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弁護士 園 高明

2022年03月04日

東池袋暴走事故判決「被害者に寄り添った判決」

(丸の内中央法律事務所報No.40, 2022.1.1)

 2021年9月2日、東京地方裁判所は「東池袋暴走事故」について、被告人に対し禁固5年という実刑判決を言い渡しました。この事件についていくつかの報道機関から意見を求められ、その際事件の詳しい内容も判りましたので、自動車を運転していて死亡事故を起こした場合の加害者の刑事責任ではどのような事情が考慮されるのかについて触れながらご判決の内容をご紹介します。

1 東池袋暴走事故の概要

 2019年4月19日12時23分ごろ 、東京都豊島区東池袋4丁目の複数の交差点付近において 、高齢者の運転するトヨタプリウスが暴走して事故を起こし 、青信号で道路横断中の母子2人を死亡させ、9名に重軽傷を負わせた事案です 。

 事故状況を詳しくみると、被告人車は、東池袋4丁目7番先の交差点を左折した後速度を増して先行する複数の車両を進路変更しながら追い越して左歩道の縁石に衝突した後も暴走を続け、東池袋4丁目5番先の交差点(第1現場)に赤信号で進入して自転車の搭乗者をはね、さらに、東池袋4丁目4番先の交差点(第2現場)にも赤信号で進入し、母子搭乗の自転車をはねるとともに塵芥車に衝突して停止しました。悲惨なことに第2現場の自転車搭乗の母子が亡くなりました。一度に愛する妻と子を亡くされた被害者遺族に同情が集まる一方、加害者は、ブレーキペダルとアクセルペダルの踏み間違いの事実を認めず、自動車の機械的な誤作動が原因と主張し、高齢者が安全に運転できる自動車を造ってもらいたいなどいかにも前職の経済産業省の高級官僚的な上から目線の言動が伝えられ、裁判になっても無罪を争ったことから、加害者に対して社会的非難が集中し裁判の行方が注目されていました。そして、2021年9月2日に東京地方裁判所で有罪を認定したうえ禁固5年の実刑判決(執行猶予が付かない判決)が言い渡されました。

 結局、被告人は控訴しなかったために判決は確定し、その後被告人は収監されることになりました。

2 裁判の争点1

 暴走の原因は、被告人のブレーキペダルとアクセルペダルの踏み間違いか、車両の機械的な突発的異常による誤作動か 

 技術的な問題にかかわるためわかりにくいところもありますが、裁判所は被告人に過失を納得してもらうため極めて丁寧に判示しているので詳細は省き要点を説明します

(1) 裁判所がブレーキペダルとアクセルペダルの踏み間違いが原因と認定した積極的な事情

            

 ア  被告人車両(以下、「車両」といいます。)に自宅から本件事故現場(交差点を左折する)に至るまで特段の異常は確認されていないこと。この点については被告人も争っていません。

 イ 車両のS-VSC(注)が最後に作動したのは、左折後に進路変更をした際のものであり、そのデータでは、ブレーキペダルが踏まれていない一方アクセルペダルが最大限踏まれていたことを示していること。

  注 トヨタプリウスに採用されているステアリング協調車両安定装置 電動パワーステアリング、トラクションコントロール、ABSなどを協調して作動させ車両を安定化するシステム

 ウ 車両が加速し続けていたこと。ブレーキペダルとアクセルペダルを踏み間違えればアクセルペダルを強く踏み続けて加速することになります。裁判所は、走行実験の結果、警察の鑑定をもとに左折後第2現場まで車両が加速していた事実を認定しています。

 エ 車両のブレーキランプが故障していないと認定したうえブレーキランプの点灯が認められないこと。被告人に追い越された車両運転者3名の証言から認定しています。

 これらの事実から、被告人は、交差点を左折し始めたころにブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏みこみ左折終了後も踏み間違いに気づかぬまま第1現場、第2現場に至るまでアクセルペダルを最大限に踏み続けていたと認定しました。

(2) 弁護人主張の車両の誤作動についての判断

 弁護側がどのような車両の異常を主張していたかという点ですが、異常を示す具体的なものはなく、抽象的な可能性の指摘にとどまっています。裁判所は、

 

 ア 事故後の機能検査でペダル自体に異常は認められず、アクセルセンサ、エンジンスロットルセンサを同型車に取り付けて電圧検査をしたところ異常は認められず、同型車にアクセルセンサ等を取り付け走行検査したところペダルの異常は確認されなかったことからアクセルやブレーキについて異常は認められず、故障を疑わせる事情は一切認められないこと。

 イ 車両の加速の仕組みについてもメイン、サブという特性の異なる独立した二系統があり、双方の相関性を監視することにより異常が感知され、異常が感知されるとフェイルセーフ機能により低速でしか走行できなくなり、暴走が生じないようになっていること。

