
2025年08月21日
かつて私学法には役員の損賠賠償責任に関する規定はありませんでしたが、令和元年改正によって規定が設けられ、令和5年改正でも、評議員と会計監査人に関する規定が加えられたほか、概ね維持されています。
本稿では、責任追求の可能性の髙い理事に焦点を当てて、その義務と損害賠償責任を整理することとします。
①善管注意義務
理事と学校との関係は委任の規定に従うこと(私学法30条4項)から、理事は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意義務をもって委任事務を処理する義務を負う(民法644条)。
➁忠実義務
加えて、理事は、法令及び寄付行為を遵守し、学校法人のために忠実にその職務を行わなければならない(私学法38条)。
⑴ 任務の遂行
①理事会への出席と決議
理事は、理事会の構成員であり、理事会が行う学校法人の意思決定(なお、理事会決議事項については末尾参照)に参加する(私学法36条1項、2項)。このため、理事会への出席と決議への参加は、理事の最も基本的な任務といえる。
そこで、正当な理由なく理事会への欠席を繰り返すことは、理事の基本的な任務を怠ったものとして、善管注意義務違反又は忠実義務違反となる。
②業務執行
理事会決議によって、理事長、代表業務執行理事または業務執行理事に選定された理事(私学法37条)は、 学校法人の業務執行機関として、業務を執行する任務を担うことになる。
⑵ 監督義務、監視義務
理事は理事会の一員として他の理事の業務執行を監督し(現行法36条2項、新法36条2項、3項)、その一環として他の理事を監視する義務を負う。
従って、ある理事が違法行為(善管注意義務違反を含む)を行った場合あるいは行おうとしている場合、これを知った理事は当該理事に注意喚起したり、理事会、監事、評議員会に事実を報告して対応を促したりするなど何らかの行動をとらなければならず、仮にこれを放置した場合はその理事自身も善管注意義務違反を理由に責任を問われることになる。
⑶ 理事会への報告義務
理事長、代表業務執行理事または業務執行理事は、毎会計年度、4ヶ月を超える間隔を空けて2回以上、自己の職務執行の状況を理事会に報告しなければならない(私学法39条1項)。但し、大臣所轄学校法人等(例えば大学)では3ヶ月に1回以上報告しなければならない(私学法146条2項)。
⑷ 評議員会での説明義務
理事は、評議員会において評議員から特定の事項について説明を求められた場合は必要な説明をしなければならない(私学法39条2項本文)。したがって、理事は評議員会への出席義務を負うことになる。但し、寄付行為の定めによって、出席義務と説明義務を負う者を理事長、代表業務執行理事及び業務執行理事に限定することができる。
⑸ 監事への報告義務
理事は、学校法人に著しい損害を及ぼすおそれのある事実を発見したときは、直ちに、その事実を監事に報告しなければならない(私学法40条)
⑹ 競業取引制限、利益相反取引制限を遵守する義務
理事は、①個人又は法人の代表者として、学校法人の事業の部類に属する取引(競業取引)を行う場合、➁自己または第三者のために学校法人と取引をするなど学校法人と利益が相反する取引(利益相反取引)に当たる行為をしようとする場合、理事会に事前に開示し、承認を得なければならない(私学法40条、一般社団・財団法84条1項)。また、理事は、取引後も重要な事実を理事会に報告しなければならない(私学法40条、一般社団・財団法92条2項)。
⑴ 理事らの任務懈怠責任
理事らが上記各任務におけるその任務を怠ったこと(任務懈怠:善管注意義務違反)により学校法人に損害を発生させた場合、学校法人はその理事らに対し損害賠償を請求することができる(私学法88条1項、民法644条、民法415条)。
但し、理事が法令及び寄付行為を遵守して誠実に任務を遂行している限り、その経営判断によって結果的に学校に損害が生じても、善管注意義務違反を理由とする損害賠償責任を負う可能性は小さい*1。
*利益相反取引の場合の任務懈怠の推定
利益相反取引によって学校法人に損害が生じた場合、①当該取引を行った理事、➁学校法人が当該取引を行うことを決定した理事、③当該取引に関する理事会の承認決議で賛成をした理事は、いずれも任務を怠ったものと推定される(私学法88条3項)。
*連帯責任
同一事案で、複数の役員等の任務懈怠によって学校法人に損害が生じた場合、各役員等が負う損害賠償責任は、連帯債務となる(私学法90条)。
*1 経営判断の原則
⑵ 第三者に対する損害賠償責任
理事らは、第三者に対する注意義務を怠って損害を生じさせた場合、民法709条等の不法行為を理由として損害賠償責任を負う。
さらに、理事らが任務を行うについて悪意又は重大な過失があり、これによって第三者に損害が生じたときは、当該理事らは第三者に対して損害賠償責任を負う(私学法89条1項)。
この89条1項の場合は、民法709条などと違って、悪意の対象が第三者に損害を生じさせることではなく、悪意をもって任務を懈怠することであり、重過失の内容も第三者に対する注意義務違反ではなく、重大な過失により学校法人に対する任務を懈怠することである。
例えば、第三者から返済の見込みのない借り入れを行い、学校法人の経営破綻によって返済ができなくなった場合や、放漫経営によって学校法人が破産し、学校法人の債権者が損害を受けた場合などは学校法人に対する義務違反を根拠に理事が第三者に対し損害賠償責任を負うことになる。また、理事は、計算書類、事業報告書、これらの附属明細書、財産目録に記載すべき重要な事項についての虚偽記載、虚偽の登記、虚偽の広告を行った場合、これによって損害を被った第三者に損害賠償責任を負うことになる(私学法89条2項)。
以上
【参考文献】
小國隆輔著「実務私立学校法」 日本加除出版株式会社刊
【理事会決議事項】
法36条3項が列挙する理事会決議事項は、次のとおりである。
①重要な資産の処分及び譲受け(私学法36条3項1号)
➁多額の借財(私学法36条3項2号)
③校長その他の重要な役割を担う職員の選任及び解任(私学法36条3項3号)
④従たる事務所その他の重要な組織の設置、変更及び廃止(私学法36条3項4号)
⑤内部統制システムの整備(私学法36条3項5号)
⑥予算及び事業計画の作成又は変更(私学法36条3項6号)
⑦役員及び評議員に対する報酬等の支給基準の策定又は変更(私学法36条3項7号)
⑧収益事業に関する重要事項(私学法36条3項8号)
⑨①~⑧のほか、学校法人の業務に関する重要事項(私学法36条3項9号)
私学法36条3項以外の条文で理事会決議事項とされるのは、次の事項である。
⑩理事長、代表業務執行理事、業務執行理事の選定(私学法37条1項、3項、4項)
⑪代表業務執行理事及び業務執行理事の担当業務の決定(私学法37条7項、8項)
⑫競業取引及び利益相反取引の承認(私学法40条、一般法人法84条1項)
⑬理事会招集担当理事の指定(私学法41条1項)
⑭理事会の議事録に署名又は記名押印する理事の指定(私学法43条2項)
⑮評議員会の招集の決定(私学法70条2項)
⑯役員又は会計監査人の損害賠償責任の一部免除(私学法93条1項)
⑰補償契約の内容決定(私学法96条1項)
⑱役員又は会計監査人のために締結する賠償責任保険契約の内容決定(私学法97条1項)
⑲計算書類等の承認(私学法104条3項)
⑳財産目録の承認(私学法107条1項1号、私学則42条1項)
㉑寄附行為の変更(私学法108条1項)
㉒解散(私学法109条1項1号)
㉓合併(私学法126条1項)