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弁護士 谷口 好幸

2025年02月17日

顧客からの要求をカスタマーハラスメントと判断する場合について

1 最初に顧客の要求に接する就業者は、原則としてカスタマーハラスメント(カスハラ)と即断しないこと

不合理なクレームがある一方で、正当なクレーム、事業者として真摯に対応しなければならないクレームも多く存在します。その区別を現場で最初に顧客に接した就業者の判断に委ねると、誤って事業者として真摯に要求に応じるべきクレームをハラスメントとして対応してしまう危険があります。その場合、真摯に要求に応えれば問題なかったのに、対応を間違ってしまったために事業者が社会的に大きく非難されることもあります。

そこで、最初に顧客に接する就業者は、2⑴に述べる場合を除き、顧客の要求がカスハラに該当するかどうかを判断せずに、①顧客の氏名と連絡先、➁要求のきっかけとなった事実の内容とかかる事実の根拠(証拠)、③要求内容、をよく聴き取って書面に記録することに努めるべきです。

顧客の要求等を聴き取ったら就業者は、「上司(店主)に相談して回答します」として、第一次対応を終了し、上司(店主)に記録をもとに報告します。そして、報告を受けた上司(店主)が当該顧客の要求に応じるか、あるいは、改めて対応者を決めたうえで(以下、当初の就業者も含み就業者の中から改めて決められた対応者を「対応者」といいます)カスハラとして対応するかを判断することになります。大きな会社では正しい判断ができる体制を作り、そこで判断することになりますが、そのような体制のない場合は弁護士に相談したうえで判断すると良いでしょう。

2 顧客からの要求をカスタマーハラスメントと判断する基準

⑴ カスタマーハラスメントに該当することが明らかなため、例外的に就業者が直ちに警察に通報し、その後事業者が弁護士に損害賠償請求などの対応を相談してよい場合
私は、東京都の「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」(以下「東京都の指針」といいます)を参考にして、以下の具体例についてはカスタマーハラスメントとして直ちに警察に通報するなどの対応をとってよいと考えます。いずれも犯罪行為に該当する可能性があり、就業者が危険を感じているのに我慢をしなければならない理由はないし、事後になって拙速との誹りを受けても大きな問題にはならないと考えるからです。
ア 就業者への身体的な攻撃
  ・就業者に物を投げつける、唾を吐くなどの行為を行うこと。
  ・就業者を殴打する、足蹴りを行うなどの行為を行うこと。

  これらの行為は、暴行罪(刑法第208条)、傷害罪(刑法第204条)等に該当する可能性があります。

  イ 就業者への精神的な攻撃
  ・就業者や就業者の親族に危害を加えるような言動を行うこと。
  ・就業者を大声で執拗ように責め立て、金銭等を要求するなどの行為を行うこと。
  ・就業者の人格を否定するような言動を行うこと。
  ・多数の人がいる前で就業者の名誉を傷つける言動を行うこと。

  これらの行為は、脅迫罪(刑法第222条)、恐喝罪(刑法第249条)、名誉毀損罪(刑法第230条)、侮辱罪(刑法第231条)等に該当する可能性があります。

  ウ 就業者への威圧的な言動
  ・就業者に声を荒らげる、にらむ、話しながら物を叩くなどの言動を行うこと。
  ・大きな声で就業者の話を遮るなど高圧的に自らの要求を主張すること。
  ・就業者の話の揚げ足を取って大きな声で責め立てること。

  これらの行為は、脅迫罪(刑法第222条)、威力業務妨害罪(刑法第234条)等に該当する可能性があります。

  エ 就業者への土下座の要求
  ・就業者に謝罪の手段として土下座をするよう強要すること。

  これらの行為は、強要罪(刑法第223条)等に該当する可能性があります。

  オ 就業者への執拗ような(継続的な)言動
  ・就業者に対して必要以上に長時間にわたって厳しい叱責を繰り返すこと。
  ・就業者に対して何度も電話をして自らの要求を繰り返すこと。

