
2023.10.27
(H26-⑸)
HOYA株式会社(以下「債務者」という。)の株主(以下「債権者」という。)が、債務者らに対して株主提案権(会社法303条1項、305条1項)を行使し、定時株主総会の招集通知又は株主総会参考書類に提案議題、議案の要領及び提案理由を記載するよう求めて仮処分命令を申し立てた。
ア 被保全権利の有無について
(ア) ストックオプション保有者のヘッジ禁止に関する議案
債権者は、「『ストック・オプションや株式を保有する取締役や執行役が、プットオプションを保有しコールを売却することなどの手段によるヘッジを行うことを原則として禁止する。報酬委員会は、そのためのガイドラインを作成し、株主に開示しなければならない。』という条項を定款に記載する」ことを求めている(第4号議案)。
第4号議案に記載された「ストック・オプション」とは、今後付与されるであろうストックオプションに係る新株予約権のみならず、取締役又は執行役に対して既に付与されたストックオプションに係る新株予約権をも当然に含んでいるものと解される。しかしながら、役員に付与されたストックオプションにつき、事後的にその権利行使に関して条件を付すことは、いったん支払われた報酬の内容を変更するものであって、個別の同意を得ない限り許されない。そうすると、第4号議案は、既に付与されたストックオプションに係る新株予約権については、効力の及ばないものと解するほかはない。
また、第4号議案は、「株式を保有する取締役や執行役」も義務を課す対象としているところ、この「株式」とは、相続による取得や市場からの取得といった新株予約権の行使以外の方法により取得した債務者会社の株式をも含むものと解さざるを得ない。
そうすると、第4号議案は、既に付与されたストックオプション、今後付与されるストックオプション、ストックオプションに係る新株予約権を行使した結果取得した株式及びストックオプションに係る新株予約権の行使以外の方法により取得した株式といった複数の性質の異なるものを対象としているところ、少なくとも、既に付与されたストックオプションを対象とする部分は効力を生じないというべきであり、かつ、その禁止すべき行為もあいまいなものであることからすると、議案全体として明確性を欠く。したがって、かかる議案については、適法な株主提案権の行使とは評価できず、同議案に係る申立ては被保全権利の疎明があるということはできない。
(イ) 取締役及び執行役の株式売却の事前予告と開示に関する議案
また、債権者は、「『取締役及び執行役並びにその第一親等内の親族及び姻族による株式売却は、最低30日以内の事前予告を必要とし、株主に開示されなくてはならない』という条項を、定款に記載する」との議案を提出している(第8号議案)。
しかし、会社の機関としての側面を有しない役員の親族についてもその株式の譲渡に上記のような制約を課すことは、株主のうち一定の属性(身分関係)を有する者に対し、その株式の譲渡に重大な制約を課すものといわざるを得ず、株主平等の原則や株式自由譲渡の原則に反する。このように、一部に法令に違反する内容が含まれる議案については、株主提案の対象とはなり得ず、かかる議案に係る申立ては被保全権利を欠く。
(ウ) その他の議案
その他、債権者は、株主提案の議案説明文字数の1000文字への変更、執行役を交えない経営会議開催義務の設定、取締役会議長と最高経営責任者の分離及び監査委員会における告発窓口の設置について定款に記載すること等の議案を提出している(以下「本件4議案」という。)。
これらの議案については、「明らかに虚偽である場合又は専ら人の名誉を侵害し、もしくは侮辱する目的によるものと認められる場合」(会社法施行規則93条1項3号かっこ書)に当たると認められる一部以外について、被保全権利の疎明があるというべきである。
イ 保全の必要性について
(ア) 株主提案権は、共益権の一種であり、究極的には会社の利益のために行使されるべきものであるから、会社に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるために必要があるときにも、保全の必要性が認められる。
ところで、株主提案権は、株主提案が無視された場合に、その権利を本案訴訟において実現することは、時間的制限に鑑み事実上不可能であることなどから、株主の救済方法として仮の地位を定める仮処分によるべき必要性は高い。
一方、本件申立てが認容され、債務者らがこれに従って履行すれば、その性質上、事後的に当該提案がなかったことにすることは不可能であり、保全の必要性は、保全命令により債務者らが被る不利益又は損害も踏まえて、より慎重に判断すべきである。
(イ) 本件4議案のうち、被保全権利の存在が認められたものの提案の理由につき、株主総会参考書類に記載されなければ、債権者らは、提案の趣旨を他の株主に十分に伝えることができないという不利益を被る。
他方、株主提案にかかる提案理由は、会社法施行規則93条1項に定める例外がない限りその全文を掲載するのが原則であるところ、債務者らが株主総会参考書類に提案理由を記載したとしても、債務者会社に何らかの損害が生ずるとは考えられない。
以上のことからすると、被保全権利の存在が認められないものを除く本件4議案に係る申立てには保全の必要性が認められる。