• 事務所概要
  • 企業の皆様へ
  • 個人の皆様
  • 弁護士費用
  • ご利用方法
  • 所属弁護士

弁護士コラム・論文・エッセイ

弁護士コラム・論文・エッセイ

ホーム弁護士コラム・論文・エッセイ谷口弁護士著作 一覧 > カスタマーハラスメントに対する初期対応について
イメージ
弁護士 谷口 好幸

2025年01月22日

カスタマーハラスメントに対する初期対応について

1 カスタマーハラスメントの定義について

 2024年10月4日、「東京都カスタマーハラスメント防止条例」(カスハラ防止条例)が制定され、2025年4月1日から施行されます。カスハラ防止条例では、罰則を設けてはいないもののカスハラを禁止し(4条)、禁止されるカスハラを「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するものをいう」としました(2条5号)。
 そして、東京都は、令和6年12月19日に「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」(6産労雇労第1524号。以下「ガイドライン」といいます)を公表しこの定義について具体的に解説しています。
 ただし、実際に店舗等の現場で店員(就業者)が顧客等からクレームを申し立てられた場合にそれがカスハラに当たると瞬時に判断することは難しいことです。店員にとっては、カスハラとしての対応すべきかどうか困惑する場面が少なくないと思います。
 このため、店員が対応できず結局はカスハラ被害を被ることになっては元も子もありません。
 そこで、現場で就業者が第一次対応することを想定し、カスハラ被害が最小限にとどめられるようなオペレーションを考え、マニュアル化しておく必要があると思います。

2 事業者の努力義務

 ところで、カスハラ防止条例は、カスハラを禁止するだけでなく、カスハラの関係者、具体的には、顧客等、就業者、事業者および東京都といったカスハラに関係する各主体に対して、カスハラを防止させるための措置を講ずることを求めています。
 このうち、カスハラ防止条例第14条第1項では、「事業者は、顧客等からのカスタマー・ハラスメントを防止するための措置として、指針(筆者注:上記ガイドライン)に基づき、必要な体制の整備、カスタマー・ハラスメントを受けた就業者への配慮、カスタマー・ハラスメント防止のための手引の作成その他の措置を講ずるよう努めなければならない。」と規定し、同条第2項では、「就業者は、事業者が前項に規定するカスタマー・ハラスメント防止のための手引を作成したときは、当該手引を遵守するよう努めなければならない。」と規定しています。
 すなわち、事業者には、カスハラ対応のための手引き、マニュアル(以下「カスハラ対応マニュアル」といいます)を定める努力義務があるのです。

3 カスハラ対応マニュアルへの記載について

 そして、事業者がカスハラ対応マニュアルを作成する場合、上述のとおり、現場で就業者が第一次対応することを想定し、カスハラ被害が最小限にとどめられるようなオペレーションを考え、それを出発点としてマニュアルを作成する必要があります。
 以下、厚生労働省が2022年2月に公表した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」30頁の「現場でのクレーム初期対応(カスタマーハラスメントに発展させないために)」を参考に、各事業者がカスハラ対応マニュアルに記載すべき初期対応について考えてみます。

 ⑴ 店頭で対応せず、応接室等の個室に招いて二人以上で対応すること、顧客等からの要望等を記録する書式を記した書面を用意すること
 クレーム等に対する対応は原則として複数人で行うことが理想的で、その旨をマニュアルに明記するといいでしょう。しかし、お店の規模など状況によっては一人で対応せざるを得ないこともあります。その場合を想定して、予め「顧客要望シート」などという名称で、①顧客の氏名と連絡先(当該個人情報を得る目的は要望に回答するなど顧客等と連絡を取るためです)*1、➁要望のきっかけとなった事実の内容とかかる事実の根拠(証拠)、③要望内容、④対応内容等を記載する欄を設けた書面を用意し、これをマニュアルにも記載しておくことをお薦めします。
 顧客等から就業者が通常の注文の範囲を超えた要求を申し立てられた場合、就業者は、顧客等から、①から③までを聴き取り、その場で当該シートに記載することは、その内容自体がその後の対応に役立つだけでなく、顧客等の話を真摯に聞く姿勢を示すことで就業者も顧客等も冷静になること間々あります。「話し合った内容を正確に記録するために録音・録画をさせてください」*2と述べた上で、現場を録音・録画しているとしても対応者がメモをとる姿勢を示すことは有用だと思います。