  これらの行為は、威力業務妨害罪(刑法第234条)、偽計業務妨害罪(刑法第233条)等に該当する可能性があります。

  カ 就業者を拘束する行動
  ・長時間の居座りや電話等で就業者を拘束すること。

  ・就業者から店舗等から退去するように言われたにもかかわらず、正当な理由なく長時間にわたって居座り続
 けること。
  ・就業者を個室等で拘束し、長時間にわたって執拗ように自らの要求を繰り返すこと。
  これらの行為は、監禁罪(刑法第220条)、不退去罪(刑法第130条)、威力業務妨害罪(刑法第234条)、偽計業務妨害罪(刑法第233条)等に該当する可能性があります。

  キ 就業者への差別的な言動
  ・就業者の人種、職業、性的指向等に関する侮辱的な言動を行うこと。

  これらの行為は、名誉毀損罪(刑法第230条)、侮辱罪(刑法第231条)等に該当する可能性があります。

  ク 就業者への性的な言動
  ・就業者へわいせつな言動や行為を行うこと。
  ・就業者へのつきまとい行為を行うこと。

  これらの行為は、不同意わいせつ罪(刑法第176条)のほか、ストーカー規制法等に該当する可能性があります。

  ケ 就業者個人への攻撃や嫌がらせ
  ・就業者の服装や容姿等に関する中傷を行うこと。
  ・就業者を名指しした中傷をSNS等において行うこと。
  ・就業者の顔や名札等を撮影した画像を本人の許諾なくSNS等で公開すること。

  これらの行為は、名誉毀損罪(刑法第230条)、侮辱罪(刑法第231条)等に該当する可能性があります。

⑵ カスタマーハラスメントに該当するか否かを検討する必要がある場合の判断基準
⑴のように検討するまでもなくカスタマーハラスメントに当たる場合もあります。しかし、それ以外の多くの場合は、カスタマーハラスメントに当たるかどうかを判断するために事実の確認や顧客のクレーム(要求)内容等を検討する必要があります。私は、次の通りの判断基準に従って分析していくことが分かりやすいと考えています。

 ①クレームの原因となる事実は存在するか。顧客の要求は何か。
事実がなく、就業者(対応者)がそのことを顧客に説明しても要求を引き下げないとすると、それは、「言いがかり」であってカスハラに該当する可能性が高いと思います。また、事実と顧客からの要求がわからなければ、どう対応して良いのかも分かりません。このため、私は、事実の調査と顧客の要求内容の確認が初動において最も重要であると考えています。

 ②クレームの原因となる事実が存在するとして、当方の行為との因果関係があるか、当方に過失があるか。
因果関係や過失がなく、対応者がそのことを顧客に伝えても要求を引き下げない場合はカスタマーハラスメントに該当する可能性があります。但し、因果関係も過失も事実に対する法的評価ですから、その判断は難しいものです。したがって、因果関係や過失が明らかに存在しないと判断できる場合を除いて、事業者及び対応者は弁護士に相談するなど十分な検討が必要になります。

 ③クレームの原因となる事実、当方の行為との因果関係及び当方に過失があるとして顧客の要求内容は相当なものか。
不相当な要求内容であればカスハラに該当する可能性があります。東京都の指針では次の具体例が挙げられています。
・就業者が販売した商品とは全く関係のない私物の故障等について就業者に賠償を要求すること。
・就業者が販売する商品とは全く関係のない商品を販売するよう要求すること。
また、顧客等の要求内容や程度が社会通念上不相当なこともあります。例えば、東京都の指針では次の通りの記載があります。