 ウ 暴走が生じる可能性を検討した結果、暴走が生じたとすればアクセル等のセンサについて特性の異なる二系統のセンサが同時に誤作動を起こしたうえで相当期間維持されたことになり、また、ハイブリットコントロールコンピューター内の制御CPUとこれを監視するCPUも同時に誤作動を起こすことも稀有であること。

 エ 制動についても油圧式ブレーキであり制動力を強くする倍力装置も搭載されており、事故前にブレーキフルードが漏れていなかったと認められるので少なくとも前輪の制動は最後まで利くようになっていること。

 オ アクセルとブレーキは別系統で影響を与えず、ブレーキペダルを踏んでいればセンサと関係のないブレーキは作動したはずであるからブレーキペダルを踏んでいれば暴走は生じないこと。

 これら複数のシステムの異常が左折後に一度に生じないと暴走は生じないことから、車両にアクセル系統、ブレーキ系統に異常が生じ、ブレーキランプまで一時的に作動しないという多種多様な異常が偶然重なる事態が生じることはきわめて稀有であり、車両の異常が発生して暴走した具体的、現実的可能性はないと判断しました。

 また、被告人は、暴走中座ったままの姿勢でちょっと視線を落としてアクセルペダルを目視したがペダルが床に張り付いていた。ブレーキペダルを踏んでいたが車両は止まらなかったと主張していたようです。常識的に見てこのような主張について納得する人はいないでしょう。思わぬ暴走に動揺している心理状態でアクセルペダルを目で確認をしたというのもいかにも空虚な感がします。裁判では、時間がたつにつれて被告人の記憶が自分に有利に修正され、いつか思い込みになるということもあるので、責任逃れのためあえて嘘をついたとまで断言できない面はあると思いますが、裁判所もこの被告人の主張を信用できないとして排除しています。

 結局、本件は、被告人がブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み続けたことにより暴走した事故と認定しました。

3 裁判の争点2 判決の量刑

(1)執行猶予の可能性

 裁判を見てきた報道機関は、有罪は動かないとしてもどのような刑になるのか、執行猶予が付くか、執行猶予が付かず実刑判決になるかが大きな関心事であったようです。被告人が高齢であったことから執行猶予がつくのではないかという点も考えていたようです。判決言い渡しの期日の前日、翌日の判決にコメントを依頼されたとき、高齢が執行猶予判決を選択する理由にされるのではないかという趣旨の質問がありました。刑事事件では、年齢は量刑の事情の一つではあります(年齢が若いというのは、特に初犯であれば更生できる可能性が高いという点で有利な事情とされます)が、本件の場合には影響はない、即ち高齢を理由に執行猶予とする判断はないと思うと説明しました。裁判所は高齢のため刑を実際に受けるか否かは判決確定後の刑の執行の段階で判断すればよいと考えるからです。

(2)過失運転致死罪の量刑

 過失運転致死罪判決の量刑傾向は、東名高速道路あおり運転事件についての本誌34号(2019,1,1)で解説しております。そのとき使用した平成29年版犯罪白書では、過失運転致死罪では実刑77件 執行猶予1360件でした。令和2年版犯罪白書でも同罪で実刑58件(3年を超える実刑は6件)、執行猶予1194件と傾向は変わらず)、過失運転致死事件では執行猶予の比率がかなり高いといえます。執行猶予が付く事案で最も重いのは、懲役3年執行猶予5年ですが、過失運転致死事件では、懲役刑ではなく禁固刑(懲役刑と異なり刑期中に労働作業を伴わない刑)が選択されることが多く、私の経験では、赤信号を見落として横断中の自転車、歩行者をはね1人死亡3人負傷という事案で、禁固3年、執行猶予5年という事案がありました。この案件では被告人は罪を認め裁判では謝罪をしておりました。この案件と対比して本件では死者が2人、負傷者も9人と被害者が多いこと、被告人が過失を争っていることから執行猶予がつくことはないと思っていました。一方、飲酒運転などの悪質な事故を招く危険な運転に起因した行為ではなく、誰もが犯す可能性のある前方不注視や運転操作の誤りといった通常の過失による事案は犯罪白書のデータからも執行猶予が付くなど量刑はさほど重くないことから、禁固4年程度かなと予想していました。

(3)本判決の刑の軽重について

 前述のとおり、本判決は酒気帯び運転のような悪質な運転行為に伴うものでないとして禁固刑を選択し刑期は5年という実刑判決でした。信号無視という結果になっているし、被害者が死亡した第2現場では速度が96㎞/hという高速になっていますが、被告人は故意に信号を無視し、故意に速度超過をしたわけではなく、ブレーキペダルとアクセルペダルの踏み間違いという誰もが起こしてしまう可能性がある過失であること、前述の同罪の量刑事情から考える私の予想より重い判決になりました。

 被害者・遺族に同情的なマスコミ関係の報道に関するコメントで、「重い判決」と言ってしまうのはいささか躊躇われたので、私は、被告人が納得できるようにブレーキペダルとアクセルペダルの踏み間違いの事実を詳細に認定したことも踏まえ「過失運転致死事件でも飲酒運転などではない運転操作ミスが原因の事案の中では、被害者、遺族に寄り添った判決」という趣旨のコメントを寄せました。

