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弁護士 友成 亮太

2022年10月27日

システム開発の失敗と責任の所在~野村HD vs 日本IBM~

(丸の内中央法律事務所報No.41, 2022.8.1)

1 はじめに

 2018年に経済産業省が「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン」を公表し、今後、企業がビジネス環境の変化に対応していくためにはデジタルトランスフォーメーション(DX)が必要である旨を指摘しました。その後、働き方改革やコロナ禍なども経てリモートワークが推進されるなど、企業活動にデジタル技術を活用していくことが迫られているといえます。

 このような時代の流れにおいて、企業がそれまでの業務をIT化したり、デジタル技術を活用してビジネスモデルを新たに生み出したりするため、自社向けのシステム開発をIT企業に委託したものの、希望するシステムが開発されずに頓挫するという事例が相当程度発生しているようです。2018年に日経コンピュータが企業IT部門等に行った調査によれば、「スケジュール」、「コスト」及び「満足度」の全ての条件を満たしたプロジェクトは52.8%にとどまり、残る47.2%は何らかの不具合が生じているという結果もあることから、システム開発はトラブルの生じやすい取引態様であるということもできます。

 そこで今回は、第一審と第二審(控訴審)で判断が分かれた野村HDと日本IBMとの裁判についてご紹介致します。

2 事案の概要(第一審判決より)

 野村HDは、日本IBMに対し、投資一任口座サービスに関するシステム(以下「本件システム」といいます)の開発を委託して契約を締結したところ、本件システムは、日本IBMが権利を有する既存のシステムをカスタマイズして開発することとなり、いわゆるウォーターフォール型で開発を進めることとなりました(ウォーターフォール型の開発手法は、①要件定義、②基本設計、③詳細設計、④テストという順序で各作業を滝が流れるように進めていく方法をいいます)。そして、本件システムの開発費用は、概算17億7900万円と当初予定され、野村HDは、本件システムと連動する他のシステムの刷新を2013年1月に予定していたため、本件システムも同月に稼働開始することを目標に2010年11月から開発業務を開始しました。

 本件システムの開発は両社においてプロジェクトマネジャを選定して進められ、2011年2月25日に要件定義フェーズが終了して要件定義書が作成され、その後に概要設計フェーズを進めていきましたが、開発が進むに従ってスケジュールが何度も見直され、個別契約が順次締結され、開発費用も増額されることになります。

 野村HDは、2013年1月からの稼働のため、本件システムと他のシステムとの連動テストを2012年7月から予定し、日本IBMに対して同年6月末までの納品を要請しましたが、日本IBMは修正作業に時間を要し、2013年1月に稼働するためには遅くとも2012年9月末までに障害対応を終えて同年10月末までに総合テストを完了する必要があるところ、スケジュール達成が困難であり品質上もリスクがあることを同年8月24日に野村HDに通知しました。その結果、野村HDは本件システムを2013年1月に稼働することを断念し、本件システムに刷新する予定であった既存のシステムを修正開発する方法を予備的に野村総研に委託しました。この時点の本件システムの出来は、野村HDとしてはあまりに品質が悪く完成見通しが立っていないとの認識であり、日本IBMとしては約90%対応済みであるとの認識だったそうです。

 その後、両社は開発遅延に対して検討を重ね、日本IBMが2012年10月に見直し計画を提案し、同計画によれば本件システムの稼働開始は当初の稼働予定時期から約8か月後の2013年9月とされていました。

 上記経緯の下、野村HDは、同見直し計画が有効な解決策とは評価できず本件システムの開発は失敗に終わったとして、2013年1月に全ての個別契約を解除する旨を通知し、日本IBMに対し、総額約36億1500万円の損害賠償を請求して訴訟提起しました。

 これに対し、日本IBMは野村HDに対し、総額約5億6300万円の報酬及び損害賠償を反訴請求しました。

3 第一審の判断(2019年3月20日)

(1)  第一審である東京地裁は、日本IBMが野村HDに対して16億2078万円を支払うべき旨の判決を言い渡すとともに、日本IBMの野村HDに対する請求を棄却しました。判決はかなり大部なもので詳細に事実認定されていますが、その理由を要約すると次の通りです。

(2)  本件システムの最終的な出来形と見直し計画について、双方から意見書が提出され、裁判所の専門委員の説明にも照らすと、本件システムは、社会通念に照らして客観的に見て、日本IBMの見直し計画によって完成が確実であったとは認められず、かえって野村HDにおいて完成や円滑な移行、稼働後の運用保守を危惧することもやむを得ないものであったと認められる。

