
2025年02月14日
(丸の内中央法律事務所報No.46, 2025.1.1)
令和5年4月26日、私立学校法の一部を改正する法律(以下「新法」といいます)が成立し、令和7年4月1日から施行されます。
今回の改正の趣旨は、私立学校が社会の信頼を得て一層発展していくために社会の要請に応えうる実効性のあるガバナンス改革を推進するためであり、その一環であるコンプライアンス経営においても理事の違法行為について法整備がなされました。
以下では、新法を中心に理事の違法行為に関する法対応についてご紹介したいと思います(参考文献:「実務私立学校法」小國隆輔著、日本加除出版株式会社)。
従前より理事は理事会の一員として他の理事の業務執行を監督し(現行法36条2項、新法36条2項、3項)、監事も理事の業務行状況を監査することとなっています(現行法37条3項3号、新法52条1号)。
従って、ある理事が違法行為(善管注意義務違反を含む)を行った場合あるいは行おうとしている場合、これを知った理事や監事は当該理事に注意喚起したり、理事会、監事、評議員会に事実を報告して対応を促したりするなど何らかの行動をとらなければならず、仮にこれを放置した場合はその理事や監事自身も善管注意義務に違反を理由に責任を問われることになります。
1 監事による訴え
理事の違法な職務行為について、令和5年改正前から監事がその職務執行を差止めることが認められていました(改正前40条の5、一般法人法103条)。そして、新法では監事が訴訟で差止めを求めることができることが明示されました(新法58条1項)。すなわち、理事が①学校法人の目的の範囲外の行為をしているとき、②学校法人の目的の範囲外の行為をするおそれがあるとき、③法令又は寄付行為に違反する行為をしているとき、④法令又は寄付行為に違反する行為をするおそれがあるときのいずれかに該当し、学校法人に著しい損害が生じるおそれがある場合、監事はその理事の職務行為差止めの訴えを提起できるのです。
2 評議員による訴え
新法では、次の通り、評議員会や評議員個人も理事の職行為の差し止めに関与することが明示されました。
⑴ 評議委員会の決議に基づく請求
上記①から④に該当し、学校法人に回復することができない損害*[1]が生じるおそれがあるときは、評議員会が、その決議に基づき、監事に対し理事の行為の差止めの訴えを提起するよう請求することができます(新法67条1項)。
⑵ 評議員個人による訴え提起
さらに、訴えを提起するよう監事に求める旨の議案が評議員会で否決されたとき、あるいは評議員会の決議後遅滞なく監事が訴訟提起その他の手段を執らないときは、評議員個人が、理事に対し、行為の差し止めを請求する訴えが提起できます(新法67条2項)
3 民事保全法23条2項に基づく仮の地位を定める仮処分の申し立て
ところで、監事も評議員個人も民事保全法23条2項に基づく仮の地位を定める仮処分を使って、理事の行為の差止を請求できます。そして、通常、裁判所が仮処分命令を出すには、仮処分を申し立てた者が相当額の担保を用意しなければならないのですが、監事がこの仮処分で行う場合には担保を供する必要がなく(新法58条2項)、それは評議員個人による申し立ての場合も同様です(新法67条3項)。
1 訴えによらない場合
改正前私学法30条1項5号は、理事を含む役員の解任の方法を寄付行為の必要的記載事項とすることで、役員の解任が可能であることを定めています。この場合、理事の解任は寄付行為の定めに従うことになります。
これに対し、新法では、新設される理事選任機関が理事の解任権を持つこととされ(新法33条1項)、当該理事が次の解任事由に該当すれば理事選任機関は理事を解任することができることとなりました。
① 職務上の義務に違反し、又は職務を怠ったとき
② 心身の故障のため、職務の執行に支障があり、又はこれに堪えないとき
③ その他寄付行為をもって定める事由があるとき
従って、理事選任機関は、理事の任務懈怠があれば損害が発生していなくても寄付行為で定められた手続きに従って理事を解任することができることになります。
そして、理事選任機関が評議員会以外である場合、評議員会は、理事選任機関に対し、評議員会決議に基づき解任事由に該当する理事の解任を求めることができることになりました(新法33条2項)。もっともこの解任請求自体には法的拘束力がないので、理事の解任を求められた理事選任機関が理事を解任しないと判断することもありえます。
