


2025年10月29日
(丸の内中央法律事務所報No.47, 2025.8.1)
 これまで男女間のセクシャルハラスメント、職場でのパワーハラスメントがクローズアップされてきましたが、最近は、顧客等(カスタマー)によるハラスメント(以下「カスハラ」といいます)が労働者の心身を蝕み就業環境を悪化させるものとして大きな問題となっています。
 そこで、2024年10月4日には東京都が「東京都・カスタマー・ハラスメント防止条例」(以下「東京都カスハラ防止条例」といいます)を制定しましたが、これ以外にカスハラ防止策を義務付ける法律はありませんでした。
 このため、労働者の就業環境整備を主な目的として、2025年6月4日に、労働施策総合推進法等の一部を改正する法律(以下「カスハラ対策法」といいます)が国会で可決・成立しました。
 カスハラ対策法は、公布日から起算して1年6月以内で政令で定める日に施行される予定となっています。したがって、2026年10月頃から施行される可能性があります。
 ⑴ 定義
 カスハラ対策法では、カスハラとは「職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの(顧客等の言動)により当該労働者の就業環境が害されること」をいうと定めらました(改正後の法33条)。
 例えば、顧客が店員(労働者)に対して欠陥がない商品を新しい商品に交換するよう労働者に要求する、店員に物を投げつけるなどの暴行を働く、暴言を吐く、土下座を強要する、長時間にわたって激しい叱責を繰り返すなどがカスハラに該当すると考えられます。
 ⑵ 事業者は対策を義務づけられる
 労働者がこのようなカスハラに曝されると、その心身を蝕む可能性がありますので、労働者に対する安全配慮義務を負う事業主としては何らかの対策を講じなければなりません。そこで、カスハラ対策法では、事業主に対し「雇用管理上の措置義務」を定めました(33条1項)。
 事業主の講じるべき「雇用管理上の措置義務」とは、労働者の就業環境がハラスメントによって害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、労働者の就業環境を害する当該ハラスメントへの対応の実効性を確保するために必要なその抑止のための措置その他事業主が講ずるべき措置に関する義務をいいます。事業主がこの義務に違反した場合、事業主は報告徴求命令、助言、指導、勧告または公表の対象となります。
 ⑶ 国も指針等を定めなければならない
 このほか、カスハラ対策法では、厚生労働大臣がカスハラの対象となる行為の具体例やそれに対して事業主が講ずべき措置の内容について指針を定めることとしています(33条4項)。
 ⑴ 「モンスターペアレント」対策
 ところで、教育界においては、従前から「モンスター・ペアレント」などと呼ばれるほど、保護者が教師に対して理不尽な要求や過剰なクレーム、威圧的な言動などを繰り返すことが社会問題となっていました。このため、教育行政では、保護者のクレーム対応については詳細なマニュアルを作成し*1、研修も実施されてきました。もっとも、これらは行政として行われてきたものであり、直接的な法律の定めはありませんでした。
 ⑵ 私立学校における「モンスターペアレント」対策はカスハラ対策
 カスハラ対策法が制定されたことで、私立学校を設置する学校法人(以下「私立学校」といいます)は保護者のクレーム対応について法的根拠を得たことになります。
 すなわち、私立学校は「事業主」に該当し、事業主に雇用されている教師はカスハラ対策法にいう「労働者」に、私立学校に授業料を支払う保護者は「顧客」に該当することになります。したがって、今後、私立学校は、カスハラ対策法における「雇用管理上の措置義務」の履行の一環として保護者等と対応していくことになり、上記厚生労働大臣が定める指針、東京都カスハラ防止条例、東京都の「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」(6産労雇労第1524号)などに従って、必要な体制の整備、保護者からハラスメントを受けた教師(労働者)への配慮、保護者からのハラスメント防止のための手引の作成その他の措置を講ずることになるのです。
 これによって従前は法的に明確な根拠がないまま保護者のクレームに対応せざるを得なかった教師が自信を持って対応できることになります。
*1 たとえば、東京都教育委員会が策定している「学校問題解決のための手引」や広島県教育委員会が策定している「保護者等対応事例集」など、優れたマニュアルがあり、これらは一般事業者にとっても大いに参考になります。
 ⑴ 保護者対応には背景に「子ども」が存在すること
 カスハラ対策法によって私立学校は一般の事業者と同じくカスタマーハラスメント対応をすることになりましたが、保護者のクレームには、背景に「子ども」が存在することに特殊性があります。
 親は子どものこととなると時として合理的な判断ができないほど熱く、過激になってしまう傾向があります。それは、子どもの意思に反するなど、子どもの利益にならないこともあります。
 学校は子どもの健全は成長のために存在します。したがって、学校としては、保護者のクレームが子どもの利益にならない場合は、毅然とした対応をとらなければなりません。
 また、保護者である親こそが最も子どもの健全な成長を願っています。したがって保護者からのクレームに対しては学校も同じ思いであることを、まず保護者に理解させることが大切だと思います。思いが同じであることを共有できれば、その後の議論が建設的なものになるからです。
 ⑵ 保護者対応において学校が怠ってはならないこと
 このように学校の保護者対応では、その場にいない子どもを第一に考えなくてはならないということが問題の中核であり、その対応において子どもを第一に考えることを決して怠ってはならないのです。
以上