
2023.10.18
(R4-⑹)
Yは、令和2年3月6日、臨時株主総会を開催し、X以外の株主全員の賛成により、Y株式1569株を1株に併合する旨の特別決議を行った(以下「本件決議」という)。
こうしたところ、Xが、主位的に本件決議の無効確認を求め、予備的に、特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことで著しく不当な決議が為されたことを理由として本件決議の取消しを求めて提訴した。
Xは、本件決議の無効事由(会社法830条2項)として、①事前開示手続等の不履行、②端数処理の不設定、③株主平等原則違反を主張するため、以下、これらの点について検討する。
⑴ 事前開示手続等の不履行について
ア 株式の併合をする株式会社は、①併合の割合(会社法180条2項1号)、②株式の併合の効力発生日(同項2号)、③効力発生日における発行可能株式総数(同項4号)、④併合の割合についての相当性に関する事項(会社法施行規則33条の9第1号柱書き)等を記載した事前開示書面を本店に備え置かなければならない(会社法182条の2第1項)。そして、株主は、当該会社に対し、上記書面の閲覧の請求をすることができる(同条2項1号)。
イ 本件においてXは、本件決議後の令和2年3月9日、Yに対して併合の割合についての相当性に関する事項(中略)につき質問し、資料の提出を求めたのに、Yは具体的な説明をせず、資料の公表もしないと回答してきたのであって、このような回答からすると、Yにはそもそも事前開示書面を備え置いていないという違法があり(会社法182条の2第1項違反)、また事前開示書面の閲覧請求を拒否したという違法がある(同条2項違反)と主張する。
しかし、そもそもこれらは事前開示書面の備置きや閲覧請求に係る違法にすぎないのであって、本件決議の内容自体の法令違反(同法830条2項)をいうものではない。しかも、このうち閲覧請求を拒否されたとの主張については、本件決議より後の出来事であって、仮にこのような違法があったとしても、本件決議の内容自体が遡って法令に違反するということにはならない。いずれにせよ、Xの主張は、それ自体失当ではないかといわざるを得ない。
ウ そして、事案に鑑みて念のために検討しても、Xが令和2年3月9日付けで作成したY宛ての「閲覧申請書」(中略)には、閲覧を求める資料として「最新の定款」、「〔最新の〕株主名簿(株式所有数の内訳を含む)」、「臨時株主総会の議事録」としか記載されていない(X自身が作成した備忘録〔中略〕の記載も同旨)。すなわち、XがYに対して開示を求めた資料は、会社法182条の2第1項の定める事前開示書面ではなかったのであり、他にXが事前開示書面の閲覧を請求したことを裏付けるに足りる証拠もないのであって、Yが事前開示書面の閲覧請求を拒否したとのXの主張は、そもそもその前提を欠くものといわざるを得ない。なお、Xは、1569株を1株とした計算根拠を質問したのに、Yからは具体的な説明がなかったとも主張するが、仮にそのようなやり取りがあったとしても、Xは単に質問したというにすぎず、法の定める事前開示書面の閲覧を請求したというものではない。
しかも、証拠(中略)及び弁論の全趣旨によれば、Yは、本件決議に先立ち、令和2年2月20日付けの「株式の併合に関する事前開示事項」と題する書面(中略)を本店に据え置いていたことが認められるところ、当該書面には、①併合の割合、②株式の併合の効力発生日、③効力発生日における発行可能株式総数、④併合の割合についての相当性に関する事項等が記載されていたのであって、当該書面は適法な事前開示書面であったものというべきである。そうすると、Yが事前開示書面を据え置いていなかったとのXの主張も、にわかに採用することができない。
エ 以上によれば、事前開示手続等の不履行により本件決議が無効となる旨のXの主張は、いずれにせよ採用することができない。
⑵ 端数処理の不設定について
ア 株式の併合をすることにより株式に1株未満の端数が生じるときは、①株式会社は、その端数の合計数に相当する数の株式を競売し、その競売代金を株主に交付しなければならないが(会社法235条1項)、②競売に代えて、市場価格のある株式については法務省令の定める方法により算定される額をもって、市場価格のない株式については裁判所の許可を得て、これを売却することができ(同条2項、234条2項、3項)、③その場合、会社は売却する株式の全部又は一部を買い取ることができる(同法235条2項、234条4項、5項)。
イ 本件においてXは、Yは上記アの端数処理を行っておらず、株主に金銭を交付する手続を何ら採っていないから、Yには会社法235条1項、2項、234条2項ないし5項違反の違法があると主張する。
