
2005年12月12日
昨年商法が改正され、その中に含まれていた会社法に関する部分(第2篇)が独立し、これに有限会社法を吸収し、かつ、現在存在している合名、合資会社が新たな概念(持分会社)に一本化され、新たに会社法という単行法に生まれ変わった。会社法は979条から成り、民法に次ぐ大法典となった。この新会社法は会社をめぐる昨今の新たな社会・経済の動きに的確に対応できるようにし、学説や判例が分かれている箇所について立法的な解決を与えたものであり、立法史上の大事業であったことは疑いない。
そして、いままでの片仮名表記をやめ、平仮名を用い、平易な表現で記述され、読み易くなった。とはいえ新会社法の特徴として細かい点を法務省令の定めに譲り(但し、現在未制定のものも多い)また新会社法の定着に時間がかかり、社会に与える影響も甚大であることに鑑みて、会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律も定めたため、これらを合わせると新会社法の実質的なボリュームは厖大であり、法曹界もあげてその対応の大童わである。
昨今国の内外を問わず、会社経営の複雑化に伴い、深刻な問題が次々に生じ、経営者や株主を悩ませていることは周知の通りである。資本や経営権の争奪をめぐる争いは多発しており、これらの問題は多くの場合、「会社は一体誰の者?」といった観点から、会社の本質に及ぶ議論を伴っている。また会社経営の監査(監理)をめぐっても不祥事が発生して投資家や消費者に不信を与えた事例も少なくない。
本稿においては会社法における監査制度(主として大会社を中心とする)の問題点を指摘し、法的監査について一つの提案を試みようとする。
もとより大会社には監査役がおり、委員会等設置会社には監査委員会が設けられ、かつ会計監査法人が置かれて制度上は会社の経営監理体制は十分に整えられている。しかし、周知の通り監査役は事実上経営者(多くは代表取締役ないしCEOを兼ねる取締役)によって任命され、度重なる商法改正による権限強化策にもかかわらず、その独立性に遺憾があることが指摘されてきた。さればとて設けられた委員会等設置会社においても、それを構成する取締役にその任にふさわしい人材を得ることがさほど容易でないことと、それが縁故者から人選される(CEOの友達の友達はみな友達という現象)ことが少なくない現状に鑑み、商法が期待したほどの成果が挙がっているかどうかについて疑問の声も多く、委員会等設置会社に移行することを躊躇する会社も多い。
確かに会社経営の監査には大きな困難が伴う。ややもすると監査役は経営情報へのアクセスの面で不十分な立場に置かれ勝ちであり(敬して遠ざけられる)、十分な監査ができない場合も多い。社外監査役制度にしても監査委員会委員である取締役にしても、人材難と、各人が持っている"本業"との兼ね合いから片手間仕事を余儀なくされる等の理由から監査に本腰を入れにくい面がある。こうして会社の監査は会計のプロである監査法人に依存することに期待が寄せられるのであるが、これについても会社と癒着して不正を行う監査法人が現れるなど不信の声も絶えない。
会社の監理体制に関する商法の従来の戦略を概観すると、監査役の権限を拡張し、社外監査役を重用する一方で委員会設置会社を創設し、監査委員会を設ける選択肢を与えるという組織の柔軟化を図るとともに、公認会計士を社内に取り込みプロフェッションとしての知識を監査に活用しようとし、更には今般内部監査体制の構築を義務づけたことに照らすと商法全体の監理体制は専ら内部体制の強化に向けられてきた。
もちろんこれらの監査体制の充実に関する努力には見るべきものがある。しかし次のように考えてみてはどうだろうか。
会社や企業を経営することは多様な側面の管理を必要とする。即ち、マーケティング、生産、財務、販促、売買、労働、人事、拡販、輸送、会計、その他ビジネスはすべて法的側面を有する。そしてビジネスの最終責任は、その法的事象の管理に対する最終的な責任を含めて、挙げて取締役に存するのである。