   そして、本件システムが本来予定された時期に稼働できず、仮に稼働させても不具合が生じるリスクを指摘されたのは稼働予定時期まで4か月程度しか残されていない時期であり、日本IBMが指摘したリスクが顕在化した場合には野村HDの顧客へのサービスに支障を生じさせるのであって野村HDとしては到底許容できないものと考えられるから、2014年8月の時点で履行不能を来したものと認められる。

   但し、本件システムの開発は、フェーズごとに個別契約が締結されているところ、各個別契約は、本件システムの稼働を共通の目的としているものの、契約目的の達成不能と個別契約に基づく個別具体的な債務の履行不能とは分けて検討する必要があるから、全ての個別契約を履行不能と評価することはできない。

   野村HDに生じた損害は合計約19億1300万円であるところ、個別契約において責任制限条項が設けられているから、日本IBMが賠償すべき金額は受領済み代金額に限られる。

   他方、日本IBMの請求については、債務の本旨に従った履行があったとは言えないから報酬請求権が発生しない。

4 第二審(控訴審)の判断(2021年4月21日)

(1)  第二審である東京高裁は、第一審の判決を変更し、野村HDが日本IBMに対して約1億1200万円を支払うべき旨の判決を言い渡すとともに、野村HDの日本IBMに対する請求を棄却しました。第一審とは正反対の結論になり、その理由として詳細な事実認定がなされていますが、その理由を要約すると次の通りです。

(2)  各個別契約の締結に際し、本件システムを2013年1月に稼働させることがビジネス上の目標であったことは容易に推認できるし、その達成が両社にとって実績と信用になり、目標不達成であれば不名誉なことで信用低下に繋がることも推認できるが、ビジネス上の目標が重要であるからといって、その目標がそのまま契約上の債務として合意されるとは限らない。

   各個別契約は、フェーズ毎に分けて締結され、日本IBMが作業内容の実施を支援をすることや、プログラムを製作・納入することを債務として負う内容となっているが、本件システムを完成稼働することや2013年1月を履行期限とすることが記載されたことはない。

   したがって、各個別契約において、本件システムを完成して稼働させることや、その履行期限を2013年1月とすることは、日本IBMの債務の内容として合意されていなかった。

   そして、各個別契約の履行不能について、履行が完了したものは履行不能になり得ず、履行が完了していないものについても準委任契約であるから、日本IBMとしては本件システムを完成させる義務ではなく、2013年1月稼働を目標として誠実にサービスを提供すべき善管注意義務を負うにとどまる。本件システムが改善を要する点を多数抱えていたことは事実であるが、双方に原因があり、特に基本設計フェーズに入った後も野村HDが変更要求を繰り返して工数の著しい増大を繰り返したことに、より大きな原因がある。

   以上の次第であるから、日本IBMには債務不履行がなく、野村HDの請求には理由がない。

   他方、日本IBMが履行を完了した部分については報酬請求権が成立し、履行が完了していない部分についても出来高払い制で支払う旨の黙示の合意を推認できるから、報酬請求権が発生する。

5 コメント

 上記の通り、野村HDの請求が16億円認められた第一審の判決は、第二審において結論が逆転する判断となり、かえって日本IBMの請求が1億円認められる結果となりました。野村HDは上告しましたが、2021年12月までに取り下げたそうですので、第二審の判決が確定しました。

 第二審の判決が重視した理由は、個別契約の評価違いという観点もさることながら、判決文を参照する限り、野村HDがシステムに反映させたい業務を日本IBMに伝えるにあたって、特定の業務が属人化していて早期の段階で日本IBMに伝えることができておらず、野村HD内部のシステム開発部門と営業部門の意思疎通が希薄であり、さらに属人化した特定の業務を担う担当者がシステムの改善要求を小出しにしていたことが事情として大きいようです。

 冒頭に記載したDX化の流れに照らせば、今後の企業活動において、システム開発の外注は今後増えていきそうです。しかし、システム開発が頓挫したり、頓挫しないまでも発注者として不満足なシステムが完成することはよくあるようですし、訴訟になれば互いに損害賠償し合い、本件のように結論(判決)がどうなるか分からない場合も多いようですから、契約書の締結段階から契約相手との間のみならず社内の部署間でも綿密に意思疎通を図り、リスクを評価しリスクを抑えながらシステムを開発していくことが必要であるといえそうです。

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