しかし、これらは株式の併合後の端数処理に係る違法にすぎないのであって、本件決議の決議内容自体の法令違反(同法830条2項)をいうものではない。念のために検討しても、株式の併合に係る株主総会決議が適法にされ、併合の効力が発生した以上は、その後に会社が株式の端数処理を怠ったからといって、当該決議の内容自体が遡って法令に違反していたことになるというわけではない。Xの主張は、それ自体失当ではないかといわざるを得ない。
そして、この点を措くとしても、①Yは、本件決議後の令和2年4月20日、札幌地方裁判所に対し、本件株式併合により生じる1株未満の端数の売却許可を申し立て、②同地裁は同年6月10日にこれを許可する旨の決定をし、③これを受けてYは、会社法234条4項(同法235条2項による準用)の規定により株式を買い取ることとし、Xに対し、上記決定に基づいて算出した金員を受領するよう催告しているのであって(中略)、Yは会社法の定める端数処理を適法に行っていたものというべきである。
したがって、端数処理を怠ったことにより本件決議が無効となるとのXの主張は、いずれにせよ採用することができない。
⑶ 株主平等原則違反について
ア Xは、本件株式併合によりXのみが株主としての地位を奪われたものであり、その目的はXの排除に尽きるのであって、本件決議はXの排除を目的とした多数決の濫用により行われたものであるから、株主平等原則(会社法109条1項)に違反していると主張する。
イ 株式の併合について、会社法は、株式の併合を必要とする理由を株主総会において説明しなければならないと規定するのみで(同法180条4項)、併合の理由の内容、当否等については条文上何らの制限も設けられていない。そして、株式の併合により、少数株主の持ち株数が1株に満たなくなり、株主としての地位を失うという結果が生じること自体は、会社法が予定しているものというべきであって、株式の併合が少数株主の締め出しを目的としているからといって、直ちに同法の趣旨に反するということはできない。現に、会社法においては、平成26年法律第90号による改正により、①事前開示手続(会社法182条の2)、②事後開示手続(同法182条の6)、③株主による差止請求の制度(同法182条の3)及び④反対株主による株式買取請求の制度(同法182条の4)が設けられたが、これらの整備は、少数株主の締め出しを目的とした株式の併合であっても直ちに会社法の趣旨に反するわけではないことを前提に、締め出される少数株主の保護を図り、もってその衡平性を担保しようとしたものとも解されるところである。
また、株主平等原則は、株式会社において、株主を「その有する株式の内容及び数に応じて」平等に取り扱わなければならないというものであるところ(同法109条1項)、本件決議による本件株式併合は、全株式について一律に一定の割合で併合の対象とするというものであり、その効果は全株主に生じるものであって、まさに「その有する株式の内容及び数に応じて」平等に取り扱うものにほかならない。
そして、Xは、本件決議が株主平等原則に違反することの根拠として、Xの排除を目的としていると主張するのみであって、これ以上の事情を何ら主張しない。
したがって、株主平等原則違反により本件決議が無効となるとのXの主張は、採用することができない。
⑷ 小括
以上によれば、本件決議に無効事由があるとはいえないから、Xによる本件決議の無効確認請求(主位的請求)は理由がない。
Xは、本件決議は特別利害関係人の議決権行使により「著しく不当な決議」がされたものであって(会社法831条1項3号)、取消事由がある旨主張する。
この点、本件決議による本件株式併合の結果、Xは株主としての地位を失い、これによりX以外の株主は会社に対する支配権を強化することになるのであるから、X以外の株主が本件決議についての特別利害関係人に該当するとみる余地もないわけではない。
しかし、本件決議においては、「著しく不当な決議」がされたものとはいえない。その理由は、以下のとおりである。
⑴ 本件株式併合の目的と「著しく不当な決議」
ア Xは、本件株式併合は正当な事業目的がなく、単にY代表者であるAの個人的感情に基づいて、Xだけを締め出す目的で行われたものであるから、本件決議は「著しく不当な決議」に該当すると主張する。
