• 事務所概要
  • 企業の皆様へ
  • 個人の皆様
  • 弁護士費用
  • ご利用方法
  • 所属弁護士

弁護士コラム・論文・エッセイ

弁護士コラム・論文・エッセイ

イメージ
弁護士 山本 昌平

2010年01月01日

判例が実務に及ぼす影響

(丸の内中央法律事務所報No.16, 2010.1.1)

□ 皆様、新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。

 新年からちょっと固い話で恐縮ですが、今回は、裁判所の判断である判例が実務にどのように影響するのかについてお話しさせて頂きたいと思います。
 我が国裁判は基本的に地裁→高裁→最高裁の三審制をとっており、裁判所法には、上級審の裁判所における判断は、その事件について、下級審の裁判所を拘束すると規定されております(4条)。ですから、ある地方裁判所が判断した内容が上級審である高等裁判所により覆されることがあります。そして、最終的には最高裁判所における判断に実務が従うことになります。
 この裁判所による判例は、法律の解釈を補い、またこれまで判断されたことのない問題に対する新たな法解釈を定立するなど、実務に与える影響が極めて大きく、我々実務家にとって特に最上級審である最高裁判所の最新の動向を把握しておくことは、日々の業務にとって欠かせないものです。そのため、伝統的な判例付の六法からインターネットによる判例検索システムなどの様々なツールなども利用されております。
 今回は、この判例が実務に具体的にどのように影響を与えていくのかにつき、ある建築紛争の事例を通じて、ご説明させて頂きたいと思います。

□ 今回ご紹介する判例の事案は、9階建ての共同住宅・店舗として建築された建物を建築主から購入した買主が、ひび割れや鉄筋の耐力低下等の瑕疵があるとして、建物の設計・工事監理をした者や工事の施工業者に対して不法行為の責任等を追及した事案です。
 この事案は第一審の大分地裁(平成15年2月24日判決)、第二審の福岡高裁(平成16年12月16日判決 判例タイムズNo.1180 209頁)、最高裁(平成19年7月6日判決 判例タイムズNo.1252 120頁)という流れを辿りました。
 この裁判で問題となったのは、直接契約をしていない施工業者等に対して不法行為に基づく責任を追及するためには、どのような要件が必要かでした。不法行為は民法709条以下に規定がありますが、709条の条文は抽象的な規定しかしておらず、具体的要件がはっきりしていないことから問題になりました。
 一審の大分地裁は施工業者等に対し不法行為に基づく賠償責任を認めましたが、第二審の福岡高裁は、「建築された建物に瑕疵があるからといって、その請負人や設計・工事監理をした者について当然に不法行為の成立が問題になるわけではなく、その違法性が強度である場合」に不法行為が成立するとし、「・・瑕疵の程度・内容が重大で、目的物の存在自体が社会的に危険な状態である場合等」がその例であるとし、本事案の場合には、不法行為には該当しないと判示しました。つまり、不法行為が成立する場合を違法性が強度である場合に限定的に解釈したのです。
 これに対し、最高裁は、まず「建物は、そこに居住する者、そこで働く者、そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに、当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから、建物は、これらの建物利用者や隣人、通行人等・・の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物としての基本的な安全性というべきである。」と判示し、いわば建物が社会的な存在で安全性を備えていなければならないとしました。その上で、「建物の建築に携わる設計者、施工者及び工事監理者・・は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないよう配慮すべき注意義務を負う」として、施工業者等が、契約関係にない居住者等に対しても安全配慮義務を負っていると判示し、第二審のように建物の基礎や構造く体に不法行為が成立する場合を限定しませんでした。そして、本件建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるか審理を尽くさせるために、福岡高裁に差し戻しました。

□ 以上のとおり、第二審の福岡高裁が、強度の違法性を要件とする解釈を打ち出したのに対し、最高裁判所は、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」か否かという新しい解釈を定立し、第二審の福岡高裁の判断には与しませんでした。
  裁判所特に最高裁判所の判断が出た以上、この実務は、この判断に従い動くことになります。これまで争いがあった部分につき最高裁の判断が示された意義は大きく、特に欠陥住宅の賠償に関し、設計・工事監理をした者や施工業者の責任の範囲を広げる判断を示した点では大きな影響力を持つ判例といえます。

□ ちょっと難しかったでしょうか。最高裁の判断出た以上、それで解決だと思う方いらっしゃるかもしれませんが、実は本問題はそれでは解決しないのです。この最高裁は、「建物としての基本的な安全性が欠けることがないよう配慮すべき注意義務を負う」と判示しておりますが、どのような場合に「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」に該当するのか明示しなかったことから、この点については、さらに下級審の判断を待つことになったのです。最高裁は、この部分の解釈に関しては一定限度で下級審に委ねたともいえます。

□ そこで、さらに、この「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」に関して解釈した判例として2件ご紹介いたします。
 まず、1件目は、平成20年1月25日に東京地裁で出された判例です(判例タイムズNo.1268 220頁)。、この判例は、最高裁の判断枠組みを前提として、「建物の基本的な安全を損なう瑕疵」として建物の構造的欠陥と漏水及び防蟻処理に関する瑕疵を指摘し、この基準に従って判断しました。

□ 2件目は、冒頭の最高裁で問題となった事案についての差し戻し審の判例です(福岡高裁平成21年2月6日判決・判例タイムズNo.1303 205頁)。福岡高裁も最高裁の判断枠組みに立脚し、「『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』とは、建物の瑕疵の中でも、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険性を生じさせる瑕疵をいうものと解され、建物の一部の剥落や崩落による事故が生じるおそれがある場合などにも、『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』が存するものと解される。」と判断しました。
 1件目の判例とは表現は異なっておりますが、建物の構造的欠陥と漏水であれば居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険性を生じさせる瑕疵といえる場合が多いので、2つの判例は方向性は異ならないと評価できると思います。

□ このように、ある紛争が発生し、裁判になり、新しい問題につき裁判所特に最高裁の判断が示された場合、我々実務家としては、判断内容を迅速に把握し、実務にどのように影響があるのかを分析し、また、本問題のように、判断内容によっては最高裁の判断後も、さらに判例を追う努力が求められます。複雑化・高度化する現代社会では、判例に期待される役割も年々大きくなっていると思います。
 このように判例の動向に対する迅速な対応は、我々実務家にとって法律の制定・改正と並び実務に不可欠なものであり、その重要性はますます高まっているといえます。そのため実務家には、皆様に迅速で的確なリーガルサービスを提供すべく一層の自己研鑽が求められるところです。
 最後までお読み頂きありがとうございました。

                                    以  上

ページトップ