例えば職場の環境や、経営組織をめぐる問題は法的問題そのものではないけれども、それらは法的側面を帯有している。職場環境の問題が従業員の士気を下げているというのであれば、人事編成やレイアウトの問題という経営学上の問題にとどまるかもしれない。しかし、それが労使間の摩擦を生ずることになれば労働協約や就業規則の法的側面が問題として浮上する。また組織間の摩擦が意思決定にマイナスに影響するような事態は、適切な組織の改正によって解決されるかもしれない。しかしそれが会社の内紛を惹起するとすればいくつかの論点について法的な側面をみせるようになろう。
こうしてビジネスの法的側面を取り扱う取締役の役割は、(1)法的問題を帯びるビジネスは何かを決定し、(2)弁護士を委嘱し、(3)法的問題を処理する弁護士のもとに持ち込むことである。こうした事柄の連鎖は通常、執行役、或いは普通は法的訓練を受けていないけれども潜在的な法的問題を認識すべきものとされている管理チーム(総務部や法務部など)から出発して取締役会へと至る。
しかし問題は、ますます複雑になるビジネスにおいてある事柄が法的問題であるかどうかの適切な見分けができにくいことにある。細ごまとした法令の規制にすべてのビジネスマンが通暁することは至難の業になりつつある。ビジネスにおける法的トラブル(個人的な法的生活についても同様だが)は、その初期の段階において認識し損なったことから生ずる。即ち多くの法的トラブルは、それが認識された後に問題の適切な解決策を見つけ損なうということに起因するよりは、問題が潜在していることを認識し損なうことによって生ずるということである。換言すれば、もし我々が問題の所在を発見したとすれば、必ずしも法的に従った方法以外の方法で解決されるかもしれない。しかし、問題の所在を知らないということは、それを知っていて法的解決が不適切であった場合よりもそのリスクが大きいということである。もし問題が存在していることが知られていれば経営者は少なくとも、包含されているリスクを測定する努力をし、ある危険を回避しそのリスクが現実のものとなったとき驚かなくてもすむ。さらに、ある場合は、「知られたる問題」を法以外の方法によって解決し、リスクを排除し、若しくは最小限にすることができる。もし法的問題が早期に発見されれば、いっそう役立つ解決策が見つかるかもしれず、多くの場合その問題が生じた後に要する費用より安いということである。
このような問題はもしすべての取締役や監査役が弁護士であれば比較的解決が容易であるかもしれない。しかし実際上そのような期待は不可能であるし、取締役の機能は弁護士の働きとは異なるものであるから、例外はあろうが不適切である。また弁護士に常勤を求めることも現実的ではない。監査役会や監査委員会、更には内部統制システムに法的な問題の早期発見を期待することは現段階における商法の到達点である。
しかし内部統制システムはこれから始まりつつある制度であるからその効果は未知数であるとしても、監査役制度や監査委員会については様々な制約があって商法の期待に十分応え切れていないことは既述の通りである。公認会計士による監査も、その機能の発展においてプロフェッション性を損なう例が生じた。
こうした制約を乗り越える一つの方法として法的監査(Legal Audit)が構想されうる。ここでは法的監査の語を目下デューデリジェンスと呼ばれる「取引前調査」を更に法的側面を強調した用語として用いる。デューデリジェンスは会社の合併、営業譲渡いわゆるM&Aと呼ばれる現象や特許等知的財産権の譲渡における評価、あるいは会社の再建策の策定などに用いられ、弁護士、弁理士、証券会社、銀行、コンサルタント等によって広く行われている。しかしその技法は未だ確立されているとは言えず、それぞれの業種によってその効果もまちまちである。
本稿に言う法的監査の提案は「取引前の調査例えば企業の売買、株式の公開等の範囲を超え、会社の事業年度の一定時期に、かつ、定期的に弁護士を中心とするプロフェッションによって全社的な法的検討を施す方法」を意味する。すべての会社(ないし企業)が年一度以上の頻度で、法的監査を受け、その結果としての法的監査レポートによる報告に基づいて会社経営を検討する。現在は会計事務に関する報告書になしで会社を経営することはできないが、それと同様のことを法的監査に期待するのである。
