懲役18年)以外の判決の内容に触れることができませんでしたので、当職と判決との見解の違いをご説明します。

 まず、一番の争点であった停止行為により衝突の危険を生じさせたことは「重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」にあたるかという点について、判決は明確にこれにあたらないとしている点は当職の見解と同じです。理由についても同様の考えと思われます。違いは、判決は、停止前の進路変更、異常な接近行為を危険運転の実行行為ととらえ、その後の停止、被害車内またはその付近での暴言等の行為、後続車の追突、被害者家族の死傷の結果には相当因果関係があるという判断をした点です。私は、追突は、停止及び停止後の被告人の運転以外の行為によって生じたもので、危険運転行為との間に相当因果関係は認め難いと考えていました。この判決の因果関係についての見解によれば、今回のように追突した車両が大型トラックでなく、軽自動車でその軽自動車の搭乗者が死傷していた場合、危険運転致死傷罪が成立することになりそうです。危険運転致死傷罪は、危険運転行為に特定の被害者は想定されておらず、直前に割り込むなど危険運転をされた車両の搭乗者が死傷することは要件とされていないからです。しかし、この結論には違和感があります。

 また、公判前整理手続きの結果、検察官から監禁致死傷罪の予備的素因が追加されたということは、その段階では、裁判所は危険運転致死傷罪の成立は困難との判断を示唆したものと思われます。しかし、今般の判決でその判断が変わったのは、公判に関与した裁判員の意向が強かったことが想像されます。
裁判所としては、停止行為を「重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」に含めてしまうと同一の構成要件が規定される通行禁止道路の進行、高速道路や一方通行路での逆走(同法2条6号)について、逆走に気付き、危険を避けようと停止してしばらく経過した後に衝突があり死傷者がでた場合にも危険運転致死傷罪が成立してしまうことになります。これでは処罰の範囲を著しく拡大してしまうので、さすがにこの解釈は採用できないと考えたのでしょう。

 そこで、この事件について危険運転致死傷罪を適用するために苦心の末に採用したのが、被告人の被害者に対する継続的な意思(被害者に文句を言って謝罪させる)を媒介として停止前の危険な速度でのあおり運転行為、停止、暴言等、追突、死傷の結果との相当因果関係を認めるというものだったと考えられます。監禁致死傷罪では、被告人の悪質なあおり運転行為は犯罪を構成せず、監禁の動機にすぎなくなり、量刑も軽くならざるをえないことから、この事件の解決という面では危険運転致死傷罪を認めたのは妥当な判決という評価もできるように思います。現時点で、控訴審に関する報道はありませんが、東京高裁の判断がどうなるか注目されるところです。

第2 大津市園児死亡事故

事件の概要

 令和元年5月8日、滋賀県大津市で、歩道上の保育園児及び保育士が死傷するという痛ましい事故がありました。
 本件は、信号機のある交差点で、双方青信号表示で直進車と対向する右折車が衝突し、直進車が歩道上で待機していた園児の列に突っ込み、2名の園児が死亡し、十数名の園児、保育士が傷害を負うというものでした。

刑事処罰

 本件では、直進車及び右折車の運転者がともに逮捕されましたが、取り調べの結果、直接園児の列に突っ込んだ直進車の運転者は釈放され、右折車の運転者は釈放されず、一部からは直接死亡の原因となった直進車の運転者を釈放することに批判的な意見もあったようです。
 しかし、交通事故では、常に直接の傷害を負わせた車両の運転者の刑事責任が問われるわけではありません。東名高速あおり運転致死傷事件でも、直接の死傷を引き起こしたのは衝突した後続トラックでした。後続トラック運転者にも前方不注視ないし車間距離の不保持による被害者車両の発見遅れなどの過失があったと考えられますが、刑事責任は問われていないようです。

 刑事事件では、関与者(被疑者)が複数の場合、道交法上の交通ルールを基本として、刑事責任を問うか、またどのような責任を問うかが判断されます。今回は、右折車と直進車の事故で、双方に前方注意義務違反があり、双方に過失があることが想定されます。しかし、交差点を右折する車両には、当該交差点において直進しようとする車両の進行を妨害してはならない義務があります(道交法37条)。運転者においても、この義務は直進車優先として意識されている交通ルールであり一般的にも守られていることから、直進車は、右折待ちの車に注意は払いつつも、右折車は待機して自車をやり過ごすものとして運転しているといえます。
 
 一方、右折車は、直進車の進行を妨害してはならないのですから、直進車の有無を確認する前方注意義務があるのはもとより、直進車の位置、距離、速度等を正確に把握し、直進車がそのまま進行しても十分に安全に右折を完了させることができなければ右折してはなりません。
 報道によれば、右折車は、前方をよく見ておらず、直進車の存在を確認しないまま右折を始めたようであり、直進車は直前で右折を開始され、とっさにハンドルを左に切って避けたところ歩道にいた園児らの列に突っ込んだということのようです。直進車も右折車の動向(徐行、停止をしない可能性や待機位置からの発進を感じさせる動き)によっては、右折を開始することが予見できた可能性もあり、速めに減速し右折車の動向に注意を払えば本件のような大事故に至らなかった可能性もあり、直進車に全く過失がないとは言えないと思います。しかし、刑事事件では、右折車の過失が極めて重大であり、右折車の刑事責任を問うべきだとの判断は妥当と考えられます。
 直進車の刑事処分としては不起訴処分となる可能性が高いのではないでしょうか。

民事責任

 本件の場合、園児ら被害者との関係では、直進車も右折車も共同不法行為者として連帯して賠償責任を負います(民法719条)。賠償金の額を5500万円と仮定すると、右折車も直進車もそれぞれ5500万円の賠償責任を負いますが、被害者は1億1000万円を受け取れるわけではなく、直進車、右折車のどちらからでも総額5500万円を受け取れるということです。このような加害者の債務を不真正連帯債務と呼んでいます。
 
 民事責任の場合には、損害賠償の請求の際に過失割合が問題となることは皆さまご承知のことと思います。本件の事故でも、直進車の運転者が怪我をして、右折車に対し損害賠償を請求すると、右折車から直進車にも前方不注意などの過失があるからその過失分について賠償額を差し引くという主張になります。交通事故は一方的な過失で事故になるケースとしては赤信号と青信号車の事故やセンターオーバー事故などはありますが、多くは、双方の過失が相まって事故になることが多く、事故態様も基本類型として抽象化して議論できることから、昭和40年代から事故類型ごとに過失相殺率の認定基準が、民事交通事故専門部の裁判官により公表されており、現在は別冊判例タイムズ38号が交通賠償の実務で利用されています。
 
 因みに、別冊判例タイムズ38号では、四輪車のともに青信号の表示で対向する直進車右折車の事故では、過失の割合は直進車20%:右折車80%となっています。もっとも、この基本的な過失割合に対し、個々の事件ごとに基本的な過失割合を修正する要素が認められており、理論的には直進車の過失割合が0になる可能性もありますが、直進車にも何らかの落ち度があるのが通常なので、実務では0:100というのはほとんど経験しません。
 この過失割合は、最終的な賠償金額の負担割合にもなっていることから、右折車が被害者に5500万円を支払うと、基本過失割合を前提にすると20%の1100万円を直進車に求償するということになります。
 現在は、任意自動車保険会社が被害者に対する対応を行うのが一般的ですが、2台がかかわる同一の被害者に対する対応は、過失割合が大きい車両の任意保険会社が対応して一括して賠償金を支払い、過失割合に応じて過失割合の小さい車両の任意保険会社に求償するというのが実務です。

 


 

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