 他の実務家のコメントには端的に「量刑について予想より重い」という評価が多かったように思います。

(4) 裁判所の量刑の理由についての説示

 次に裁判所が禁固5年の判決とした事情について触れてみます。

  

 ア 結果の重大性と強い被害者の処罰感情

  2人が死亡し、9人が重軽傷を負っているので、被害者1名の場合に比して刑を重くするのは当然です。また、被害者がある事件では、被害者が被告人に対しどのような処罰を望むかは極めて重要です。加害者が謝罪しても死亡事故では遺族の感情が収まることはなく、重い処罰(実刑)を求める感情が強いのが普通です。

  まして、本件では被告人が自らの過失を認めていないので、被害者、遺族が強い処罰感情を持つのは当然です。

 イ 被告人の重大な過失、被害者に過失がないこと

  本件は、ブレーキペダルとアクセルペダルの踏み間違いという過失で、運転者のこれら操作を的確に行う義務に違反し、しかも踏み間違いに気づかないままアクセルを踏み続けた被告人の過失は重大です。一方、被害者は青信号に従って横断していたもので全く過失は認められません。

  双方が前方不注視で四輪車同士が衝突した交差点事故では、信号が赤・青である場合以外は、双方に過失が認められるので、死亡事故でも正式な公判手続きではなく交通違反と同様に罰金にとどまる場合もあります。本件では、被告人の過失が継続しており通常の過失に比べ重大と評価しています。

 ウ 被告人の公判廷における態度

  被告人はブレーキペダルとアクセルペダルを踏み間違えた記憶は全くないと述べ自らの過失を否定する態度に終始しており、事故に真摯に向き合い自分の過失について深い反省の念を有しているとはいえないとしています。被告人には黙秘権があり、罪を認めないことで重く処罰するとは言えないものの、過失運転致死事件では、被告人は自分の落ち度を認め被害者に心から陳謝するのが普通ですから、このような態度を見せない被告人は他の事件との関係では相対的に重く処罰されるのもやむを得ないと思います。

 エ 被告人に有利な事情

ⅰ 被告人の車両には、対人無制限の任意保険が付保されており、一部の被害者とは示談が成立し、他の被害者との関係でもいずれ適正額の賠償がなされると認められること。

  殺人など被害者死亡の刑事事件では、最低でも数千万円に及ぶ損害賠償金が支払われることはほとんどありませんが、交通事故については自動車保険の普及により相当な賠償金が支払われます。遺族の本意は、お金ではなく亡くなった人を返してほしいということにあるのはもちろんですが、法的には損害賠償金を支払うのは、遺族に対する償いであり、賠償がされるかされないかは量刑を決める大きな事情になります。過失運転致死事件では、保険金により賠償金が支払われることが被告人に有利な事情として斟酌され、執行猶予となる大きな理由の一つになっています。

  被害者死亡の場合には遺族は刑事裁判が終わるまで示談しないことが少なくありません。遺族は、被告人を重く処罰したいと思うのが一般的ですから、刑事裁判が決着するまでは、被告人に有利になる示談や賠償金の支払いには応じないのです。しかし、示談が成立していなくても賠償金が支払われる見込みであることは被告人に有利な事情として斟酌されます。

ⅱ 本件が広く報道され、被告人が社会から厳しい非難にさらされ、脅迫状をうけとるなどの社会的制裁をうけた点の考慮

  判決は、報道、脅迫などにより被告人が過度の社会的制裁を受けた不利益は被告人に有利に考慮すべき事情としていますが、社会的に非難されることはやむを得ない面があり、考慮する程度は自ずと限定されるとしています。実際はあまり考えていないというべきでしょう。

 被告人が90歳と高齢であり、体調も万全でないことは被告人に有利な事情として指摘はしていますが、これも重きがおかれているわけではないと思います。

  裁判官の思考過程では、これら被告人に有利な事情があるから事情がない場合に比べて何か月か刑期を短くしたということではなく、全ての事情を考慮して5年という刑期にしたということです。

4 最後に

 裁判所が被告人に対してブレーキペダルとアクセルペダルを踏み間違えたことが事故の原因であることを丁寧に説明した判決理由、刑期の選択、判決言い渡し後に裁判官が被告人に対し反省、謝罪を促す説諭をしたことなどから、被告人がこの判決を受け入れ控訴しなかった結果をみても、本判決は被害者、遺族に寄り添った判決であったと評価できると思います。

 なお、本事件後も高齢者の運転ミスによる悲惨な自動車事故が相次でおり、前号では高齢者運転の問題を取り上げました。高齢者が安全に運転できるように運転支援技術が発達しても、一部自動運転が可能になっても、最終的には人間の判断、操作によらねばならない自動車の運転について、万一事故になった場合の罪の重さを考えさせられるところです。

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