法的監査の理論的基盤は予防法preventive lawと呼ばれる法の分野である。
弁護士が依頼者から訴訟を引き受けるとき、弁護士は臨床法(curative law)実務に携わる。臨床法の実務においては、依頼者が法的紛争の存在を認識しているものと期待している。法的困難性は既に生じており、依頼者は弁護士の助力なくしては実現し遂げることのできない権利を実現して貰おうとして弁護士に相談する(その依頼者が原告である場合)か、若しくは他者から提起された権利の行使を防禦しようとして弁護士に相談する(その依頼者が被告である場合)。
しかし予防法は将来における法的紛争を予測することを求める。この場合における法的困難性はそれがあるとしても未だ生じていない。予防法が抑止しようとする将来の法的紛争は現存する法的紛争のようにくっきりした輪郭を描いていない。初期における法的困難性は、既に生じた法的困難性のように「明瞭ではない」のである。予防法に注目する法務担当者は紛争の端緒を弁護士の注目の下へと運ぶ事柄の発見の方法と行使の方法とを開発しなければならない。そして、予防法は、法的紛争がやがて現実の法的紛争になることを妨げるよう、法的紛争を早期に発見することに役立つ技術を必要とする。
臨床法の実務においては我々は依頼者にのみ依存して法的紛争を現実のものとして認識する。換言すれば依頼者が弁護士のもとにやってくるのである。他方、予防法の実務においては、弁護士が潜在的な法的紛争が存在するということを判定するために、依頼者を手助けするのである。換言すれば弁護士をビジネスの現場へと運ぶのである。
法的監査についての技法は確立されていない。当該会社の特色に従ったプロセスを仕立てることがこの手続の本質であろうが、製造会社に例をとって今一応の標準を示せばおおよそ次の通りである。
(1) 監査計画
監査対象(当該時期にどのユニット(部署)の監査を行うか)と、監査時期(会計期末に行うか期央において行うかなどの決定)
(2) チームの編成
(3) 質問表による調査及びインタビュー計画。
これは広いバリエーションを持つが、製造会社における調査表は、例えば(もちろんこれに限るわけではないが)、次のようなものになる(アイテムのみを掲げる)。
i)一般的事項
ii)市場との商品取引
iii)生産
iv)財務
v)株式
(4) 法的状況の描写
監査チームによる状況報告書の提出
(5) 法的分析と評価
会社と法律事務所の協同による法的状況の分析とその活用
上に述べた法的監査が、内部監査(会計を含む)と内部統制システムの充実を通じて為されれば申し分はないのであるが、本稿は既述の通りこれが不十分なることの虞れに着目している。内部監査の充実についてはリスクマネージメント・コミティと独立取締役制度も発案されているが(注1)、こうした提案とあわせて、外部の法律事務所が弁護士業務契約に基づいて独立して法的監査を行うことは組織の拘束性を免れた検討が期待されるがゆえに会社の経営にとって利益をもたらすに相違ない。そのためにも当事務所もそのためのスキルを磨いてゆきたいと思っている。
(注1)セイコーエプソン(株)総務部長の葛西誓司氏は会社のリスク監理体制の充実のためトータルな権限を持つリスクマネージメント・コミティと複数の独立取締役(2年任期の常勤とし、監査役会の監督を受ける制度)の創設を基本とする改革案を提案する。このプランは取締役会、リスクマネジメント・コミティ及び監査役会の三者の牽制組織であり、注目に値するものを含んでいる(「BAAB」(塚本企業法実務研究会)48号(平17.12.2)13~14頁)。本稿は葛西論文の執筆にあたり、葛西氏からいくつかのおたずねを受けたことをきっかけに、従前読み放しにしておいた資料にあたり、考えをまとめたものである。
(平17.12.12)