2024年11月13日
(丸の内中央法律事務所報No.45, 2024.8.1)
本年4月1日から丸の内中央法律事務所に所属しております弁護士の谷口です。それまでは株式会社東京ドームにおいてコンプライアンス・リスク管理本部長を仰せつかっておりました。そして、リスク管理のうち安全推進には平成26年(2014年)から約10年間携わり、グループ会社を含む企業体において、皆が安全を第一に行動してお客様の安全・安心を確保する安全文化を確立することに腐心して参りました。このような経験において、今、最も私の心に残っているフレーズは「ヒューマンエラーは結果であって原因ではない」というものです。
事故が起きた場合、その原因を短絡的に誰かのヒューマンエラーに求めることが多く認められます。しかし、事故の原因をヒューマンエラーと決めつけ、エラーした人の責任を問うだけですとそのヒューマンエラーを引き起こした原因が手つかずのままになり、同じヒューマンエラーと事故が繰り返されることになります。そこで、ヒューマンエラーが直接の原因となった事故においても、「ヒューマンエラーは結果であって原因ではない」との視点からそのヒューマンエラーを引き起こした原因は何かを考察し、それを改善していくことが事故の再発を防ぐことに繋がるのです。
では、ヒューマンエラーを引き起こす原因にはどういったものがあるのでしょうか。私は、最も大きな原因として「焦り」や「余裕のなさ」があげられると思います。タイムプレッシャーがきつく一刻も早く処理しようと焦っている場合、見落としや見間違えが起こりやすくなります。上司から利益の追求を強く求められると、それに気を取られた部下は安全に対する意識が薄くなってしまいます。訓練や教育が不十分な場合、緊急時に焦ってしまってどのような行動に出ればいいかわからなくなってしまうこともあります。組織の場合、タイムプレッシャーを与えたり、行動の優先順位を設定したり、訓練や教育を行うのは組織自身です。これらがヒューマンエラーの原因であるなら、その原因とは組織エラーということになります。したがいまして、企業は、従業員のヒューマンエラーを防ぐために、緊急時対応の教育・訓練を十分に行い、タイムプレッシャーを与えず、バランスの良い優先順位を設定するなど、従業員が余裕を持って物事に対処するためのマネジメントを考え、継続する必要があるのです。これは言うは易いのですが、総合的に深く考察したことを根気強く時間をかけて実践しなければならない、極めて難しいことだと思います。
ところで、弁護士としても「ヒューマンエラーは結果であって原因ではない」という視点はとても役に立つものと考えています。例えば、民法709条は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」として不法行為責任を定めています。また、民法715条第1項は、使用者の責任として「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。」と定めています。このうち「過失」とは結果回避義務があるのにそれを怠ったことをいい、ほぼヒューマンエラーと同じものと言ってもいいかもしれません。そうだとすると、「過失」とは、「結果」であって「原因」ではないという考えが真の過失責任を把握するにあたって重要な視点になるような気がします。単に過失のあった時点にとどまらず、さらに遡ってその過失の背景を考察することができ、また使用者と被用者との間で不法行為責任を適切に分配することに繋がるからです。
企業人として培った「ヒューマンエラーは結果であって原因ではない」という視点は、弁護士としても忘れてはならないものだと考えています。
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酷暑が続きます。皆様、くれぐれもご自愛ください。