 ⑵ 限定的であれば謝罪しても構わないこと
 正確に事実を把握できていない段階で、非を認めるかのような発言は控えたほうが良いですが、例えば、「この度は不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません。」というように不快感を抱かせたことを謝ることは構わないと思います。就業者は、非を認めるかのような発言は絶対に避けると思い込みやすいので、上記の程度の発言は許されることをマニュアルに明記しておくべきです。

 ⑶ 相手が感情的になっていても、丁寧な話し方で冷静に対応し、特によく話を聞くこと
 言葉遣いに注意し、専門用語などは使わないようにするとともに、途中で発言を遮ったり、反論はせず、相手の話をじっくり聞くと相手が落ち着いてくることがあります。
 そこで、マニュアルには、議論を避ける内容で事業者の経験を踏まえて顧客との遣り取りを台詞にして記載しておくと就業者に分かりやすく伝わると思います。顧客との遣り取りに関するロールプレイングによって就業者にオペレーショントレーニングを行う事業者もあります。

 ⑷ その場しのぎの対応はしないこと
 その場しのぎの対応は解決策に繋がるものではなく紛争を長期化するだけです。従って対応できないことは毅然として断るべきです。しかし、それは就業者にとって勇気のいることです。
 そこで、マニュアルにおいては、顧客のクレームに根拠があることが明らかである場合にその要求に直ちに応える場合の基準(要求に応えるための費用が3000円以内であることなどの基準)を明記し、事業者はそれを実行する権限を就業者に与え、そのことをマニュアルに明記します。他方、その基準を超える場合は、「上長と相談し回答する」とか、「即断できないので検討して回答する」などとして冷却期間を設けることをマニュアルに記載し、初期対応から本格対応へと段階をすすめるべきだと思います。

 ⑸ 顧客が大きい声を出したり、就業者に危険が及ぶような発言をしたら直ちに警察に通報し、その後弁護士に相談すること
 顧客がクレームを申し立てた場合、別室があればそこで対応すべきです。しかし、店舗によっては第三者が入ることのできるバックヤードもないこともあります。
 そして、別室であれ店頭であれ、顧客が静かにクレームを申し立ててきた場合は、上記の通り「顧客要望シート」などを使って、連絡先や事実等の聴き取りを行います。
 しかし、顧客が大きな声を出した場合はそれだけで恐怖を感じるでしょうから、私は警察に通報して良いと考えます。大きな声でなくても顧客が就業者に危険が及ぶような言動をした場合も 同様です。就業者が危険を感じているのに、我慢をしなければならない理由はないし、事後になって拙速との誹りを受けても大きな問題ではないからです。
 もっとも直ちに警察を呼ぶことに躊躇があるのであれば、少なくとも「大きな声を出されては困ります。大きな声を出すのなら警察を呼ぶことになります」と警告し、それでも大きな声を出す場合には警察に通報すれば良いと考えます。
 そして、このような場合、第一次対応後速やかに弁護士に相談することをお薦めします。少なからず就業者が危険を感じた事案なのですから、事後にせよ弁護士の助力があればその恐怖心を緩和することに役立つからです。
 これらもマニュアルに明記し、就業者に知らしめれば、就業者も安心して業務に励んでくれると思います。


*1 顧客等が就業者の氏名その他の個人情報を聞いてきても就業者は回答する必要はありません。顧客等はその現場におり、連絡先を認識しているからです。

*2 この言い回しもマニュアルに明記しておくと良いでしょう。

以 上

ページトップ