例えば、商品やサービスの瑕疵を根拠に、顧客等から就業者に対して金銭による賠償や謝罪等を丁寧な口調で要求した場合であっても、その金額が社会通念上著しく高額であったり、正当な理由がない過度な謝罪を要求したりするものであれば、カスタマー・ハラスメントに該当する可能性がある。
また、顧客等の要求内容が、就業者にとっては不可能な行為であったり、どのように対応すれば良いか分からない抽象的な行為であったりする場合も、カスタマー・ハラスメントに該当する可能性がある。
ア 過度な商品交換の要求
就業者が提供した商品と比較して、社会通念上、著しく高額な商品や入手困難な商品と交換するよう要求すること。
イ 過度な金銭補償の要求
就業者が提供した商品・サービスと比較して、社会通念上、著しく高額な金銭による補償を要求すること。
ウ 過度な謝罪の要求
・就業者に正当な理由なく、上司や事業者の名前で謝罪文を書くよう要求すること。
・就業者に正当な理由なく、自宅に来て謝罪するよう要求すること。
エ その他不可能な行為や抽象的な行為の要求
・就業者に不可能な行為(法律を変えろ、子供を泣き止ませろ等)を要求すること。
・就業者に抽象的な行為(誠意を見せろ、納得させろ等)を要求すること。

3 事業者はどのように対応すれば良いか。

⑴ 2⑴のカスタマーハラスメントに該当することが明らかな場合

  私は、上記のとおり、カスタマーハラスメントに該当することが明らかな場合は、就業者が直ちに警察に通報し、その後弁護士に損害賠償請求などの対応を相談してよいと考えます。

⑵ 2⑵①クレームの原因となる事実が存在しない場合

  クレームの原因となる事実が存在しないのにも関わらず、顧客が要求行為をしてきた場合ですが、これは、「言いがかり」か、顧客等の「勘違い」ですので、事業者としては直接顧客に接している対応者を介して、丁寧に原因となる事実がないことを説明し、その上で顧客の要求を拒絶することになります。しかし、それでも顧客が納得せず、2⑴のカスタマーハラスメントに該当することが明らかな場合にエスカレートした場合、対応者は、警察に通報するか、弁護士に対応を相談するかして具体的な対応内容を決め、実行することになります。

⑶ 2⑵②の因果関係がないか、当方に過失がない場合

  因果関係がないとか過失がないというのは事実に対する法的評価ですので、対応者は弁護士などの専門家に相談したうえで回答するとよいと思います。しかし、それでも顧客が納得せず、2⑴のカスタマーハラスメントに該当することが明らかな場合にエスカレートした場合は、対応者は、警察に通報するか、弁護士に対応を相談するかして具体的な対応内容を決め、実行することになります。

⑷ 2⑵③クレームの原因となる事実、当方の行為との因果関係及び当方に過失はあるが、顧客の要求内容が不相当な場合

  まず、顧客のクレームの原因となる事実、当方の行為との因果関係及び当方に過失があるのですから、対応者から丁寧に謝罪をすべきです。そのうえで、顧客の要求が過剰である場合は、対応者はその旨を顧客に伝え、当方が相当と考えている内容とそれが相当と言える根拠を顧客に丁寧に説明することになります。

  不可能な行為や抽象的な行為の要求(「誠意を示せ」など)の場合も、まず対応者から丁寧に謝罪し、そのうえで、顧客の要求が不可能であること、あるいは抽象的で何をすべきか判断しかねることを顧客に丁寧に説明することになります。
そして、不可能な要求の場合は可能な対応の提案、抽象的な要求の場合は当方が取り得る対応を逆提案して納得してもらう努力をすることが考えられます。

  これらの遣り取りは、書面や少なくともメールで行い、記録を積み上げていくとよいですし、原因となる事実、因果関係、過失が存在しているのですから、負ける可能性の高い訴訟などにエスカレートしないよう弁護士などの専門家に相談しながら慎重に対応することになります。
ただ、顧客の態度が2⑴のカスタマーハラスメントに該当することが明らかな場合に至ったときは、要求内容にかかわらず、その態度自体がカスタマーハラスメントに該当するのですから、対応者は警察に通報するか、弁護士に対応を相談するかして具体的な対応内容を決めてかまわないと考えます。

4 最後に 

以上のとおり、顧客からの要求をカスタマーハラスメントと判断する基準とそれぞれの対応について、「東京都の指針」を参考に、私なりの考えを述べました。これらを参考にオペレーションマニュアルを作成し、ときにはロールプレイでトレーニングするなどして就業者が苦痛を味わうことなく業務ができる環境を整えていただきたいと思います。

以上

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