2 理事解任の訴え
ところで、このように評議員会から理事選任機関に対する解任請求が機能しない場合、評議員個人が理事解任の訴えを提起することができます(新法33条3項)*[2]。
すなわち、新法33条3項では、
① 理事の職務執行に関し不正の行為または法令・寄付行為に違反する重大な事実があった(単に解任事由があるだけでは足りず、理事の職務執行に不正の行為があるか、法令・寄付行為違反の重大事実があった)にもかかわらず、評議員会において、理事選任機関に当該理事の解任を請求する議案が否決されたとき
② 評議員会において理事解任請求の議案が可決された日から2週間以内に、理事選任機関が当該理事を解任しなかったとき
評議員個人は、当該議案が否決された日又は当該決議があった日から2週間を経過した日から30日以内に、裁判所に当該理事の解任を請求する訴訟を提起できることとなりました。
1 学校法人の理事らに対する損害賠償請求(理事らの任務懈怠責任)
理事らがその任務を怠った(任務懈怠:善管注意義務違反)ことにより学校法人に損害を発生させた場合、学校法人はその理事らに対し損害賠償を請求することができます(新法88条1項、民法644条、民法415条、改正前私学法35条の2、新法30条4項、45条3項、61条3項、80条2項)。
この場合、学校法人が損害賠償請求権を有するのですから、通常は、学校法人の意思決定権限のある理事長、代表業務執行理事又は理事会が訴え提起の意思決定をすることになります。しかし、仲間の理事に対する損害賠償請求の意思決定をすることは期待できません。そこで、新法は理事らへの責任追及を次の通り制度化しました。
すなわち、新法では、評議員会が理事に対する訴訟提起を決議し、監事に対し訴訟提起を請求することとし(新法140条1項、2項)、監事が上記評議員会の決議があった日から60日以内に責任追及の訴えを提起しない場合、監事は、遅滞なく、訴訟を提起しない理由を評議員会に報告しなければならないことになりました(新法140条2項)。
もっとも、新法では、このように学校法人が責任追及の訴えを提起しない場合に、評議員個人が自ら訴訟を提起する制度を採用しませんでした。株主代表訴訟のある株式会社と比較すると、任務を懈怠した理事に対し少々甘いように思われます。
2 第三者に対する損害賠償責任
理事らが職務を行うについて悪意又は重大な過失があり、これによって第三者に損害が生じたときは、当該理事らは第三者に対して損害賠償責任を負います(新法89条1項)。改正前44条の3では理事と監事が対象でしたが、新法では評議員と会計監査人も加わりました。
さて、従前より理事らが第三者に対する注意義務を怠って損害を生じさせた場合は民法709条等の不法行為を理由として理事らは損害賠償責任を負います。これに対して、新法89条1項の場合は、悪意の対象が第三者に損害を生じさせることではなく任務懈怠であり、重過失の内容が第三者に対する注意義務違反ではなく、学校法人に対する任務懈怠です。すなわち、新法89条1項は、学校法人に対する義務違反を根拠に第三者に対し損害賠償責任を負うことがある旨を定めているのです。
企業に対してコンプライアンス経営が求められて久しいところですが、私立学校においてコンプライアンスが話題となり始めたのは、日大アメリカンフットボール部事件がきっかけで、ごく最近のことではないでしょうか。このような関心度の違いからなのか、教師は「聖職」(先生が悪いことをするはずがない)と言われてきたことと関係するのか、会社法がコンプライアンスに関係する各種制度を定めているのに比べて私学法は手薄でありました。
しかし、私立学校は、教育という公益的活動に携わるわけで、その意味で「聖職」なのですから、本来は、企業よりも厳格にコンプライアンスが求められてしかるべきです。今回の私学法改正によって、ようやく会社法並みのコンプライアンスに関する各種制度がそろうことになりました。
もっとも、制度だけではコンプライアンス違反が絶えるわけではないことは企業の事例を見れば明らかです。そして、コンプライアンスに最も有効な手立ては、企業文化にコンプライアンスが根付くことであると言われています。いかに経営トップでも自らを育ててくれた企業文化に反する行動はとりにくいからです。私立学校においても、本稿で紹介したコンプライアンスに関係する各種制度を理解するとともに、学校の理念にコンプライアンスを取り入れ、これを学風にすることが重要だと考えます。
以 上