イ しかし、Yは、①Yにおいては、所有するビルの老朽化や、周辺の再開発計画の進行、代表者であるAの高齢化など、会社経営の転換期を迎えており、Yの意思決定を円滑かつ迅速に進めることが急務であった、②しかるに、X及びその母のDは、これまでYやその経営陣との間で紛争を繰り返しており、今後もYの円滑な意思決定を妨げるおそれがあった、③そこで、Yとしては、様々な選択肢に対する迅速な対応と将来における安定的な会社経営を図るため、会社と敵対的な関係にあるXを株主から排除し、安定株主による会社支配権の確立を目的として、本件株式併合を行うこととしたと主張している(中略)。
そして、確かに、Yはその所有するビル2棟によってビル賃貸業を営んでいる会社であるところ、上記ビルはいずれも建築から既に長期間を経過していたのであって(中略)、その老朽化のため、大規模な改築ないし建替えを要する時期にあった。また、上記ビルはいずれもb駅周辺に位置しているが(中略)、b駅周辺では現在も再開発計画が進行しているところである()中略)。そして、Y代表者のAは、本件決議の時点で70歳になろうとしていたのであって(中略)、Yの主張するとおり、Yは本件決議時点において会社経営の転換期を迎えていたものということができる。
他方で、Xの母のDと、Y代表者のA及びその妻のEとは、これまでYの株式の相続や株主権の行使をめぐって争いが度々生じていたところであり、その際、Xも株式の売渡しや会計帳簿等の閲覧をDとともに請求していたものである(中略。なお、Xは、売渡請求当時は15歳であって、母であるDが法定代理人として行った旨の主張をするが、売渡請求の通知書〔中略〕の成立自体を否認するものではない。)。そうすると、Yにおいて、Xが将来、Yの円滑な意思決定を妨げ、もってYの安定的な会社経営を阻害するのではないかと考えたというAの供述(中略)も、不自然、不合理とまではいえない。
したがって、本件株式併合は、会社経営の転換期を迎えたYにおいて、その意思決定を円滑かつ迅速に進めるため、Xを株主から排除し、安定株主による会社支配権を確立することを目的として行われたものと認めるのが相当であって、これ自体、正当な事業目的ではないとまではいえない。
ウ 以上によれば、本件株式併合は正当な事業目的がなく、単にY代表者であるAの個人的感情に基づいて行われたということはできない。
したがって、この点において本件決議が「著しく不当な決議」に該当するとのXの主張は、採用することができない。
⑵ Xへの交付予定額と「著しく不当な決議」
ア Xは、本件株式併合により株式の買取りと引換えにXに交付される予定の金員(中略)は著しく低廉であって、この点からも、本件決議は「著しく不当な決議」に該当すると主張する。
イ しかし、そもそも株式の併合についての株主総会決議(会社法180条2項)においては、全部取得条項付種類株式の取得についての株主総会決議(同法171条1項)とは異なり、株式の併合により株式の数に1株未満の端数が生じる場合の売却額(会社法235条2項、234条2項)や買取りと引換えに交付される金員の額(同法235条2項、234条4項1号)などは決議事項とはされていない。
すなわち、株式の併合の場合、①株式の併合により生じる1株未満の端数については、市場価格のある株式については法務省令の定める方法により算定される額をもって、市場価格のない株式については裁判所の許可を得て、これを売却することができるとされ(同法235条2項、234条2項)、②会社がこれを買い取るに当たっては、その買取りと引換えに交付される金員の総額を取締役会の決議によって定めるとされており(同235条2項、234条4項)、さらに、③株式の併合に反対する反対株主の側においても、会社に対して株式買取請求権を行使することができ(同法182条の4)、その際、株式の価格について会社と協議を行い(同法182条の5第1項)、協議が整わないときは裁判所に対して価格決定の申立てをすることができるとされている(同条2項)。このように、株式の併合の場合においては、株主総会決議とは別途の手続によって株式の価格を定めるものとされているところである。
そして、本件においても、本件決議の際に、株式の買取りと引換えにXに交付される金員の額についてまであえて決議したような事実はなく(中略)、本件決議の後に、札幌地方裁判所が売却額を定めて売却を許可し(中略)、これを踏まえてXに交付される金員の額が定められたものであって、後に定められた金員の額の多寡によって本件決議が遡及的に「著しく不当な決議」となるというわけでもない。結局のところ、Xの主張は、実質的には札幌地方裁判所の上記許可決定に対する不服をいうものにすぎず、採用することができない。
ウ したがって、この点においても、Xの上記主張は理由がない。
⑶ 小括
以上によれば、本件決議に取消事由があるとはいえないから、Xによる本件決議の取消請求(予備的請求)は理由がない。