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弁護士コラム・論文・エッセイ

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弁護士 谷口 好幸

2026年07月29日

中小企業のリスク管理

 

1 会社法の定め

会社法は、大会社である取締役設置会社および委員会設置会社に対し、法務省令で定める内部統制システムを構築するために取締役会で決議することを義務づけており、(会社法第362条4項6号、同5項、第416条1項1号ロ、ホ、同2項、3項 )、その中には「損失の危険の管理に関する規程その他の体制」(会社法施行規則第100条1項2号)、すなわち「リスク管理体制」が含められています。

2 リスクとは何か。 

⑴ リスクの定義には様々なものがありますが、ここでは企業が費用を負担してまで発生を予防しなければならない事象(損失の危険:リスク)と定義します。

⑵ 経営リスク
経営者は、利益を上げるため、損失を被らないために企業を経営するのですから、リスク管理は経営そのものと言えます。
これを経営リスクとすると、経営リスクには市場の縮小、ビジネスモデルの陳腐化、競争激化、技術革新への対応の遅れ、事業承継の失敗などにより企業が損失を被ることをいい、国際情勢や国家間対立、政治・経済・軍事の変化によって、企業活動に混乱や損害が発生する場合を指す「地政学リスク」[1]もこの経営リスクに含まれると思います。

⑶ リスク管理体制が対象とするリスク
しかし、経営陣がこの経営リスクに対処することは当然のことでありますから、あえて整備する「リスク管理体制」(会社法施行規則第100条1項2号)が取り扱う「リスク」とは、経営判断だけでは回避することのできない「リスク」と捉えるべきです。そして、それらの代表例としては、概ね次の各リスクが挙げられると考えます。

 ①大地震など災害が発生した場合のリスク

 ②製品やサービスの安全性に関するリスク、社員の安全性に関するリスク(カスタマーハラスメントから社員を守る義務を含む)

 ③情報(企業秘密、個人情報など)が漏えいすることによって損失を被るリスク、それによって企業の信用が損なわれるリスク

 ④コンプライアンス違反を放置することで被害者から損害賠償を求められるリスクとそれによって企業の信用が損なわれるリスク[2]

 ⑤企業活動に伴う地球および周辺環境悪化に関するリスク

 ⑥人材不足が機能不全をもたらすリスク

 ⑦AIやSNS利用に伴うリスク[3]


[1] 近年は、海外との取引がない企業であっても、原材料調達、サプライチェーン、エネルギー価格、為替変動などを通じて影響を受けるケースが増えています。

[2] 人事・労務リスク
 労働法、労働基準法等の違反を問われるという意味で、コンプライアンス違反によるリスクに含まれると思います。例えば、長時間労働、未払い残業代、各種ハラスメント、問題社員対応などへの対応を怠ると、 訴訟、行政指導、人材流出、SNS炎上などに発展して損失が発生する可能性があります。

[3] 近時は、AI利用規程、SNS利用規程や社内ルールが未整備のまま社員がそれらを利用することにより、情報漏えい、著作権侵害、問題が発生する可能性があります。


3 中小企業におけるリスク管理

 

⑴ 中小企業においてもリスク管理が必要であること

  以上に取り上げた各リスクは、決して大企業特有のものではなく中小企業においても管理しなければならないものです。したがって、大会社と異なり会社法上リスク管理体制の構築が義務づけられていない中小企業においても身の丈に合ったリスク管理の仕組みを構築すべきです。

⑵ リスク管理における4つの手法対応

  ところで、リスク管理には次の4つの手法があるとされており、中小企業においてもこれらの手法を組み合わせてリスクを管理していくことになります。

 ①回避 (Avoidance)

  リスクの原因そのものを排除し、発生確率をゼロにすることです。例えば、危険な地域への進出を取りやめたりすることです。

 ②低減 / 緩和 (Mitigation)

  リスクの発生確率を下げる、または発生時の影響を小さくすることです。例えば、社員にリスク予防について教育し、リスクが現実化することを防ぐことです。

 ③移転 / 共有 (Transfer)

  リスクを他者に肩代わりしてもらう、または分散することです。例えば、損害保険に加入することです。

 ④保有 / 受容 (Retention)

  コストベネフィットを考慮し、リスクをそのまま受け入れることです。

⑵ PDCAサイクルによるリスク管理のスパイラルアップ

  リスクは一度対応すれば消滅するものではなく、また、社会や環境の変化とともにリスクの内容や対応の在り方も変容していくものです。このため企業は継続的にリスクを管理していかなければなりません。

  この継続的なリスク管理は、以下のとおりPDCAサイクルで運用することが望ましいと考えます。

  まず、各リスク管理に関し上記4つの手法を組み合わせて計画を策定し(Plan)、それに沿ってリスク管理を実行する(Do)。次に、その管理の状況を確認・評価し(Check)、足りない部分を改善して(Act)、次の計画に反映させるのです。これによって今年より来年、来年より再来年というようにリスク管理の質がスパイラルアップします。

⑶ 中小企業における最も深刻なリスクである人材不足と専門家の活用

  中小企業の場合、従業員数が少ないことから営業担当者すら不足しがちであり、その場合、十分な収益を上げることができないというリスクが生じます。中小企業においては人材不足そのものが営業上のリスクとなります。

  そのような場合、人手を遣り繰りしてリスク管理の担当者を選任することは困難ですから、中小企業においてはリスク管理体制を構築することはできず、リスクが野放しになるおそれがあります。この人材不足が機能不全をもたらすリスクについては、受容するというだけではだけでは中小企業の発展は望めませんし、従業員数を増やしてリスクを回避しようとしても人件費の大幅な増加をもたらすことから限界があります。その意味で、中小企業においては人材不足が最も深刻なリスクであると言って良いと思います。

  そこで、外部専門家の支援を中小企業におけるリスク管理体制に組み込んで、人手不足を補うことが考えられます。専門家の支援ですから,少人数で効率的なリスク管理が期待できますし、社員を雇って給与を支払うことに比べれば経費を抑えることが可能です。

  中小企業に関わる専門家としては、経営コンサルタント、公認会計士、税理士、弁護士などが考えられますが、それぞれが会社から受託する専門業務の他にリスク管理を担当する委員会(リスク管理委員会)の構成員になり、その委員会がその会社にふさわしいリスク管理のPDCAサイクルを構築するという体制が考えられます。

⑷ リスク管理において最も重要なキーパーソンは社長であること

  多くの中小企業においては、社長個人が会社全体の課題について統制しています。そこで、社長がリスク管理委員会の委員長になることもいいでしょうが、効率を図るために社長が最も信頼する専門家にリスク管理委員会の委員長を担ってもらい、社長と当該委員長との十分にコミュニケーションを前提に、その会社にふさわしいリスク管理のPDCAサイクルを検討・構築するということも考えられます。そして、社長自身がこのPDCAサイクルの運用を指揮命令し、場合によってはリスク管理委員会の構成員である各専門家が具体的な活動のプレーヤーになって、リスク管理の実を挙げるのです。

  このように考えると、リスク管理におけるキーパーソンは社長です。リスク管理を十分に機能させるためには、社長がリスク管理の重要性について理解し、リスク管理を強く「意欲」してリーダーシップを発揮することが最も重要なことです。

以上

 

 *本文の作成には株式会社クロスリンク・アドバイザリーの半田道社長から貴重なアドバイスをいただきました。ここに深謝いたします。

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